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「硝子の獣」5

〇第5景

重い鉄扉の開く音。
友崎が出てくる。少年刑務所に向かって一礼。

友崎  「お世話になりました」

振り返りニヤリと笑い、去っていく。

警視庁内となる。
安藤がコーヒーを持って歩いてくると西岡が追って来て。

西岡  「安藤さん!ここにいたんですか」
安藤  「どうしました?」
西岡  「覚えてます?友崎敦也」
安藤  「友崎?」
西岡  「村井弁護士の娘を殺した」
安藤  「村井弁護士、ああ、あの友崎ですか」
西岡  「今日少年刑務所を出所したそうです」
安藤  「早いですね」
西岡  「傷害致死ですから」
安藤  「人を殺したってのに」
西岡  「やり直させるための少年法ですから」
安藤  「村井さんにお伝えしますか。友崎が出所したって」
西岡  「約束しましたからね」

二人、戻っていく。
夏の街。クラクション。喧騒。
馬場が汗をフキフキやってくる。

馬場  「暑っちー」

 馬場とすれ違う吉田タカシ。

馬場  「吉田くん?」
タカシ 「あ?」
馬場  「吉田タカシくんだよね?」
タカシ 「そうだけど」
馬場  「やっぱり!そっかあ、出所したんだ」
タカシ 「誰?」
馬場  「あ、ごめん。覚えてないかな」
タカシ 「・・・」
馬場  「僕はこういう者です(名刺を出す)」
タカシ 「(見て名刺を奪って)村井国際刑事法律事務所」
馬場  「法律事務所ね」
タカシ 「読めるから」
馬場  「わかる?君の弁護をした村井先生のとこの」
タカシ 「弁護した?村井?ああ・・・」
馬場  「出所おめでとうございます」

 タカシ、いきなり馬場の胸倉を掴む。

タカシ 「テメエふざけんなよ」
馬場  「え?何何何何?そこはありがとうございましたでしょう?」
タカシ 「ぶっ殺されてえのか」
馬場  「やめてよ。まず落ち着こう。ね」
タカシ 「金ばっかり巻き上げやがって」
馬場  「金?」
タカシ 「てめえら悪徳弁護士もいいとこだな」
馬場  「悪徳弁護士?」
タカシ 「保護観察で済むって言ってただろーが」
馬場  「保護観察・・・」
タカシ 「覚えてねえのかよ」

 手を放す。倒れる馬場。

馬場  「あ、判決のこと?」
タカシ 「結果は?保護観察だったか?あ?」
馬場  「あの、僕は担当してないんで良く分からないなあ」
タカシ 「5年も刑務所に入れられたんだよ」
馬場  「そうでしたか」
タカシ 「俺の青春どうしてくれるんだよ」
馬場  「青春?確かあの時は村井先生も大変だったんで」
タカシ 「俺に関係ねーだろ」
馬場  「関係ないです。確かに。はい」
タカシ 「村井に言っとけ。絶対許さねえって」
馬場  「許さない?」
タカシ 「俺の青春を奪ったんだ。許すはずねえだろ」
馬場  「青春って」
タカシ 「何だよ」
馬場  「いや爽やかな言葉を使うなーって」
タカシ 「バカにしてんの?」
馬場  「いえ。吉田くんはさ、少年刑務所で色々学んだんじゃないのかな?」
タカシ 「は?」
馬場  「命の尊さとか、正しく生きるにはどうするかとか」
タカシ 「おい」
馬場  「はい」
タカシ 「この世の中でお人よしになっていいことあるか?」
馬場  「あるんじゃないかな」
タカシ 「ねえよ」
馬場  「ない。ない。ないね」
タカシ 「消えろ」
馬場  「はい(馬場、逃げるように離れながら)吉田くん、ちゃんと更生するんだよ。社会人としてちゃんとするんだよ。さよならー」

馬場、去っていく。
その場で携帯をいじっているタカシ。キョロキョロしはじめる。

タカシ 「あ、ここか」

そこに現れたのは、あおいと瓜二つの佐田恵。

恵   「あの」
タカシ 「え?」
恵   「タカシくん?」
タカシ 「はい」
恵   「良かった」
タカシ 「佐田恵さん?」
恵   「そう。はじめまして」
タカシ 「ああ、よろしく」
恵   「で。どうする?ホテル行く?」
タカシ 「ホホホホホテル?」
恵   「ちょっと私疲れちゃって」
タカシ 「いやでもいきなりホテルって」
恵   「え?」
タカシ 「え?」
恵   「やだそういうことじゃないから」
タカシ 「いや俺もそういう意味じゃないから」
恵   「ふふ。可愛い」
タカシ 「可愛くねーよ。恵ちゃんどこの人?」
恵   「東京」
タカシ 「ホントは?」
恵   「鹿児島。なんで分かった?」
タカシ 「すっげー訛ってっから」
恵   「ウソ?」
タカシ 「何?気づいてないの?」
恵   「何が?」
タカシ 「ホラ。バリバリ訛ってるよ」
恵   「ホント?」
タカシ 「うん。一発で東京の人じゃないって分かる」
恵   「へえ。タワシくんすごいね」
タカシ 「タカシだから」
恵   「私、家出してきたんだよね」
タカシ 「家出?鹿児島から?」
恵   「東京に友達がいないから心細くて。でもタカシくんがいてよかった」
タカシ 「じゃあしばらくうちに泊まる?」
恵   「え?」
タカシ 「いやうち実家だから」
恵   「実家?だったら泊まる!ありがとう!」
タカシ 「お、おお」
恵   「そーいえばタカシは少年院行ってたんでしょ」
タカシ 「いきなり呼び捨て?」
恵   「ダメ?」
タカシ 「いやダメじゃねーけど。少年院じゃなくて少年刑務所な」
恵   「ふーん。じゃあタカシは札付きのワルなんだ」
タカシ 「もう更生してっから」
恵   「そこ、座ろっか」

そこらに座る二人。

恵   「で、何で捕まったの?」
タカシ 「・・・友達にケガさせちゃってさ」
恵   「それで少年院?」
タカシ 「少年刑務所な。殺人未遂になっちゃったから」
恵   「殺したの?」
タカシ 「いや未遂だから。殺してねーから」
恵   「どういうこと?」
タカシ 「金属バットでボコボコにしただけ」
恵   「え?結構酷くない?」
タカシ 「でも弁護士は単なる傷害事件にするからって言ってたわけ」
恵   「金属バットで殴ったのに?」
タカシ 「で、うちの親もそれならってその弁護士に頼んだんだ。それなのに結局殺人未遂になっちゃって」
恵   「それで少年刑務所!」
タカシ 「5年だぜ。成人式も刑務所。彼女もいない。俺の青春を返してくれって感じ」
恵   「それって弁護士が嘘つきだったってことなんじゃない」
タカシ 「ピンポン正解」
恵   「タカシかわいそー」
タカシ 「そうなの。俺かわいそうなの」
恵   「それでそいつ謝りに来た?」
タカシ 「全然」
恵   「ひどい!」
タカシ 「でしょ?俺、絶対許さねえから」
恵   「許しちゃダメだよ。絶対謝らせよう!ね!」
タカシ 「おう!」
恵   「・・・おなかすいた。マクドナルド行こう」
タカシ 「マックか」
恵   「そう。マックドナルド」

タカシと恵、去っていく。
ゲームのピコピコ音。
友崎、ゲームをしながら入ってきて座る。

友崎の家。
そこに来る下着姿の妹、清美。

友崎  「・・・」
清美  「何してんの?」
友崎  「・・・」
清美  「あんたさ、ちょっとは反省してんの?」
友崎  「・・・」
清美  「分かってんの?あんたのせいで私の人生メチャクチャなんだけど」
友崎  「そう」
清美  「謝ってよ」
友崎  「・・・」
清美  「謝れって言ってんの。ゲームなんてしてんじゃねえよ」
友崎  「やめろ(ゲームを取り返す)」
清美  「何なのあんた」
友崎  「うるせえんだよ。バイタが」
清美  「はあ?誰のせいでこんな商売してると思ってんだよ」
友崎  「てめえが勝手に風俗嬢になったんだろ。人のせいにすんな」
清美  「あんたの借金のせいだろーが。クズ野郎が」
友崎  「妹のくせに」
清美  「妹のくせになんだよ?人殺し」
友崎  「昔のことをいつまでも言ってんじゃねえ。てめえもぶっ殺すぞ」
清美  「上等だよ。殺せるもんなら殺してみろ。一人殺しても二人殺しても同じだと思ってんの?次は死刑だよ」
友崎  「・・・(ゲームに戻る)」
清美  「クソ兄貴」

そこに帰ってくる姉・美咲。

美咲  「ただいま」
清美  「おかえり」
美咲  「清美、今日は何時から?」
清美  「今日は遅番で朝終わり」
美咲  「あんまり無理しなくていいからね」
清美  「無理しないと私がダメになっちゃうんだよ」
美咲  「ま、ほどほどにね」
清美  「おい人殺し。全部あんたのせいだからな」
友崎  「・・・」
美咲  「ちょっと清美」
清美  「お姉ちゃんが甘やかすからこんなことになったんだからね」
美咲  「私?」
友崎  「うるせえな。ちょっとは黙ってらんねえのかよ」
清美  「あんたさ、もう20歳越えてんだからいい加減働けよ」
友崎  「ねえの」
清美  「は?」
友崎  「働く場所がねえの」
清美  「ああヤダ。ホント出て行って欲しい。何で人を殺して5年で戻って来れるわけ?意味わかんないんだけど」
美咲  「まあまあ。家族なんだから。仲良くしようよ」
清美  「お姉ちゃんバカなんじゃないの?人殺しと仲良くできるわけないじゃん」
友崎  「お前うぜえんだよ」
清美  「死ね」
友崎  「お前が死ね」
清美  「着替えるわ」

清美、自室に向かって去る。

美咲  「清美も大変なの。分かってあげて」
友崎  「うるせえよ」
美咲  「人生なんていくらだってやり直せるんだから。バイト探してきてあげようか?」
友崎  「あのさ」
美咲  「何?」
友崎  「姉妹二人して風俗嬢なんてどうかしてんじゃない」
美咲  「え?」
友崎  「終わってんだよ家族なんて。姉ちゃんも俺に死んで欲しいって思ってんだろ」
美咲  「そんなことない」
友崎  「死なねえけどな」
美咲  「・・・敦也が働くようになったらお姉ちゃん風俗やめる」
友崎  「働けねえの。雇ってもらえないの」
美咲  「そうやってすぐに諦めるから・・・頑張れば見つかるって」
友崎  「くだらねえ。まずお前らが普通の仕事しろよ」
美咲  「・・・簡単に言わないでよ」
友崎  「簡単じゃねえか」
美咲  「どうやって慰謝料を払うのよ」
友崎  「慰謝料?慰謝料なんて払ってんの?」
美咲  「当たり前でしょ。そういうことをしたんだから」
友崎  「相手は弁護士なんだろ。払う必要ないじゃん」
美咲  「払うって約束しちゃったの。払わなくちゃいけないの」
友崎  「だからって風俗?頭おかしいんじゃない?」
美咲  「とにかく仕事本気になって探してよ」

去っていく美咲。

友崎  「金か・・・」

友崎が立ち上がると街になる。
村井、通りがかり立ち止まる。人を待っているように。
街の騒音がリバーブと共に消えていく。

時間が止まる。

村井と友崎
やがて騒音が戻ってくる。

友崎、去っていく。
村井、はっと振り返るがそこには友崎の姿はない。

村井  「・・・」

山本法律事務所になる。

村井  「先生。今日は報告に来ました」
山本  「友崎が出所したって?」
村井  「ええ。警察から連絡が来ました」
山本  「そうか」
村井  「思ったより早くて驚きました」
山本  「友崎は少年刑務所では模範囚だったそうだ」
村井  「聞こえてきてました」
山本  「友崎敦也は更生したと言っていいだろう」
村井  「・・・」
山本  「あいつの姉と妹、何してるか知ってるか?」
村井  「いえ」
山本  「風俗店で働いてる。おまえに示談金を支払うためだ」
村井  「そうでしたか」
山本  「ちゃんと支払われてるだろ?」
村井  「はい。月末に必ず振り込まれています」
山本  「出所しても友崎自身は働き口を見つけるのは苦労するだろう。彼はこれから本当の意味で社会的制裁を受けることになるはずだ」
村井  「ええ、そうでないと困ります。償いは一生かけてしてもらわないと」
山本  「そうだな」
村井  「山本さん、友崎に会わせてくれませんか」
山本  「何?」
村井  「知りたいんです。友崎がこれから先、人生をかけてあおいに償う気があるのかどうか」
山本  「しかし・・・」
村井  「友崎が模範囚だったとか、苦労してるかどうかなんて僕にとってはどうでもいいことです。大切なのは彼に償う気があるのか、ないのか。それを直接この目で、この耳で知りたいんです」
山本  「村井くん、本気で言ってるのか?」
村井  「本気です」
山本  「でも、大丈夫か?あおいちゃんを殺した張本人に会うなんて」
村井  「私は弁護士です。あおいを失ってからこの5年、私は自分を『弁護士だから』と律し続けてきました。だから被害者遺族としてではなく、弁護士として友崎と対面し、彼が更生していることを確認したいんです」
山本  「そうか。分かった手配してみよう」
村井  「よろしくお願いします」

加賀が戻ってくる。

加賀  「お疲れ様です」
村井  「ご苦労様です」
加賀  「村井先生?どうしたんですか」
村井  「ちょっと山本先生に頼みごとをね」
加賀  「頼みごとですか?」
山本  「そう、加賀先生早速で悪いんだけど」
加賀  「はい」
山本  「友崎敦也に面会を申し込んでくれるかな」
加賀  「え?」
山本  「頼みごとだ」
村井  「・・・」
加賀  「村井先生を友崎に会わせる気なんですか?」
山本  「そうだよ」
加賀  「ダメです」
山本  「ダメ?」
加賀  「ダメに決まってるじゃないですか。友崎に会うなんて」
村井  「どうしてダメなんだ?」
加賀  「それは・・・」
村井  「なんだ?」
加賀  「・・・」
村井  「遠慮しなくていい。ダメな理由を教えてくれ」
加賀  「思い出しちゃうじゃないですか・・・」
村井  「思い出す?」
加賀  「あおいちゃんが殺されたことを」
村井  「思い出さない日なんて一日もない」
加賀  「山本先生、どうなんですか?」
山本  「会いたいって言ってるんだ。我々にそれを拒否する権利はないだろ」
加賀  「またそんな火中の栗を・・・」
山本  「加賀先生安心してください。俺も同行しますから」
加賀  「私も行きます」
山本  「え?」
加賀  「村井先生が行くなら私も行きます」
山本  「でも断られることもあるからね」
加賀  「そ、そうですよね。むしろ断られる可能性のほうが高いですよね」
村井  「そのときはその時です」
山本  「断られたときはスパっとあきらめてくれよ」
村井  「分かりました」
山本  「加賀くん!」
加賀  「はい(資料にある友崎の連絡先を山本に渡す)」
山本  「俺か」
加賀  「お願いします。刑事事件なので」
山本  「そうだったね」

山本、友崎の家に電話をする。
出たのは友崎敦也。

友崎  「はい・・・」
山本  「もしもし、友崎さんのお宅でしょうか?」
友崎  「はい・・・」
山本  「私グッドライフ総合法律事務所の山本と言います」
友崎  「法律事務所?」
山本  「もしかして敦也くんかな?」
加賀  「!」
村井  「!」
友崎  「誰?」
山本  「覚えてるかな。君の弁護士をしていた山本です」
友崎  「ああ」
山本  「今日は折り入ってお願いがあってね」
友崎  「お願い?俺に?」
山本  「うん」
友崎  「今さら何ですか?もう終わったことですよね」
山本  「まあそうなんだけどね・・・被害者のお父さんに会ってくれないか」
友崎  「え?」
山本  「その・・・村井さんに」
友崎  「・・・」
山本  「敦也くん会ったことないだろ。少年刑務所で随分反省したって聞いたから。むしろ君も会ってちゃんと謝りたいんじゃないかと思ってね。いや、別に義務ってわけじゃないんだ。断ってもいいんだよ」
友崎  「義務じゃないんだよね」
山本  「義務じゃないです」
友崎  「・・・」
山本  「やっぱり嫌だよね。いや変なことを言って済まなかっ」
友崎  「いいですよ」
山本  「え?」
友崎  「会いますよ。村井さんに」
山本  「いいの?」
村井  「!」
加賀  「!」
友崎  「是非お願いします。僕も一度きちん謝罪したいと思ってましたから。あおいさんのお父さんもそれを望んでるんですよね」
山本  「うん。まあ」
友崎  「姉とも相談したいんで、また後で電話してくれませんか?」
山本  「あそう、うん・・・分かった」
友崎  「じゃあ、よろしくお願いします」

山本、電話を切る。

山本  「会って謝りたいって」
加賀  「本当に会わせる気ですか?」
山本  「だってまさか承諾するなんて思ってなかったから」
加賀  「そんな。どうするんですか」
山本  「今更会わないとは言えないだろう」
村井  「向こうだって被害者遺族になんて会いたくないはずです。それを会うって言ってくれてるんです。ありがたいですよ」
山本  「言っただろ。友崎は更生してるんだって」
村井  「僕もそうだと信じたいです。だから友崎に会うんです」

 友崎、顔を上げると大人たちを蔑むように笑っている。
 乱暴に電話を切る。

 ライトチェンジ

村井弁護士事務所近く。上手奥に事務所がある。
小野寺と鈴木が来る。

鈴木  「あれから5年ですよ。友崎のことなんて忘れたいんじゃないですかね」
小野寺 「5年で忘れられるはずないだろ」
鈴木  「そんなもんですかね」
小野寺 「この5年は村井さんにとって長かったのか短かったのか。その想いを聞かなくちゃ終われないでしょ」
鈴木  「だからって掘り返さなくても・・・もうほっといてあげたらいいんじゃないですか」
小野寺 「そうも行かないでしょ。優秀だった村井弁護士があの事件以来連戦連敗。それなのにまだ弁護士を続けてる。何でだかわかる?」
鈴木  「何でです?」
小野寺 「こだわってんの」
鈴木  「何をこだわってるんです?」
小野寺 「弁護士でいることをでしょ。もうできないのに」
鈴木  「何でです?」
小野寺 「そりゃそうだろ。犯罪者の肩を持つ仕事なんて精神的に参ってるはずだよ」
鈴木  「それでも弁護士を続けてる。悲しいですね」
小野寺 「だからその理由を聞かないと」
鈴木  「何か、切ないですね」
小野寺 「行くよ」
鈴木  「(気づいて)え?待って待って待ってって!」
小野寺 「何?」
鈴木  「あれ!」
小野寺 「友崎敦也!」
鈴木  「しっ!」

隠れる小野寺と鈴木。
友崎とその姉の美咲と清美が来る。

美咲  「えーと、こっちであってるよね」
清美  「ねえ、やっぱり私帰るわ」
美咲  「ここまで来て何言ってんのよ」
清美  「だって今更謝りに行くほうが変じゃない」
美咲  「仕方ないでしょう。向こうが会いたいって言ってるんだから」
清美  「こいつ一人で行かせればいいじゃん」
友崎  「・・・」
美咲  「どうせだったら家族で行って謝ったほうが納得してくれるでしょ」
清美  「そう?」
美咲  「人情ってのはそんなもんなの」
清美  「ふーん・・・あ!」
美咲  「何?」
清美  「慰謝料の値下げをお願いするんでしょ」
美咲  「急に何を言い出すのよ」
清美  「確かに家族で謝ったほうが効果的だもんねー」
美咲  「そういうことも含めてよ」
清美  「はいはい・・・兄貴、あんたも反省したふりしてちゃんと謝ってよね」
友崎  「ふりじゃねーよ。ちゃんと反省してんだよ」
清美  「どうだか」
友崎  「俺、模範囚だったんだからな。刑務所で俺は変わったの。いい人になったの」
清美  「ふーん」
美咲  「清美、行くよ」

小野寺と鈴木の前を通り過ぎていく。

鈴木  「ビックリですね」
小野寺 「ああ、出所したとは言え友崎本人が謝罪に行くなんて」
鈴木  「村井さんから会いたいって言ったみたいでしたね」
小野寺 「確かに・・・村井さん、どういう神経してるんだ?」
鈴木  「警察に連絡しときますか?」
小野寺 「しなくていいんじゃない?円満解決するかもしれないし」
鈴木  「しますかね」
小野寺 「さあね」

小野寺と鈴木も上手にアウト。
事務所内になる。
村井、馬場、山本、加賀がそれぞれの面持ちで来る。

山本  「じゃあ村井くん、くれぐれも理性的にね」
村井  「当然です」

 村井、手帳に挟んである写真を見る。
ピンポーン。

馬場  「来ました」

馬場、出る。
村井、山本は席につく。

美咲  「友崎です」
馬場  「こちらです」

美咲、清美、友崎、馬場が入ってくる。

山本  「ご無沙汰しています。わざわざご足労いただきありがとうございます」
美咲  「いえ」
山本  「こちら、村井あおいさんのお父様、村井正義さん」
村井  「初めまして。村井です」
山本  「こちらは、友崎敦也くんのお姉さまと妹さんの」
美咲  「友崎美咲です」
清美  「清美です」
美咲  「本日はお時間をいただきありがたとうございます」
村井  「・・・」
山本  「そして、友崎敦也くん」
友崎  「・・・」
村井  「・・・」
美咲  「敦也!」
山本  「敦也くん?」

 友崎、急にボロボロと泣き崩れる。
 突然のことに動揺する室内。

山本  「ちょっと敦也くん!」
友崎  「・・・申し訳ありませんでした」
村井  「・・・」
山本  「大丈夫ですか?」
友崎  「(泣いている)」
山本  「一度落ち着こう」
友崎  「大丈夫です」
山本  「ほら(ハンカチを出す)」
友崎  「本当に・・・申し訳ありませんでした」
山本  「ほら(ハンカチを出すが)」
友崎  「(土下座し続けている)」
村井  「・・・何が申し訳ないんだ?」
山本  「え?」
友崎  「?」
村井  「答えなさい。何が申し訳ないんだ?」
友崎  「それは・・・あなたの娘さんを傷つけてしまったから」
村井  「傷つけた?殺したんだろ」
友崎  「結果的には、そうです」
村井  「結果的には?」
友崎  「・・・はい」
村井  「・・・君は傷害致死の罪で少年刑務所に入った。そうだね」
友崎  「はい」
村井  「傷害致死ということは、殺す気はなかったということだ」
友崎  「はい」
村井  「違うだろ?」
友崎  「え?」
山本  「ちょっと村井くん」
村井  「傷害致死になったのは山本弁護士がそうしたからで、事実がそうとは限らない。君は殺したかったんだ。だから殺した」
友崎  「違います。死ぬなんて思いませんでした」
山本  「村井。彼は本当に殺す気はなかったんだ。ただ」
村井  「ただどこを刺したら死ぬか分からなかった。たまたま刺した場所が急所だった。だからあおいが死んでしまった」
山本  「そう、だから傷害致死なんだ。俺が事実を歪曲したわけじゃない」
村井  「僕も裁判の流れは知っています」
山本  「そうだよな」
村井  「何故、刺さなきゃいけなかったんですか。僕は本当の動機を知りたいんです」
山本  「村井先生、彼はすでに罰を受けたんだ。すでに少年刑務所を出所。法律的には全て終わってる」
美咲  「そうです。弟は罪を償い終えたんです」
村井  「友崎敦也くん、君も罪を償い終えたと思ってるんですか?」
山本  「君は弁護士として会いたいと言ってたじゃないか」
村井  「山本先生」
山本  「何だ」
村井  「黙ってて貰えますか?僕は彼に聞いてるんです」
山本  「しかし」
友崎  「・・・思ってません。傷害致死とはいえ、僕は人を殺めたんです。人ひとりの人生を終わらせてしまったんです。その事実はどうしたって消えることはありません。僕の中でも終わることはありません。一生をかけて償わなくちゃいけないと思ってます」
村井  「・・・よくわかりました」
山本  「な。彼はちゃんと更生しようとしているんだ」
村井  「よくわかりました。彼が模範囚だったってことが。とても模範的な答えです」
清美  「良かったね。分かってくれたってさ」
友崎  「・・・」
山本  「・・・もういいですかね」
美咲  「あの」
山本  「何です?」
美咲  「私たちも一生をかけて償わせていただきますので」
村井  「お姉さん」
美咲  「はい」
村井  「慰謝料、もう結構ですから」
美咲  「え?」
村井  「慰謝料はもうお支払いいただかなくて結構です」
美咲  「でも、それじゃ私たちの気持ちが」
村井  「お姉さんと妹さんには充分償っていただきました。それに慰謝料を払うことだけが償いではありませんから」
美咲  「はあ」
清美  「分かりました。ありがとうございます」
山本  「村井、本当にそれでいいんだな」
村井  「勿論です」
山本  「手続き、進めるからな」
村井  「どうぞ」
美咲  「ありがとうございます。この御恩は一生忘れません」
村井  「こんなことは忘れていいんです。忘れないで欲しいのは娘に対しての償いです」
美咲  「はい」
清美  「分かりました!誠心誠意償わせていただきます。そうだよねバカ兄貴」
友崎  「はい。一生をかけてきちんと償わせていただきます」
清美  「だそうです」
加賀  「あの」
友崎  「はい」
加賀  「償うって具体的にどうなさるおつもりなんですか」
友崎  「え?」
加賀  「敦也くん、今言いましたよね。一生かけて償うって」
友崎  「ええ・・・」
美咲  「死ぬまで娘さんのお墓に手を合わせます」
加賀  「そんなの私だってやっています。償いとは言いません」
美咲  「じゃあどうしたら」
加賀  「だからどうするつもりなのか聞いてるんです」
美咲  「それは・・・」
清美  「ちょっと。どうしろって言うのよ。お金はいらない、でも償いはして欲しいって。何なんですか?結局お金を払えってことですか?」
加賀  「いえ。村井さんはお金は要らないと言ってます。だったら他のことでどう償ったらいいのかちゃんと考えてから答えたらいかがですか」
清美  「トンチじゃないんだから」
加賀  「あなたのお兄さんのしたことはそういうことです」
清美  「そうかもしれないけど」
加賀  「何ですか?」
清美  「いーえ。何でもありません」
村井  「敦也くん、君はどうやって償おうって思ってますか」
友崎  「お金でいいと思います」
村井  「でも慰謝料を払っていたのは君じゃないよね。君のご姉妹が働いて支払ってくれていたんだろ」
友崎  「これからは俺が働いてお金を支払います」
村井  「私はお金が欲しいわけじゃない」
友崎  「じゃあどうしたら満足なんですか」
村井  「それを考えるのが今君がすることだろう」
友崎  「そんなこと言ったって」
村井  「いいか。僕はあおいを返して欲しいんだ。あおいの人生を、あおいの青春を、幸せを、笑顔を、あおいが過ごすはずだった時間を返して欲しいんだ」
友崎  「・・・」
村井  「そのために君は何かできることはあるのか」
友崎  「・・・ありません」
村井  「そうだよ。君は何もできない。それができないからこれからどうするつもりなのか聞いてるんだ」
友崎  「・・・」
村井  「何もできないくせに一生かけて償うなんて言うんじゃない。君は俺からあおいを一方的に奪ったんだ」
友崎  「すいませんでした」
村井  「謝るくらいならここで死んでくれ。それがせめてもの償いだろう」
友崎  「(反抗的な目で見る)」
村井  「包丁なら貸してやる(台所方向へ行く)」
友崎  「・・・」
山本  「村井、言い過ぎだぞ。仮にも法曹界で働く人間が言う言葉じゃない」
村井  「・・・」
山本  「敦也くん・・・」
友崎  「(表情が変わり)はい」
山本  「・・・お帰りくださって結構です」
美咲  「でも」
山本  「お帰りください」
友崎  「・・・」 
山本  「敦也くんも」
美咲  「・・・ありがとうございました」
友崎  「・・・」
美咲  「失礼します」

友崎、怒りを露わにして立ち去っていく。
美咲と清美も追うように去っていく。

馬場  「帰りました」
山本  「そんなん見てれば分かる!」
馬場  「すいません」
村井  「・・・」
山本  「会わせたからな」
村井  「ありがとうございました・・・」
山本  「加賀先生、行きましょう」
加賀  「でも」
山本  「次のアポに間に合いませんよ」
加賀  「でもまだ時間は」
山本  「いいから。行くんだ」
加賀  「・・・」
馬場  「加賀先生、大丈夫ですから」
加賀  「・・・」
村井  「山本先生」
山本  「何ですか?」
村井  「5年は・・・5年は短か過ぎます・・・」
山本  「・・・それが少年法です。僕はベストを尽くした。その結果だ」
村井  「友崎敦也は更生していません」
山本  「そんなことはない。友崎は更生したんだ。法務省がそう判断し、彼の出所を許した。我々はそれを信じるしかない」
村井  「少年犯罪の再犯率は30%です」
山本  「だから友崎は残りの70%なんだ。そう思えばいいだろう」
村井  「友崎の涙を私は信じられませんでした。あれはウソ泣きです」
山本  「そんなことはない。あれは本当の涙だ」
村井  「本当にそう思ってるんですか」
山本  「・・・考えすぎるな。もう終わったことだ」
村井  「終わったこと?」

山本、ポンと村井の肩を叩いて。
山本と加賀、出ていく。

村井  「・・・」
馬場  「(気まずく)お茶でも入れましょうか?」
村井  「馬場」
馬場  「はい」
村井  「友崎は涙を流して俺をたばかろうとしたんだ」
馬場  「そうでした?」
村井  「あいつには矯正プログラムは通用しなかったんだ」
馬場  「少年刑務所の矯正プログラムのことですか」
村井  「模範囚を演じきってプログラムをこなしたんだろう」
馬場  「そうですかね」
村井  「だから言葉の意味も考えずに、綺麗ごとを並べようとしたんじゃないか」
馬場  「ウーン・・・」

ピンポーン。

馬場  「山本先生、忘れ物ですかね。どうぞー」

入ってきたのは小野寺と鈴木。

小野寺 「ご無沙汰しています」
馬場  「あっ、週刊現代」
小野寺 「村井先生、ご無沙汰しております」
鈴木  「どうも」
村井  「マスコミが何の御用でしょうか」
小野寺 「あの、さっきまでここに友崎敦也の家族が来てましたよね」
村井  「耳が早いですね」
小野寺 「村井先生が呼んだそうじゃないですか」
村井  「そうですよ。私が呼びました」
小野寺 「やっぱりそうでしたか」
鈴木  「辛くないんですか」
村井  「辛くないわけないでしょう」
鈴木  「そうですよね・・・」
小野寺 「そんな思いをしてまで・・・何のために呼んだんですか?」
村井  「確認したかったんです」
小野寺 「確認?」
村井  「友崎敦也が本当に更生しているか。自分がしたことを反省しているか、悔いているのか、それを」
小野寺 「それで、どうだったんですか。村井さんから見て友崎は更生していましたか」
村井  「・・・小野寺さんでしたっけ」
小野寺 「はい」
村井  「人が罪を犯す動機は千差万別です。特に少年は大人には想像もできないような動機で罪を犯す」
小野寺 「はあ」
村井  「本当の動機を解明できなければ、少年刑務所なんて何の役にも立たないんです。でも本当の動機なんて本人が言わない限り分からない・・・仕方のないことですが」
小野寺 「そうですね」
村井  「友崎は僕の前で泣いていました。『申し訳ありませんでした』って何度も何度も土下座していました」
鈴木  「泣いたんですか?」
村井  「ええ」
小野寺 「でもそれは更生した証にはならないと」
村井  「そう感じました。むしろ友崎は僕をたばかろうとしていた」
鈴木  「たばかる?」
小野寺 「馬場さんも同意見ですか?」
馬場  「分かりません」
小野寺 「そうですか」
村井  「・・・」
鈴木  「少なくとも友崎が二人の姉妹に多大な迷惑を掛けているのは事実です。家に戻ってからずっとそのことは負い目に感じてるんじゃないでしょうか」
村井  「それは自業自得でしょう。あおいへの償いとは別のことです」
鈴木  「そうですけど」
村井  「私は加害者の家族を追いつめたいとは思っていません」
馬場  「村井さんは慰謝料の支払い停止を申請したんです」
鈴木  「そうなんですか」
馬場  「だから友崎はお金ではない償い方を考えなくてはならなくなったんですが」
小野寺 「なるほど。お金ではない償い方ですか」
鈴木  「難しいですね」
村井  「その答えを友崎敦也に出して欲しいと思っています」
鈴木  「・・・」
小野寺 「あの」
村井  「はい」
小野寺 「質問をしていいですか」
村井  「どうぞ」
小野寺 「今日は先生の心中を知りたくて来たんです」
村井  「と言いますと?」
小野寺 「先生は今も少年事件の弁護を続けてるじゃないですか」
村井  「ええ」
小野寺 「しかしあの事件以降、先生の勝率は明らかに落ちています」
馬場  「ちょっと、失礼じゃないですか」
村井  「いいんだ。その通りです」
小野寺 「誰もが先生は弁護士をやめるだろうと思ってましたが、先生は続けている」
村井  「・・・」
鈴木  「小野寺さん」
小野寺 「それともわざと勝率を落としてるとか」
馬場  「わざと?」
小野寺 「弁護士の立場を利用して、犯罪者に罰を与えようとしてるとか」
鈴木  「小野寺さん言い過ぎです」
馬場  「失礼にも程があります。週刊現代、帰っていただけますか」
小野寺 「答えてください」
馬場  「週刊現代!」
鈴木  「帰りましょう」
小野寺 「・・・」
村井  「・・・」
鈴木  「小野寺さん!」
村井  「おっしゃる通りかもしれません」
馬場  「え?」
村井  「ただ私は私なりに一生懸命事件に取り組んで弁護をしているつもりです。それは本当です。ただ無意識の中にある僕の真意は、僕にも分からない。担当した少年に罰を与えるべきだと心のどこかで思っているのかも知れません」
小野寺 「そうですか」

ピンポーン!呼び鈴が鳴る。
同時にドアが開く音。
入ってきたのはタカシ。

タカシ 「すいませーん。村井先生はいますか?」
小野寺 「誰だ君は!」
鈴木  「警察を呼びますよ」
タカシ 「勘弁してくださいよ」
馬場  「君は」
タカシ 「お、こないだはどーも」
馬場  「吉田タカシ・・・くん」
小野寺 「吉田タカシ?」
タカシ 「村井先生、久しぶりだな。俺のこと覚えてる?」
村井  「吉田タカシくん。友達を金属バットで殴って殺人未遂で起訴、不定期刑で少年刑務所に収監」
タカシ 「そうだよ。よく覚えてるじゃん」
馬場  「何しに来た!まさか・・・」
タカシ 「お前には関係ない」
馬場  「ヒッ!村井さん」
村井  「そうか。退所したのか。そうかそうか。おめでとう」
タカシ 「ありがとうございます。じゃねーよ」
村井  「その後、被害者には謝罪しに行ったのか?」
タカシ 「いや行こうと思ったんだけど、引っ越しちゃってて」
村井  「それは残念だね。それでわざわざ僕に会いに来てくれたのか。ありがとう」
タカシ 「いえ。どういたしまして。いや、そうじゃなくて」
村井  「どうした?」
タカシ 「ダメだ!何か違う・・・ちょっと待ってろ!恵!恵!」
村井  「?」
恵の声 「一人で大丈夫だって言ってたくせに」

恵が金属バットを持って入ってくる。

一同  「!」
馬場  「え?え?」
タカシ 「どうしても話がおかしなほうへ行っちゃって」
恵   「あ、これは護身用。凶器じゃないからね。どうも、吉田タカシの弁護人です」
村井  「あおい?」
恵   「え?」
村井  「あおいなのか?」
恵   「は?何言ってんの?」
村井  「あおい・・・」
恵   「ちょっと!近づくんじゃねえよ」
村井  「あおい、あおい」

村井をバットで威嚇する恵。当たって村井倒れる。

一同  「あ」
タカシ 「ヤバイって」
小野寺 「何をしてるんだ!やめなさい!」

 小野寺、恵を取り押さえる。

恵   「・・・」
小野寺 「これは立派な犯罪だぞ」
村井  「離してください」
小野寺 「でも」
村井  「いいから離してください」

 小野寺、離す。

村井  「殴ってくれ」
恵   「え?」
村井  「俺を殴ってくれ、あおい!」
恵   「何?」
村井  「あおい、殴ってくれ!」
馬場  「村井先生、彼女はあおいちゃんじゃありません!」
村井  「あおいじゃない?」
馬場  「訛りが・・・」
村井  「訛り?」
恵   「気色悪かー」
村井  「気色悪かー?・・・君は誰なんだ?あおいじゃないのか」
恵   「あおいって誰だよ」
村井  「・・・すまない。あまりに娘に似ていたもので」
恵   「だからってこんなに取り乱すかね。娘、家出でもしてんの?」
村井  「・・・」
恵   「まあいいや。そんなことより。この子の話を聞いてあげてくれるかな」
村井  「この子?」
タカシ 「俺だよ!」
恵   「あんたに文句があるんだって」
小野寺 「文句?」
タカシ 「そう。文句があるんだよ」
村井  「聞こう」
馬場  「タカシくん、暴れたりしないでくれよ」
タカシ 「お前は黙ってろ!」
馬場  「はい」
タカシ 「あんたさ、俺の事件は傷害だから保護観察で済むってうちのママに言ってたよな」
鈴木  「ママって」
恵   「いいから聞いてあげて」
鈴木  「はい」
タカシ 「どうなんだよ」
村井  「言った」
タカシ 「それなのに俺は検察に逆送されて挙句の果てに殺人未遂で刑務所行きだ。おかしいだろ!」
馬場  「あの時は色々な事情があって」
タカシ 「そっちの事情なんて関係ねーよ。無責任だろ」
恵   「無責任だよ」
馬場  「君たちは何も知らないからそんなことを言えるんだ」
タカシ 「なんだと」
村井  「済まなかった」
馬場  「村井さん謝ることないですよ。こいつは友達の頭をバットで殴ったんですよ。殺人未遂だって充分妥当です」
タカシ 「保護観察で済むって言ったじゃないか」
馬場  「村井さんなら保護観察にすることもできたんだ。あの事件が起こる前なら」
タカシ 「あの事件?」
恵   「あの事件って?」
馬場  「だからあおいちゃんの」
村井  「馬場くん!」
馬場  「あっ!すいません」
村井  「タカシくんの言う通りだ。あのとき俺は保護観察に持ち込めると思っていた。でもできなかった。タカシくんが騙されたと思っても仕方がないことだ」
タカシ 「そうだろ」
村井  「本当に申し訳ありませんでした」
タカシ 「お、おう・・・」
村井  「頂いたお金は全額返還するから」
タカシ 「え?」
村井  「それで許してくれないか」
タカシ 「お、おう・・・」
馬場  「村井さん!」
村井  「いいんだ。君はそのことで傷ついたからここに来たんだ。そうだろう」
タカシ 「俺のことより俺はママに申し訳なくて・・・」
村井  「そうか・・・」
タカシ 「・・・」
馬場  「もういいか?」
タカシ 「お、おう・・・」
恵   「タカシ、青春のことも」
タカシ 「そうだ、そうだった」
馬場  「青春?」
タカシ 「おい!お前のせいで俺は5年も青春時代を無駄にしたんだぞ」
村井  「5年?5年か・・・」
タカシ 「そうだよ。このことはどう責任を取るつもりなんだよ」
馬場  「君は何を言ってるんだ?」
タカシ 「は?」
村井  「なあタカシくん、君にとって少年刑務所の生活は本当に無駄だったのか?」
タカシ 「当たり前だろ。無駄だよ無駄。時間の無駄」
村井  「担当した法務教官はどんな人だった?」
タカシ 「教官?遠藤さんのことか?」
村井  「そう、多分その遠藤さん」
タカシ 「遠藤さんは・・・俺の理解者だ」
村井  「理解者?」
タカシ 「ああ、遠藤さんは俺の言いたいことを一緒に探してくれた唯一の人だ」
恵   「そうなの?」
タカシ 「俺、バカだから自分の気持ちを上手く伝えられなくて、誰かの『言葉』を借りてノリで話してただけだってことを気づかせてくれたんだ。俺が本当はどう思っているのかをずっと一緒に考えてくれた。おかげで俺には本当の友達がいなかったことに気づいたんだ。だからあんな事件を起こしたんだって」
村井  「そうか」
恵   「良かったじゃん。そういう人に出会えて」
タカシ 「まあな。保護司の岡田さんもいい人だし」
恵   「あんた、刑務所行ったおかげでいい人たちに出会えたってことなんじゃない?」
タカシ 「ああ」
恵   「それって青春じゃん」
タカシ 「・・・ホントだ」
村井  「君は遠藤さんと岡田さんのおかげで更生できたんだ」
タカシ 「更生?」
馬場  「悪い生き方からちゃんとした生き方に変わったってこと」
タカシ 「ちゃんとした生き方?」
恵   「ちょっと、わかってる?」
タカシ 「あんまり」
村井  「自分では気づいてないくらいでちょうどいいのかもしれないな」
恵   「弁護士さんにお礼言って」
タカシ 「ありがとうございます。これでいいのか?」
村井  「いつか君が傷つけた人たちにちゃんと謝罪できるといいな」
タカシ 「そりゃ謝りたいよ」
馬場  「頑張れよ」
タカシ 「お前はうるさいんだよ」
馬場  「なんで僕にだけそんな感じなの?」
恵   「弁護士さん。すいませんでした」
村井  「え?」
恵   「さっきこれで殴っちゃったから」
村井  「ああ。君に殴られたのも何かの縁かもしれないしな」
恵   「え?」
馬場  「村井さん・・・」
恵   「あの、聞いてもいいですか?」
村井  「何だい?」
恵   「あおいちゃんの事件って何ですか?」
村井  「え?」
恵   「弁護士さんの娘なんですよね、あおいちゃん」
村井  「ああ」
馬場  「君たちには関係ないの」
恵   「関係なくないよね。タカシはその事件のせいで刑務所に入れられたんだから」
馬場  「だけどそのおかげで今があるんでしょ」
恵   「教えてください」
村井  「あおいは殺されたんだ」
恵   「え?」
タカシ 「殺された?あんたの娘が?」
村井  「そうだ・・・」
馬場  「そのときに丁度君の事件が重なって、それでも村井さんは弁護士として君の刑を軽くするよう努力したんだ」
恵   「・・・」
タカシ 「それで犯人、捕まったのか?」
村井  「ああ。犯人は君と同じ齢だった」
タカシ 「俺と同じ齢?」
恵   「少年刑務所にいるんですか」
村井  「・・・」
小野寺 「犯人の友崎敦也はタカシくんと同じ不定期刑だったんだ」
タカシ 「俺と同じ刑?」
恵   「人を殺したのに?」
小野寺 「彼も刑期を終えて、先日出所した」
タカシ 「何で?人殺しが俺と同じっておかしいだろ」
小野寺 「それが少年法なんです。彼の罪状は殺人ではなく傷害致死だったから」
タカシ 「人殺しのくせに?」
小野寺 「理不尽ですよね。僕もそう思います」
恵   「理不尽も何もそんなのおかしいよ」
小野寺 「日本の法律はそれぐらい曖昧だってことです」
タカシ 「納得いかねーよ」
鈴木  「法律って完璧じゃないんですね・・・」
村井  「所詮は人間が作ったものですから」
小野寺 「そうですね」

 村井、弁護士バッヂを外す。

恵   「それは?」
村井  「弁護士の証」
馬場  「村井さん!」
村井  「この事務所を畳みます」
馬場  「え?」
鈴木  「弁護士をおやめになるんですか」
村井  「ええ」
馬場  「ちょっと待ってください。村井さん辞めるってどういうことですか」
村井  「友崎と会ってよく分かったんだ。もう続けられないということが」
馬場  「そんな」
村井  「・・・」

 暗転。



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