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「ありふれた愛、ありふれた世界」2

シーン2 市民病院・今日子病棟・一室

夜。
ベッドに横になっている今日子。
ベッド用テーブルに松花堂弁当が置かれている。

今日子 「いやだ・・・」
修一  「・・・」
今日子 「いやだ。いやだ。いやだ。いやだ」
修一  「今日子ちゃん(諌めるように)」
今日子 「私の子じゃない。あの子は私の子じゃない」
修一  「そんなこと言うなよ。あの子は俺たちの子だよ」
今日子 「修ちゃん大丈夫だって言ったじゃん!うちの子は大丈夫だって」
修一  「そうだよ。健康に生まれてきたじゃないか」
今日子 「健康?それだけじゃない」
修一  「レントゲンも異常なかったし脳波だってしっかりしてる」
今日子 「だから?」
修一  「だから・・・」
今日子 「私は普通の子がいいの」
修一  「・・俺だってそうだよ・・そうだけど、俺たちの子供はあの子なんだよ」
今日子 「いやだよ・・・そんなの嫌」
修一  「嫌とか言うなよ・・・仕方ないだろ」
今日子 「いや!」
修一  「今日子ちゃん、落ち着いて」
今日子 「・・・・・・死にたい」
修一  「死にたいなんて言うなよ」
今日子 「死にたい、死にたい、死にたい死にたい死にたい」
修一  「・・・」
今日子 「修ちゃん、私たちの人生、もう笑うことなんてないんだよ」
修一  「何でだよ」
今日子 「楽しいことなんて二度とない!」
修一  「なんでそうなっちゃうんだよ」
今日子 「当たり前でしょ!」
修一  「当たり前じゃないよ」
今日子 「みんながこのことを知ったらどう思う?」
修一  「どうって」
今日子 「可哀相だと思うに決まってるでしょ」
修一  「そんなことない」
今日子 「そんなことないわけないでしょ。じゃあ修ちゃんは今までそういう子を見たとき可哀相だと思わなかった?」
修一  「・・・思った」
今日子 「ほら」
修一  「・・・」
今日子 「いい?これからはそう思われて生きていかなくちゃいけないんだよ」
修一  「そんなの分かってるよ」
今日子 「分かってない。全然分かってない!」
修一  「分かってるって」
今日子 「分かってるならきれいごとなんて言わないでよ!」
修一  「分かってるけど」
今日子 「もう黙って!」
修一  「・・・」

今日子 「何で」
修一  「え?」
今日子 「何で私だけこんな目に遭わなくちゃいけないの?」
修一  「・・・」
今日子 「何で?何で?」
修一  「何でって・・・」
今日子 「教えてよ」
修一  「・・・」
今日子 「愛ちゃんは普通の子なのに・・・」
修一  「今日子ちゃん・・・」
今日子 「もういやだ・・・死にたい」
修一  「それ、病院から・・・お祝いの松花堂弁当だって」
今日子 「いらない」
修一  「食べなよ」
今日子 「いらない」
修一  「・・・」
今日子 「何を祝うっていうの?」
修一  「子供が生まれたんだから」
今日子 「あんなの私の子じゃない」
修一  「そういうこと言うなよ」
今日子 「私の子じゃない!」
修一  「じゃあ俺が食うぞ」
今日子 「・・・」
修一  「本当に食うぞ」
今日子 「食べればいいでしょ!」
修一  「食うからな」

弁当を食べ始める修一。

ふと外を見ると窓の外で弘一が手を振っている。

修一  「ぶっ!」
今日子 「・・・」
修一  「今日子ちゃん・・・今日子ちゃん!」
今日子 「いらないって言ってるでしょ!」
修一  「外!外!」
今日子 「(外を見て)ギャー!」
修一  「なんだお前!」
弘一  「お前こそなんだ!」
修一  「警察!警察!」
弘一  「待て待て!違う違う!」
修一  「あっちいけこの変態!」
弘一  「うっせーなお前は。おーい!俺だよ!俺!」
修一  「今日子ちゃん逃げて!」
弘一  「俺だって!お前邪魔なんだよ!」
今日子 「もしかして・・・ヒロ兄?」
修一  「ひ、ヒロ兄?」
弘一  「はい」
修一  「誰?」
今日子 「ヒロ兄だ」
弘一  「ヒロ兄です!」
修一  「は?」
今日子 「・・・あれ、私のアニキ」
修一  「ヒロ兄」
弘一  「気安く呼ぶんじゃねーよ」
今日子 「なにやってんのよ!」
弘一  「恥ずかしながら帰って参りました」
修一  「あの?」
今日子 「うん」
弘一  「とにかく入れてくれよ!」
修一  「ああ、こっちですこっち!」

入り方が分かって弘一が入ってくる。
荷物は少ないが海外旅行帰りのワイルドな風体。

弘一  「ただいま今日子!」
今日子 「もう、何してんのよ」
修一  「はじめまして」
弘一  「誰だお前?」
今日子 「旦那」
弘一  「旦那さん?」
修一  「はい」
弘一  「えーと・・・」
修一  「明神です」
弘一  「みょみょ・・・旦那さん」
修一  「明神です」
弘一  「ああ、よろしく」
今日子 「何でここが」
弘一  「お前手紙くれだろ?」
今日子 「届いてたの?だったら返事くらい書きなさいよ」
弘一  「いいじゃん帰って来たんだから」
今日子 「お母さん」
弘一  「ひっ!びっくりさせんなよ」
今日子 「勝手にびっくりしたんじゃない。お母さん怒るわよー」
弘一  「でしょうね・・・で?」
今日子 「お母さんなら帰ったわよ」
弘一  「そうか。よかった・・・で?」
今日子 「ああ、生まれたよ」
修一  「おかげさまで!」
弘一  「そんなこと分かってるよ。どこどこどこ?どこにいんの?」
今日子 「そんなとこにいないわよ。まだ新生児室」
弘一  「そっか。今日子やったな、おめでとう!」
今日子 「ありがと」
弘一  「みょみょ・・・旦那さんもおめでとう!」
修一  「あ、ありがとうございます。明神です」
弘一  「よかった!よかったあ」

修一をバンバン叩きながら喜ぶ弘一。

修一  「お義兄さん、痛いです」
今日子 「それにしてもヒロ兄、生きてたんだね」
弘一  「勝手に殺すな。なあみょ・・旦那さん!」
修一  「え、ええ。明神です。明神修一・・・」
弘一  「修一!分かってるって。修ちゃん」
修一  「はい!修ちゃんです、ヒロ兄・・・」
弘一  「はいヒロ兄でーす」
今日子 「何年か分かる?」
弘一  「何が?」
今日子 「ヒロ兄がいなくなってから」
弘一  「え?えーと・・・」
今日子 「十五年!」
弘一  「十五年?そんなに?すげーな。なあ」
修一  「はい」
今日子 「あのね、十五年いなかったら戸籍消されても文句言えないんだよ。みんなとっくに諦めてたんだから」
弘一  「何を諦めたの?」
今日子 「もういいや。まったく変わんないんだから」
弘一  「そうか?あ、これお土産」

木彫りの守り神を渡す。

今日子 「なにこれ?」
弘一  「ムブティ族の神様」
今日子 「神様?」
弘一  「そう、森の神様」
今日子 「森関係ないし」
弘一  「うるせーな。いいんだよ神様なんだから」
修一  「どこに行ってたんですか」
弘一  「コンゴ」
修一  「コンゴ?」
弘一  「コンゴすげえぞ・・・なんにもねーの」
今日子 「何がすごいの?要らない」
弘一  「なんだよ折角持ってきたのに。なあ修ちゃん」
修一  「はい。ありがとうございます」

病室に飾る修一。

弘一  「それにしても今日子が結婚して赤ちゃんまで生んじゃうなんて。修ちゃん、今日子をもらってくれてありがとう」
修一  「とんでもありません!こちらこそ」
弘一  「俺もついにオジサンかー。男の子?女の子?」
今日子 「男の子」
弘一  「男の子。俺の甥っ子かあ。ははっ。早く会いたいなあ」
今日子 「浩二の子も同じ日に生まれたの」
弘一  「あ、そう。あのハナタレがお父さん」
今日子 「出来ちゃった結婚」
修一  「授かり婚ね」
弘一  「授かっちゃった婚ってことだな。おかげで俺は一気に2児のオジサンか」
今日子 「そうだね」
修一  「おめでとうございます」
弘一  「浩二の子は男の子?女の子?」
今日子 「女の子」
弘一  「男の、女の子か!甥っ子と姪っ子!すげえ!帰ってきて良かった!」
今日子 「確かに。超タイミングいいよね」
弘一  「じゃあ浩二もここに?」
今日子 「うん・・・」
修一  「あ、俺呼んで来ます」
弘一  「いいよ修ちゃん、自分で行くよ」
修一  「大丈夫です。ヒロ兄!」

出て行く修一。

弘一  「いいヤツだな・・・しかし大したもんだ。今日子も浩二もちゃんと家庭を持って子どもまで」
今日子 「ヒロ兄もそろそろ結婚したら?」
弘一  「俺は無理だ。そんなガラじゃない」
今日子 「だってヒロ兄子供好きでしょ?」
弘一  「好き・・・でもさ、子供って命懸けで育てなくちゃいけないじゃん。俺にはそんな覚悟ないな。俺にとってはお前たちの子供がかけがえのない存在だよ」
今日子 「ヒロ兄・・・」
弘一  「ありがとう」
今日子 「普通じゃないの」
弘一  「ん?急にどうした?」
今日子 「普通の子じゃないの」
弘一  「んん?」
今日子 「私の子・・・ダウン症なの」
弘一  「え?」
今日子 「ヒロ兄・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

ゆっくり暗転。

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同じ日に生まれた二人の赤ちゃん。ひとりは元気な女の子、もうひとりはダウン症を持った男の子。幸せになるために生まれてきた二人の赤ちゃんを授かった、二つの家族の物語です。楽しく、時に息をのむように読んでいただけたら幸甚です。気に入ってくださったらぜひお買い求めくださいね。

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