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「ひまわりの見た夢」1

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加藤明日香(20)
加藤今日子(35)明日香の姉
加藤勉(33)明日香の兄
加藤護(58)明日香の父
加藤静子(58)明日香の母
明神新太郎(39)弁護士
加賀絵里子(32)明日香の親友
山崎進(29)
御麿(送り人)
田口敏彦(39)記者

プロローグ
加藤家のリビングダイニング。
清潔でハイソサエティな暮らしが見て取れる。
明日香と勉がいる。

明日香 「私は自分の兄に殺されました。なぜ私が殺されなければならなかったのか、それは今もまだはっきりしていません。当時浪人生だった兄は、大学二年生だった私のことが疎ましかったのかもしれません。次の大学受験で合格しても兄は私の後輩になるのですから、そのことが兄というプライドを傷つけていたのかもしれません。どんな理由があったかはわからないまま、それでも私は殺されてしまいました。そのときの様子はあまり覚えていませんが、兄が本当に情けない人間にみえたことだけは覚えています。殺人者というのは人間ではなく、紙くずなんだなと意識が遠ざかる中で感じていました。兄は紙くずになったのです。一度くしゃくしゃに丸めたら二度とは戻らない紙くずに」

溶暗して消える明日香。

第1章
エレベーターが到着したような音「チーン」
護、静子、今日子、勉が朝ごはんを囲んでいる。
不自然に明日香の席が空いている。

(折り紙が食事でマイムで食事を取る。食べ終わりで折り紙をくしゃくしゃに丸めるルール)

護   「・・・」
今日子 「・・・」
静子  「勉、しょうゆかける?」
勉   「・・・」

静子、勉の皿にしょうゆをかけてやる。

静子  「今日子、夏休みはちゃんと取れるの?」
今日子 「まだわかんない」
静子  「困るわ。あんまり遅いと予約取れなくなっちゃう」
今日子 「私のことは気にしないで三人で行って来れば?」
静子  「何言ってるの」
今日子 「休みが取れたら合流するようにするから」
勉   「・・・」
護   「勉、お前どこかいきたいとこあるか」
勉   「別に」
護   「別にってことないだろう、どこかないのか」
静子  「ホラ、勉は行きたいとこがありすぎるのよ」
勉   「・・・」
今日子 「温泉でも行ってきたら?熱海とか」
静子  「たしかに、温泉もいいわね」
今日子 「じゃ、私早番だから。ごちそうさま、行ってきます」
静子  「行ってらっしゃい」

荷物を手にして出て行く今日子。

護   「じゃあ俺もそろそろ。ごちそうさま」
静子  「お粗末様でした」

出て行く護。取り残された静子と勉。

静子  「ねえ勉。温泉いいわよね。温泉にする?」
勉   「どこでもいいよ」
静子  「懐かしいわ。覚えてる?あんたたちが子供の頃よく行ってた熱海の温泉。何ていったかしら。確か、すい、すい、なんだっけ。水仙荘、じゃなくて・・・」
勉   「ごちそうさま」

部屋に戻っていく勉。

静子  「・・・ねえ勉・・・家族五人でよく行ったわよね。写真もたくさん撮った。熱海だけじゃない。北海道、京都、ハワイ、スキー、沖縄も・・・全部家族にとって大切な思い出・・・勉?勉?」

一寸あって、テーブルを片付ける静子。
冷静を装うがだんだん悲しみがこみ上げ、乱暴に皿を流し台に置く。
エレベーターが到着するような音「チーン」
在りし日の夜になっている。
今日子、護、勉が食卓に付く。

護   「・・・」
今日子 「・・・」
静子  「(勉の皿にしょうゆをかける)」
勉   「・・・」

静子、勉の皿にしょうゆをかけてやる。

護   「・・・明日香はまだ帰ってこないのか」
静子  「そうみたいですね。勉、ちゃんと手を洗った?」
勉   「うん」
静子  「今の季節は風邪が流行ってるから、インフルエンザにでもかかったら大変。一年の努力が水の泡になっちゃうかもしれないから、手洗いとうがいは絶対するのよ」
今日子 「・・・オムライスか」
静子  「あ、きょんちゃんオムライス嫌だった?」
今日子 「(オムライスを凝視している)」
静子  「きょんちゃん?」
今日子 「え?」
静子  「オムライス、嫌だった?」
今日子 「いや、いいんじゃない」
護   「じゃあ、いただきます」
静子  「どうぞー。あ、勉、ケチャップ?」
勉   「しょうゆがいい」
静子  「はい(と渡す)勉は何でもしょうゆね」
護   「勉、勉強のほうは進んでるのか?」
勉   「うん」
護   「塾の成績が全然上がってないって聞いたぞ。どうなってるんだ?」
勉   「ちゃんとやってるよ。理解しながらだから、すぐに成績を上げろなんて言われても無理なんだよ」
護   「早く一人前になって、親孝行してくれよな」
静子  「品川のクリニックも認知されはじめたしね。きょんちゃんも歯科大で順調だし、勉が歯医者になるの、楽しみにしてるんだから」
今日子 「受験に合格すればいいんだよ。範囲なんてたかが知れてるんだから」
勉   「分かってる」
護   「勉も歯医者になるのが子供の頃からの夢だもんな」
勉   「うん」
護   「まずは次のテスト、いい知らせを待ってるからな」
勉   「うん。僕自身のためだからね。頑張らないと」

そこに帰ってくる明日香。

明日香 「ただいま」
静子  「あっちゃんお帰り。遅かったのね」
明日香 「まだ門限前だよ」
静子  「門限前でも早く帰れるときは早く帰ってきなさいって言ってるでしょ」
明日香 「あ、オムライス!私の分は?」
静子  「あるわよ、手を洗って来て」
明日香 「はいはい」

手を洗いに行く明日香。
家族の空気が何となく重くなる。明日香のオムライスが置かれる。

明日香 「いただきまーす」
護   「大学生だからって未成年が遅くまでなにやってんだ」
明日香 「だから、門限前に帰ってきてるでしょう」
護   「・・・(明日香を嫌うように視線から逃れる)」
明日香 「でた!無視か」
今日子 「心配してんのよ。父親だから」
明日香 「でも門限決めたのは父さんじゃん」
護   「門限前に帰るのは当たり前だ。そうじゃなくても毎晩毎晩遅くまでフラフラフラフラ。またどっかで悪いことでもしてるんじゃないだろうな」
明日香 「しないよ。なんで娘を信じられないの?」
護   「信じられたいなら信じられるような生活をしなさい」
明日香 「だから門限前に帰って来てるじゃん。いつまでも昔のことばっかり」
護   「・・・(水を飲みに行く)」
明日香 「また無視・・・」
勉   「(明日香をバカにするように)ふん」
静子  「お父さんが心配してるってわかるでしょう」
明日香 「言いたいだけでしょ」
静子  「そんなことないって」
護   「ごちそうさん」

護、部屋に戻っていく。

明日香 「だってあの人、あれ以来私の目を見て話さなくなったもん」
静子  「それはあんたも悪いからでしょ」
明日香 「私はもう前の私じゃないの。自分に恥ずかしくない生き方をしなくちゃ何も始まらないって教えてもらったの。いつまでも前の私ばっかり見てて信じてくれないんじゃどうしたらいいか分かんないよ!」
静子  「あっちゃん」

ドン!とテーブルを叩く音。

勉   「・・・(明日香を睨んで)うるさいんだよ」
明日香 「ごめん」
静子  「勉も受験生だからピリピリしてるのよね」
勉   「ごちそうさま(立つ)」
明日香 「勉強がんばって」
静子  「あとでいちご持って行くから」

部屋に戻る勉。

明日香 「また歯科大しか受けないの?」
静子  「そう。歯科大じゃなくてもいいって言ってるんだけどね」
明日香 「歯医者はきょんちゃんが継げばいいんだし」
今日子 「父さんの夢を叶えたいの。ここを私が継いで、品川のクリニックは勉が継ぎたいんじゃない?」
明日香 「あの人ももう諦めてるでしょ。三浪とか可哀想だよ。ちゃんと言ってあげなくちゃいけないんじゃないかな」
今日子 「あんたが決めることじゃないの」
明日香 「私なんて高校で躓いて歯医者の夢なんてとっとと諦めちゃったから」
静子  「そう決めたあっちゃんも強いんだよ」
今日子 「強い?」
静子  「そう、強いんだよ、あっちゃんは。頑張ってる勉と一緒」
今日子 「お母さん、時々変なこと言うよね。ごちそうさま(出て行く)」
静子  「はい」
明日香 「お母さん、お代わり」
静子  「あんたオムライスだといっぱい食べるわね」
明日香 「私、お母さんの作ったオムライスが世界で一番好きなんだもん」
静子  「ごめんねあっちゃん、売り切れ」
明日香 「そっかー。ごちそうさま」

明日香、片付けをして出て行く。
エレベーターの到着したような音「チーン」
残された静子、震えが止まらなくなり倒れこむ。

静子  「あっちゃん!あっちゃん!あっちゃん!」

そこへ飛び込んでくる今日子と護。
昼下がりになっている。

今日子 「とにかく警察に電話!」
護   「ダメだ!」
今日子 「え?」
護   「警察はダメだ!」
今日子 「お父さん、何言ってるの!」
護   「とりあえず、あれだ。明神先生、明神先生に連絡しよう(携帯電話を押す)」
今日子 「何で明神先生?」
護   「もしもし、明神先生ですか?一寸、どうしたらいいか分からなくて・・・勉の部屋に死体があるんです。人間の・・・だと思うんですが・・・本当にどうしたらいいか・・・ええ、警察にはまだ・・・病院ですか?まだです。とにかくまずは明神先生にと思って・・・ええ、落ち着いて、落ち着いて・・・」

電話を切る。
弁護士の明神新太郎が勉の部屋から来る。

明神  「やはり勉君がやったようですね」
護   「勉が?そんなはずはありません。あいつがそんなことするはずはない」
明神  「そう思いたい気持ちはよく分かります。しかし」
護   「何とかならないものでしょうか」
明神  「何とかって?」
護   「息子は大事な時期なんです」
明神  「お父さん、明日香ちゃんは死んでしまったんですよ」
護   「そんなこと分かっています」
明神  「明日香ちゃんの死はどんなに隠しても隠し切れませんよ」
護   「隠したいなんて言うわけないでしょう。私は何とかならないかと」
静子  「明神先生、お願いします」
明神  「例えば勉君と明日香ちゃんが喧嘩をして、過って殺してしまったんだとします。その場合、勉君は殺人ではなく傷害致死や正当防衛にできるかもしれません。しかし」
今日子 「死体はバラバラ・・・」
明神  「そうなんです。誰かが明日香ちゃんの死体を損壊した。では誰がやったか」
護   「勉だって言うんですか」
明神  「この家に他人が入った形跡もない以上、勉君がやったと警察は考えるでしょう」
静子  「先生、勉とあっちゃんは兄妹なんです。そんなことするはずありません」
明神  「とにかく、警察と病院に電話するしかないです」
静子  「あっちゃん」
護   「どうしてこんなことに」
明神  「でも警察に電話する前に私を呼んでいただいてよかったです」
今日子 「え?」
明神  「これは明日香ちゃんが被害者、勉君が加害者の殺人事件だということは間違いないでしょう」
護   「・・・はい」
明神  「お父さん、お母さん、お二人は被害者のご両親でありながら加害者のご両親でもあるんです」
護   「はい」
明神  「二つにひとつです。もし明日香ちゃんを可哀想に思うなら、警察での供述のときに、勉君が憎いと、勉君のことをとにかく悪く言ってください」
護   「勉は本当に優しい子なんです。こんなことするような子じゃないんです」
明神  「ならば、勉くん側に立って話すことです。明日香ちゃんは殺されるべきだった、悪い子だったということを挙げ連ねてください」
護   「死んでしまった娘のことを悪く言えるわけがないでしょう。どんな子であっても、明日香は私たちの宝物なんです」
静子  「先生も明日香と仲良くしてくれてたじゃないですか」
明神  「明日香ちゃんが殺人の被害者として勉君の部屋で見つかった以上、綺麗なままじゃ誰も救うことはできません。誰かが泥を被らないといけない」
護   「先生、どうしたらいいんですか」
明神  「僕が決めることではありません。あなた方家族は、被害者家族になるか、加害者家族になるか、二つにひとつの選択を求められることになります。それが日本の司法のやりかたなんです」
護   「明日香か勉か・・・そんなもの選べるわけがないじゃないですか」
今日子 「明日香は何も悪いことしてないんだし、犯人を責めるのが筋だね」
護   「今日子、お前は勉が死刑になってもいいのか」
今日子 「筋の話でしょう。なに怒ってんの」
静子  「勉が死刑になったら・・・勉まで」
明神  「勉君は死刑にはなりません。刑期は七年から十五年の間でしょうか」
静子  「七年から十五年・・・」
明神  「要するに勉くんを擁護すれば刑期は短くなるでしょう。しかし、明日香ちゃんを擁護すれば、勉君の刑期は長くなる。そういうことです」
護   「刑期・・・」
今日子 「明日香はもう喋ることもできない。反論することもできないんだよ」
明神  「明日香ちゃんを擁護することも、勿論いいと思います。今日子さんのおっしゃったように、明日香ちゃんが殺されていいなんてことはないんですから」
護   「・・・どちらも選べません」
明神  「それもひとつの選択です。それでいいと思います。電話を・・・」
護   「え?」
明神  「まずは警察に。どうぞ」

心を乱す静子を今日子が抱きしめる。
傍らに携帯で電話をしはじめる護。呼び出し音が響き・・・暗転。



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