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「硝子の獣」1

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配 役
村井正義・村井国際刑事法律事務所所長 
村井あおい・村井の娘
加賀由紀・村井国際刑事法律事務所所属 弁護士
馬場 徹・村井国際刑事法律事務所勤務
山本大五郎・グッドライフ総合法律事務所所長
友崎敦也・少年A
友崎美咲・敦也の姉
友崎清美・敦也の妹
吉田タカシ・少年B
小野寺誠・週刊現代記者
鈴木翔子・週刊現代記者
安藤 勉・警視庁捜査一課
西岡悠人・警視庁捜査一課
佐田 恵美

〇第1景

 広大なCOSMOSを思わせる音楽。
 漆黒の宇宙空間に星が瞬いている。
 ゆっくりとあおいの姿が浮かびあがる。

あおい 「・・・」

 そこにあおいを探し、来る村井。

村井  「あおい!あおい!あおい!」
あおい 「・・・お父さん」
村井  「あおい」

村井、あおいの頭を撫でる。
 嬉しそうに頭を撫でられるあおい、ふとその手を押さえる。

村井  「あおい?」
あおい 「・・・」

 あおいがスッと村井の傍から離れ、舞台奥に去っていく。

村井  「あおい!あおい!行くな!行かないでくれ!」

 電話が鳴っている。そこは夕方の『法律事務所』になる。
 呆然としている村井。そこに加賀が入ってきて。

加賀  「はいはいはい。村井国際刑事法律事務所です・・・村井ですか。お名前をいただけますか?・・・少々お待ちください・・・先生」
村井  「・・・」
加賀  「先生!」
村井  「ん?どうした?」
加賀  「電話です。吉田タカシのお母さんから」
村井  「ああ・・・(と電話に出て)はい村井です・・・逆送?何を言ってるんですか。そもそも逆送をするかしないか決めるのは裁判所だって言いましたよね・・・言われた?誰に?・・・知り合い?そういう関係ない連中の言うことにいちいち反応しちゃダメだって・・・だからそのために弁護士がいるんです・・・罪の意識があるのは分かりますよ。バットで被害者を滅多打ちにしたんですから。死んでたっておかしくない。でもですよ。本当にタカシくんが悪いんですか?・・・悪くないとは言ってない・・・だからって必ずしも逆送されるわけじゃないんです。言いましたよね、殺人未遂じゃない、ただの傷害になるって。そう、その為の私・・・タカシくんは殺そうなんて思ってなかったんですから・・・上手くいけば保護観察で終わることだってあるんです。大丈夫。大船に乗ったつもりで。私が担当なんですから・・・いいですね。はい、はい、はーい(電話を切る)」
加賀  「大丈夫ですかね?」
村井  「何が?」
加賀  「調書には殺意はあったって書いてありましたよ」
村井  「あったかもしれないね」
加賀  「あるんです。そもそも金属バットで被害者を複数回殴ってるんです。完全な殺人未遂です。ただの傷害にするには無理がありませんか」
村井  「そうか?」
加賀  「そりゃそうですよ」
村井  「でもな、吉田タカシは生まれてこのかた一度も殴られたことがないんだよ。親からもね」
加賀  「はあ」
村井  「あいつは金属バットで殴っても人は死なないって思ってた」
加賀  「いやでも常識的に考えれば」
村井  「少年犯罪に常識なんて通用しない」
加賀  「痛みを知らないからバットで殴ったって言うんですか」
村井  「そういうこと」
加賀  「でもそんなことがまかり通るんですか」
村井  「まかり通るも何も、今の世の中、他人の痛みを感じることができないガキンチョばっかりじゃないか」
加賀  「そうかもしれませんが」
村井  「昔とは殺意の概念が違ってるんだよ」
加賀  「嫌な時代ですね」
村井  「そうだな。でもだからこそ俺たちが必要とされる」
加賀  「麦茶飲みます?」
村井  「ありがとう」

 奥の冷蔵庫に行き麦茶を淹れる。

加賀  「そういえばあおいちゃんは?」
村井  「ああ」
加賀  「そうですか」
村井  「ありがとな」
加賀  「え?」
村井  「葬儀の時も、四十九日のときも、加賀くんが色々と動いてくれたおかげで、ホント助かった」
加賀  「あの」
村井  「ん?」
加賀  「あおいちゃん、お母さんがいなくなって本当は淋しいんだと思います。先生の前では強がってるだけで」
村井  「・・・」
加賀  「すいません」
村井  「最近弁当を作ってくれるんだ」
加賀  「お弁当?先生にですか?」
村井  「あいつなりに俺を励まそうとしてんだろうな」
加賀  「先生も頑張らないといけませんね」
村井  「ああ、娘にそんなことされたらね」
加賀  「・・・」
村井  「それなりに準備してたつもりだったんだけど、いざとなると」
加賀  「そうですか」
村井  「あおいがいなかったら立ち直れなかったかもな」
加賀  「あおいちゃん、奥さんの分まで頑張ろうと思ってるんだと思います」
村井  「まだまだ子供だと思ってたけど」
加賀  「高校生はまだ子供ですよ。あおいちゃんに甘えちゃダメですよ」
村井  「分かってるよ」

 あおいが来る。

あおい 「こんにちは」
加賀  「あおいちゃん、どうしたの?」
あおい 「天気予報で夕方から雨だって言ってたから傘ないかなーって思って」
村井  「折り畳みの傘持ってきてないのか」
あおい 「持ってきてないから来てるんでしょ」
村井  「そうか」
加賀  「あっちに傘あるから適当に持って行っていいからね」
あおい 「わかった」
加賀  「麦茶飲んでく?」
あおい 「うん」
村井  「加賀さんいいから。冷蔵庫に入ってるから自分でしなさい」
あおい 「・・・はあい(取りに行く)」
村井  「・・・」

 あおい、冷蔵庫から麦茶を出して

加賀  「今日も遅いの?」
あおい 「まあね」
村井  「塾帰りに寄り道なんかするなよ」
あおい 「心配性」
村井  「今夜はメシ作っておくから」
あおい 「え?いいよコンビニで適当に食べるから」
村井  「そうもいかんだろ」
あおい 「分かった。早めに帰るわ。ごちそうさま。加賀さんまたね」
加賀  「いつでもいらっしゃい」
あおい 「はーい。これ借りてくね」
加賀  「どうぞ」

 傘を持って出ていくあおい。
 そこに帰ってくる馬場。
 冷蔵庫に直行して麦茶を取りに行く。

馬場  「今、あおいちゃんとすれ違いましたけど」
加賀  「傘を取りに来たの」
馬場  「雨降るんですか?」
加賀  「らしいわよ」
馬場  「だからこんなにムシムシしてんですね」
加賀  「で。どうだった?」
馬場  「吉田タカシには友達いませんね」
加賀  「どうして?」
馬場  「今日会った奴「あいつを死刑にしてください」って言うんですよ」
加賀  「あいつ?」
馬場  「吉田タカシですよ」
加賀  「へえ、人徳ないね」
村井  「ワルガキのリーダーなんてそんなもんだろ」
馬場  「でも本当に酷いですよ。とても更生するようなタマじゃないですね」
加賀  「そこまで言う?」
村井  「馬場」
馬場  「はい」
村井  「我々は吉田タカシを弁護する立場だぞ。少しは考えろ」
加賀  「そうですね」
馬場  「それなんですけど」
村井  「何?」
馬場  「吉田タカシの弁護、やめませんか?」
村井  「は?」
馬場  「あいつ、次は人を殺しますよ」
加賀  「滅多なことは言わないの」
馬場  「すいません」
村井  「馬場、俺たちはお金をもらってこの仕事をしてる、そうだろ?」
馬場  「はあ」
村井  「俺たちの仕事は吉田タカシの罪をできるだけ軽くすることだ」
馬場  「・・・」
村井  「ご両親の身になって考えてみろ。いくら出来が悪くても子供は子供なんだ。俺たちは全力で加害者を守ればいいんだ」
馬場  「頭では分かりますよ。腑に落ちてないだけです」
加賀  「吉田タカシも生まれたときから悪かったわけじゃないわ。育っていった環境でそうなってしまっただけ。家庭とか学校とか友達とか」
馬場  「はあ」
村井  「そう。少年事件ってのは被害者も加害者も、何らかの被害者なんだよ。そう考えれば吉田タカシだって守ってやるべきなんだ」
馬場  「親が悪いんじゃないんですか?ちゃんと子供を育てなかったからこうなったんじゃないですか」
村井  「どんな育て方をしたって子供がどう育つかなんて分らないの。吉田タカシは悪い流れに乗っちゃったってことだ」
馬場  「はあ」
山本声 「こんちわ」
加賀  「山本先生です」
村井  「面倒な人が来たな」

山本が入ってくる。

山本  「何だ何だ相変わらず辛気臭いなここは」
加賀  「山本先生」
山本  「加賀先生、今日も綺麗だね」
加賀  「ありがとうございます」
村井  「こないだはありがとうございます」
山本  「こないだ?」
村井  「四十九日にわざわざ足を運んでくれて」
山本  「ああ、そんなの当たり前だろ」
村井  「で、今日は?」
山本  「いや、ちょっと通りかかったから。はいこれ」
村井  「何ですかこれ」
山本  「ケーキ。何だかんだ言っても、甘いものを食べれば元気になる。だからあおいちゃんに」
村井  「すいません」
山本  「馬場ちゃん、君ムードメーカーなんだから。こういうときは事務所で一丸となってさ」
馬場  「先生ヒマなんですか」
山本  「ヒマなわけないだろう。失礼だな」
馬場  「すいません」
山本  「今日は家裁で一日仕事だったんで、直帰なの」
馬場  「直帰すればいいじゃないですか」
山本  「用があるから来たんだよ。村井先生」
村井  「はい」
山本  「もう仕事終わりだろ。ちょっと行かないか?」
馬場  「飲みの誘いじゃないですか」
山本  「そうだよ。だから何?村井先生と交流を深めるのも大切な用なの」
馬場  「だそうです」
村井  「でも今日はちょっと予定がありまして」
山本  「ええ?そうなの?」
村井  「すいません」
山本  「そっかあ、残念だなあ、残念だなあ。じゃあ加賀さんは」
加賀  「行きません」
山本  「断るの早くない?」
加賀  「すいません。今夜は高校の同窓会があるんです」

時計を見て

村井  「あ、戸締り任せていいかな」
加賀  「お帰りですか?」
村井  「ああ、今夜はあおいに手料理を食べさせる約束してるんだ」
山本  「手料理?村井先生が?」
村井  「何ですか」
山本  「料理なんてできるんですか?」
村井  「結婚前はずっと自炊してたんで」
山本  「へえ」
村井  「じゃあ山本先生また」
山本  「はあ」
村井  「お疲れ様(傘を持って)」
加賀  「お疲れ様でした」
村井  「お疲れ様」
馬場  「お疲れ様でした」

村井、出ていく。

馬場  「しかし村井先生、料理なんてするんですね」
山本  「親一人子一人になったからな。あおいちゃんに寂しい想いをさせないようにしてるんだろ」
馬場  「なるほど」
加賀  「じゃあ私もそろそろ」
山本  「え?もう行っちゃうの」
加賀  「すいません。馬場くん、戸締りよろしくね」
馬場  「はいはい」
加賀  「じゃあ山本先生、また」
馬場  「お疲れさまでした」

加賀、傘を持って出ていく。

山本  「馬場ちゃん」
馬場  「はい」
山本  「行くか」
馬場  「キャバクラだったら行きます」
山本  「ザギンにいい店見つけたんだよ」
馬場  「ザギン!」
山本  「新橋の焼き鳥屋なんだけどね」
馬場  「新橋じゃないですか。しかも焼き鳥って」
山本  「嫌なの?」
馬場  「別に嫌じゃないですけど」
山本  「そこの看板娘が可愛いんだよ」
馬場  「おっ。そういうのいいですね」
山本  「おっぱいがこんななのにお尻がこうキューっとしててさ・・・」
馬場  「行きましょう」
山本  「割り勘だよ」
馬場  「・・・はい」
山本  「よし、早く戸締りして。行くよ」
馬場  「はいはい。えーと傘、傘」

「ガチャン」と窓ガラスの割れるような音。

山本  「馬場ちゃん、何か割った?」
馬場  「いえ」
山本  「空耳かな?」
馬場  「山本先生、傘ないみたいです」
山本  「いいよもう。そこのローソンで買えば」

 去っていく二人。
暗転。

パトカーのサイレン音。
不穏な音楽。
雨音。


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