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「硝子の獣」6

〇第6景

 警視庁。週刊現代を読む西岡。

安藤が来る。

西岡  「安藤さん、これ読みました?」
安藤  「いえ」
西岡  「友崎敦也が村井弁護士に謝罪に行ったみたいです」
安藤  「謝罪?友崎が?」
西岡  「ええ。村井弁護士が会いたいと言ったそうですよ」
安藤  「え?何でまた?」
西岡  「知りませんよ。・・・元少年Aに会ったその日、村井氏は弁護士を辞することを決めた」
安藤  「辞することを決めた?何でその日に?」
西岡  「だから知りませんって。友崎に会ったら弁護士をしてるのがバカバカしくなっちゃったんじゃないですか?」
安藤  「・・・西岡さん」
西岡  「はい」
安藤  「たまには村井さんとこに線香をあげにいきませんか」
西岡  「村井さんに会いに行くんですか?」
安藤  「ええ」
西岡  「私たちは捜査一課ですよ。そんなことが上にばれたら」
安藤  「一人の人間として行くんです」
西岡  「はあ。でも怒られたら安藤さんのせいにしますからね」
安藤  「分かりました」

 捌けていく。
 村井の家になる。
 ポロシャツにチノパン姿の村井、新聞を持って来て読み始める。
 硬い表情になり目を外す。新聞を丁寧に畳み始める。
 モノローグ。

村井  「また少年犯罪・・・」

あおいの遺影を見る。

村井  「・・・・・・」

 ピンポーン。
 村井、扉を開けに行くと、安藤と西岡。

安藤  「お久しぶりです」
村井  「どうも」
安藤  「少しお邪魔してもいいですか」
村井  「どうぞ」

 3人入ってくる。

安藤  「失礼します」
西岡  「失礼します。(部屋を見渡して)綺麗にしてらっしゃいますね」
村井  「いえ、男やもめなんで普段は散らかってるんですが、丁度さっき大掃除をしたところなんです」
西岡  「そうでしたか。大掃除を」
村井  「それで?何かあったんですか?」
安藤  「いえ。すっかりご無沙汰していたので。あおいさんに」
村井  「そうですか。どうぞ」
安藤  「失礼します」

安藤と西岡、あおいの遺影に手を合わせる。

村井  「ありがとうございます」
安藤  「もう5年ですか」
村井  「そうですね」
西岡  「あおいさん、お母さんと二人で『頑張れ』ってお父さんを応援してるんでしょうね」
村井  「どうですかね。嗤われてるかもしれません」
西岡  「そんなことないでしょう」
安藤  「村井さん、弁護士をお辞めになられたとか」
村井  「ええ」
安藤  「何故急に?」
村井  「ここ数年、弁護士としての自信を失っていたので」
安藤  「友崎敦也に会ったからじゃないんですか」
村井  「いえ。友崎くんは関係ありません。彼は私にちゃんと謝罪をしてくれましたから」
安藤  「そうですか」
村井  「彼は涙を流しながら謝ってくれました」
西岡  「ちゃんと更生したんですね」
村井  「彼にも未来があります。それなのに僕がいつまでも恨んでても仕方ないでしょう。それに僕も前へ進まないと」
西岡  「それで弁護士を?」
村井  「ええ」
西岡  「でも弁護士を辞めちゃうなんて勿体ないですね」
村井  「それが僕の未来なんです」
安藤  「じゃあ私たちはそろそろ」
村井  「ありがとうございます」

安藤たち帰ろうとするが

安藤  「村井さん」
村井  「はい」
安藤  「もう会うことはないでしょう」
村井  「・・・」
安藤  「頑張ってください」
西岡  「頑張ってください」
村井  「本当にありがとうございました」
安藤  「お邪魔しました」
西岡  「お邪魔しました」

安藤と西岡、帰っていく。

村井  「・・・」

時間経過。夕暮れになる。カラスの声。
ガチャ。玄関の扉を開ける音。

山本  「いるか?」
村井  「・・・はい」

山本が日本酒の瓶を持って入ってくる。

山本  「戸締りくらいしろよ」
村井  「ああ、すいません」
山本  「美味い日本酒貰ったんだ。たまにはお前と二人で飲みたくなって」
村井  「いいですね」

湯呑を持ってきて。注ぎ、飲む。

山本  「今日は本音で話そう」
村井  「何を言ってるんですか。いつだって僕は本音ですよ」
山本  「まあまあ・・・お前、弁護士をやめたんだってな」
村井  「ええ」
山本  「どうしてだ?」
村井  「・・・」
山本  「友崎を殺したいからか」
村井  「・・・ええ」
山本  「そうか・・・俺もだ」
村井  「(見る)」
山本  「あいつはあおいちゃんを殺したんだ。絶対に許せない。できることなら爪を一枚一枚はがしてそこに釘を打ち込んで、ゆっくりゆっくり後悔させながら殺したい」
村井  「山本さん」
山本  「お前、言ってたよな。友崎を殺したい気持ちを抑えるために弁護士を辞めないんだって」
村井  「言いましたね」
山本  「・・・友崎を弁護しなければよかったよ」
村井  「いえ、山本さんでよかったですよ。友崎にも会わせてくれましたし」
山本  「良くねえよ」

間。

村井  「僕は友崎の更生を望んでいたのかもしれません」
山本  「え?」
村井  「この5年、僕の心の中はずっとザワザワしていました。あおいの人生を奪った友崎に未来があることが許せなくて・・・ずっと殺したいって思ってました。でも友崎が出所したのを聞いて思ったんです。もしあいつが本当に反省して更生していたら、僕はその気持ちが変わるかもしれない。殺したいって思い続けられないかもしれない・・・友崎に未来があることを赦すかもしれない・・・」
山本  「うん」
村井  「でも友崎は更生していなかった。あおいを殺したことへの反省も一切見えなかった。あるのは自分が許されることだけ。そのためだけに涙を流してた。僕には『俺には未来があるんだから』と言いたげな友崎の自分勝手な姿しか見れませんでした」
山本  「うん・・・残念だが友崎は芝居をしていたな。お前に許されるために。お前が許せばあいつは生きるのが随分楽になるからな」
村井  「はい」
山本  「あいつがあおいちゃんを刺した理由は結局分からなかった。結局友崎の心の闇を見つけ出せないまま裁判は終わり、友崎は矯正プログラムを上手にこなし、模範囚として出所した」
村井  「・・・」
山本  「だけどな・・・それでもお前は間違ってる」
村井  「分かってます」
山本  「俺はお前が好きだ。だから間違って欲しくない」
山本  「弁護士のバッヂを外しても人としての道を外れてはいけないんだ。何があってもだ」
村井  「・・・」
山本  「分かるな。お前は真っ当な人間なんだ」
村井  「・・・山本さん、世の中には人間の姿をしたケモノがいるんです」
山本  「え?」
村井  「友崎は人間じゃない。ケモノなんです」
山本  「ケモノ・・・」
村井  「そして、僕もケモノなのかも知れません」
山本  「違う。お前はケモノなんかじゃない。しっかりしろ」
村井  「・・・」
山本  「お前は俺の後輩だ。今までも、これからもな」
村井  「ありがとうございます」
山本  「時間が解決してくれることもある。きっと良くなる」
村井  「・・・」

ピンポーン。

山本  「誰だこんな時間に」

ガチャっと入ってきたのは加賀と恵。

加賀  「村井さん、不用心ですよ。戸締りくらい」
山本  「加賀先生!」
加賀  「山本先生、帰ったんじゃなかったんですか」
山本  「いやそうなんだけど・・・???あおいちゃん!?」
恵   「こんばんは」
山本  「何?何でビックリしないの?あおいちゃんだよ」
村井  「この子はあおいじゃないです。別人です」
恵   「佐田恵です」
山本  「佐田恵・・・さん・・・あ、そう・・・」
加賀  「本当にあおいちゃんそっくりですよね。私もビックリしました」
恵   「そんなにあおいちゃんに似てるんですか?」
山本  「似てるも何もあおいちゃんにしか見えない」
恵   「そんなに似てるんだ」
村井  「うん。喋らなければ区別がつかないくらいだよ。でもどうして加賀先生が?」
加賀  「この子が事務所に来たんです。村井先生に会いたいって」
村井  「会いたい?どうして?」
恵   「おじさん、ここに一人で住んでるんだよね」
村井  「ああ」
恵   「こんな広い家に一人なんて淋しくない?」
村井  「・・・」
恵   「死んじゃったんだよね。あおいちゃん」
村井  「ああ」
恵   「悲しい?」
村井  「そりゃ悲しいよ」
恵   「私、おじさんと一緒に住んでもいいよ」
村井  「え?」
山本  「いや待て待て。君、家出娘だろう」
恵   「違います」
山本  「どこから来た?」
恵   「鹿児島」
山本  「歳はいくつだ?」
恵   「20歳」
山本  「ホントか?」
恵   「ホントです」
山本  「親御さんは東京に来てることは知ってるのか?」
恵   「親、いないから」
山本  「は?いい加減なことを言うな」
加賀  「山本さん本当なんです」
山本  「何が?」
加賀  「恵ちゃんは生まれたときから児童養護施設で育てられたんです」
山本  「養護施設?」
加賀  「施設の上限が18歳なので、そのまま施設を出ることになったそうです」
山本  「施設に就職先は紹介してもらったんだろ?」
恵   「そうだけど・・・」
加賀  「恵ちゃんは就職先でずいぶん苦労したそうです」
恵   「お姉さん」
山本  「どんな?」
加賀  「親がいないことをいいことに上司からセクハラを日常的に受けていたって」
山本  「セクハラ?」
村井  「・・・許せないな」
加賀  「それで鹿児島から離れる決心をしたそうです」
恵   「そういうこと」
村井  「・・・」
山本  「でも何で東京に?」
恵   「インスタでタカシと知り合って」
山本  「インスタ?」
加賀  「インスタグラムですSNSの。知らないんですか?」
山本  「知ってるよ。あれだろ?インターネットの」
恵   「タカシが優しかったから」
山本  「タカシ?」
恵   「そう、タカシが相談に乗ってくれて、東京に来たら助けてくれるって言うから」
村井  「あ、だから吉田タカシと一緒だったのか」
恵   「そう!」
加賀  「え?吉田タカシってあの吉田タカシですか?」
村井  「あの吉田タカシだ」
恵   「それでおじさんと知り合ったってわけ」
加賀  「?」
村井  「友崎と会った日に吉田タカシと一緒に来たんだ」
加賀  「ああ。馬場くんが言ってました。それで・・・」
恵   「あ!」

恵、遺影に気付き行く。加賀も連れ添って。

恵   「・・・私みたい」
加賀  「そうだね」
村井  「・・・」
恵   「・・・・・・決めた」
加賀  「え?」
恵   「私ここに住む!いい?」
村井  「え?」
恵   「タカシの家って実家だから結構居づらくて」
村井  「しかし」
山本  「お嬢さん、村井くんの気持ちも考えてみなさい」
恵   「え?」
山本  「亡くなった自分の娘にそっくりな子と住むなんて・・・」
恵   「そうか・・・そうかも知れない」
村井  「・・・」
恵   「・・ごめん。今のナシ。ごめんねおじさん。」
村井  「いいよ」
恵   「え?何が?」
村井  「君さえ良ければここに住んでくれて構わない」
恵   「ホント?」
村井  「ああ」
恵   「ホントにいいの?」
山本  「村井・・・」
村井  「何のお構いもできないけど」
恵   「やった!ありがとうおじさん!」
山本  「いいのか本当に」
村井  「この子も行くところがなくて困ってるんだろ。部屋はいっぱいあるし」
恵   「私、東京の言葉でしゃべるから」
村井  「え?」
恵   「それでおじさんのこと絶対に笑顔にしてあげるからね!」
村井  「いいよ、無理しなくて」
恵   「私が頑張りたいの!」
村井  「あ、そう・・・」
山本  「村井、本当にいいんだな。本当にこの子と住むんだな」
村井  「ええ」
恵   「くどいなあ」
山本  「分かった!じゃあ乾杯だ」

乾杯の準備をして

山本  「村井くんの未来を祈念して」
みんな 「乾杯!」

「ガシャン!」ガラスの割れる音が響く。
下手側から出て、暴れる友崎。

友崎  「ったく何なんだよあいつは・・・わざわざ会いに行ってやったのに人を見下しやがって・・・ったくイライラする」

OL姿の清美が来て

清美  「バカ兄貴!何やってんだよ」

と額縁や破片を拾う。

友崎  「お前、慰謝料を払わないて良くなって嬉しいだろ」
清美  「そもそもがあんたのせいだろうが」
友崎  「そうだよ俺のせいだよ。うちに金がないのも、お前らが風俗行かなきゃならなかったのも、親が俺たちを捨てたのも全部俺のせい」
清美  「言っとくけど、あんたがバイトをすぐにクビになるのもあんたが我儘だからだからな」
友崎  「んだと!」
清美  「折角お姉ちゃんがバイトを探してくれて来ても全然続かない。何なのあんた」
友崎  「黙れ」
清美  「あんた・・・少しは反省したんじゃないの?刑務所で色々勉強してきたんだろ?」
友崎  「刑務所で勉強?おめえはアホか!自分が何をして来たか。これからどうしていきたいか。人のためになるように生きていきたいですーって。そんなこと教えられなくたって分かってんだよ。そんな生き方が楽しくねえからこうなったんじゃねーか」
清美  「・・・」
友崎  「ムカつくんだよ!世の中の正義の真ん中にいるフリをしてるような奴らはよ!上手いことやって金を儲けて、いい車乗って、いい女を連れまわしてよお!」

美咲ツカツカとやってきて

友崎  「姉ちゃん」
美咲  「(いきなり引っぱたく)」
友崎  「何すんだよ」
美咲  「(更に引っぱたく)」
友崎  「テメエ何なんだよ」
美咲  「(更に引っぱたく)」
友崎  「ふざけんじゃねえぞテメエ」
美咲  「殺したいか」
友崎  「あ?」
美咲  「私を殺したいか」
友崎  「なんだよ」
美咲  「殺したきゃ殺せ」
友崎  「何でそうなるんだよ」
美咲  「(バシバシ引っぱたく)殺せ!殺してみろ!殺してみろ!」
友崎  「うわああああー」

友崎切れて美咲に馬乗りになる。

清美  「姉ちゃん!バカ兄貴!」
友崎  「ううううう」
美咲  「殺せよ。何もかもが上手くいかないんだろ。誰かを殺せば楽になるんなら私を殺せ」
友崎  「うううううう」
清美  「やめなよ二人とも!ホラ」

清美、友崎を引きはがす。

友崎  「・・・」
美咲  「敦也!あんたは人の人生を踏みにじったんだ。これがどういうことか分かる?分かんないか。分かんないからこうなってんのよね」
友崎  「分かってるよ」
美咲  「分かってない!あんたはあんたの人生をちゃんと生きるしかないんだよ。人をどんなに羨ましがったってあんたの人生は変わらないんだよ」
友崎  「・・・」
美咲  「ちゃんと生きてよ。ちゃんとしてよ」
友崎  「ちゃんとしたいよ・・・ちゃんとしたいのにあいつが・・・」
清美  「あたし?」
友崎  「お前じゃねえよ。あいつだ。あいつが・・・あいつが信じないから・・・」
美咲  「・・・」
清美  「・・・」
友崎  「畜生!畜生!畜生!」
美咲  「・・・(不穏な空気を感じる)」

暗転。
音楽。
遠雷。



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