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「硝子の獣」4

〇第4景

 グッドライフ法律事務所にいる小野寺と鈴木。
 山本が入ってくる。

山本  「お待たせしました」
小野寺 「突然お邪魔して申し訳ありません。私たちはこういうものです」
鈴木  「よろしくお願いします」
山本  「(名刺を見て)週刊誌の記者さんが何の御用ですか」
小野寺 「友崎敦也の弁護を山本先生がなさると聞きまして」
山本  「しますよ。それで?」
小野寺 「先生は被害者のお父様、村井弁護士の先輩に当たるとか」
山本  「ええ。昔、同じ事務所で働いてましたからね。よく知ってますよ」
鈴木  「どうして受けたんですか。友崎の弁護なんて」
小野寺 「おい」
鈴木  「すいません」
山本  「どうしてって言われても、友崎くんのご家族からご依頼を受けましたから」
鈴木  「断らなかったんですか」
山本  「ええ、断る理由がありませんから」
鈴木  「友人の娘さんが被害者なんでしょ。充分断る理由になるんじゃないですか」
山本  「そうかもしれませんね。でも、仕事ですから」
鈴木  「仕事」
小野寺 「あの、被害者の村井あおいさんと面識は」
山本  「村井先生とは家族ぐるみの付き合いをしてましたし」
小野寺 「どんな娘さんだったんですか」
山本  「いい子でしたよ。家族想いのいい子でした。屈託のない子でね、高校はバレー部で一生懸命やってました。僕も何度か試合を見に行きましたよ」
小野寺 「そうでしたか」
山本  「何であんな事件に巻き込まれてしまったのか。お母さんを亡くしたばかりだったのに」
小野寺 「そうですよね」
鈴木  「山本先生は友崎敦也が許せないと思わないんですか。そんないい子の命を奪ったんですよ」
山本  「不幸ですよね。どちらにとっても」
鈴木  「どちらにとっても?」
小野寺 「あの時、あの二人が出会わなければこんな事件は起こらなかった」
山本  「ええ」
鈴木  「出会ったからって殺さなければいいだけじゃないですか」
山本  「友崎敦也は本来そんなことをする子じゃないんです。たまたまあの時、歯車が狂ったとしか思えない」
小野寺 「接見してそう感じたんですか」
山本  「ええ。ご存じかもしれませんが友崎敦也には両親がいないんです」
小野寺 「知っています」
山本  「家は貧しいのですが、お姉さんと妹想いの優しい少年だったそうです」
小野寺 「優しい?」
鈴木  「優しい少年なら何であんなことをしたんです?」
山本  「だからこれからそれを調べるんです」
鈴木  「・・・」
加賀声 「ただいま戻りました」

入ってきたのは加賀。

加賀  「あ、お客様でしたか」
山本  「加賀先生、こちらは週刊現代の記者さん」
小野寺 「どうも」
鈴木  「どうも」
山本  「こちら、加賀先生」
加賀  「どうも」
山本  「僕が友崎敦也の弁護を受けたんで取材に来たそうだ」
加賀  「友崎の」
山本  「そうそう。加賀先生は先月まで村井先生のところで働いていたんです。なあ」
鈴木  「え?」
小野寺 「村井先生のところで?」
加賀  「先生」
鈴木  「そういえば村井さんの事務所でお見掛けしたことがあります」
加賀  「はあ」
小野寺 「加賀先生、村井先生はお元気にしてますか?」
加賀  「その件に関しては全てお答えしかねます。御用がお済みでしたらお帰りいただけますか」
小野寺 「山本先生が友崎の弁護を引き受けることに対してどう思ってるかお聞かせいただけませんか」
加賀  「どうも思いません」
鈴木  「辛いですよね」
加賀  「あなた方に詮索されたくありません。お帰りください」
鈴木  「私だって聞きたくて聞いてるわけじゃないんです」
加賀  「じゃあ聞かなければいいでしょう」
鈴木  「それが私の仕事ですから」
山本  「まあまあ。すいませんが今日のところはお引き取り願えますか」
小野寺 「分かりました。じゃあまた別日にお時間をいただけますか」
山本  「ええ。お電話ください」
加賀  「・・・」
小野寺 「では失礼します」
鈴木  「失礼します」

 出ていく小野寺と鈴木。

加賀  「すいません」
山本  「加賀先生も大変だね」
加賀  「いえ」
山本  「で、どうなの?村井くんは?」
加賀  「先生まで」
山本  「いやそうじゃなくて。これは友人として」
加賀  「・・・苦しんでいると思います」
山本  「まあそうだろうなあ。ほんのふた月で家族を全員亡くしたんだもんな」
加賀  「はい」

 村井が書類を持って村井事務所の自席の位置に座り仕事をする。
 馬場もその側で仕事をこなしながら村井を気にかけている。

加賀  「とても見ていられませんでした」
山本  「そうか」
加賀  「それでも私の我儘を聞いてくれて、山本先生までご紹介していただけて。村井先生には感謝してもし切れません」
山本  「僕としてもこんな綺麗で優秀な先生に来ていただけてありがたいよ。わっはっはっは」
加賀  「あの、ひとつ聞いてもいいですか」
山本  「はい」
加賀  「なぜ友崎敦也の弁護を引き受けたんですか?」
山本  「それか」
加賀  「ええ」
山本  「一番の理由は、何の因果かここに依頼の電話が来たことだな」
加賀  「でも断ることもできましたよね」
山本  「そうだね。断ることもできた。じゃあ逆に聞きたいんだけど」
加賀  「はい」
山本  「もし僕が断ったとしたら、誰が友崎の弁護を担当するのがベストだと思う?」
加賀  「え?」
山本  「依頼の電話が来なければ、こんなこと考えなかった。でもうちに依頼が来た」
加賀  「・・・」
山本  「僕は友として、弁護士の仲間として、この弁護を引き受けるべきだと思ったんだ」
加賀  「・・・もしかして先生」
山本  「友崎の罪を重くするように仕向けるなんてことはしないよ。正々堂々と精一杯弁護するつもりだ」
加賀  「友崎はあおいちゃんを殺したんですよ」
山本  「そうだね」
加賀  「先生は火中の栗を拾ってます」
山本  「加賀先生、弁護士ってのは因果な商売なんだよ」
加賀  「よくわかりません。山本先生も村井先生も」
山本  「村井先生も?」
加賀  「ええ」
山本  「村井先生!」

ボーンと場所が飛ぶ。
村井法律事務所に山本と加賀が来たところ。

馬場  「わあ、山本先生、と加賀先生」
村井  「ああ、どうも」
馬場  「ピンポンくらい押してくださいよ」
加賀  「ごめんね馬場くん」
山本  「近くまで来たからちょっと寄ってみただけだ」
村井  「そうでしたか。加賀先生も。元気そうでよかった」
加賀  「おかげさまで」
山本  「馬場ちゃん、村井先生が吉田タカシの弁護最後までやるって聞いたんだけど?」
馬場  「そうなんです」
山本  「それでいいのか?」
馬場  「僕が口出しできることじゃないですから」
村井  「元々僕の案件ですから」
山本  「村井先生、そんなに無理しなくても。辛いんじゃないか」
村井  「辛いも何も仕事ですから」
山本  「犯罪者の弁護だぞ。犯罪者の気持ちに寄り添えるのか」
村井  「この仕事はそういうものじゃないですか」
山本  「・・・俺は君が壊れそうで心配なんだ」
村井  「僕は今までずっと犯罪者の弁護をしてきました。それが家族を、あおいを失ったから弁護士をやめるなんて。そんなことしたら今までしてきた自分の仕事を全て否定することになるじゃないですか」
加賀  「村井先生」
村井  「皆に心配かけてるのは分かってます。でも、僕は弁護士なんです。家族に何があっても僕は弁護士なんです」
加賀  「民事の弁護士になればいいじゃないですか」
村井  「それじゃダメなんだ。刑事の、少年犯罪の弁護士でなきゃダメなんだ」
山本  「だから何でそこにこだわるんだ?」
村井  「・・・」
山本  「プライドで自分を壊すようなことはやめてくれないか」
馬場  「俺は先生が民事担当になったってついていきますよ」
村井  「・・・」
山本  「厳しいようだが、芳子さんもあおいちゃんももういないんだ。そんなに無理をしなくてもいいんじゃないか」
村井  「・・・怖いんです」
山本  「怖い?」
村井  「自分が怖いんです」
山本  「自分が?」
村井  「この仕事をやめたら、暴走してしまいそうで」
山本  「・・・」
村井  「殺したいんです」
馬場  「え?」
村井  「あおいを殺した友崎を殺したい。寝ても覚めてもそのことばかり考えてしまう」
山本  「殺したい、か。そうだろうな」
村井  「はい」
山本  「バカなことは考えないようにしろ。友崎を殺したって何の意味もないことは分かってるだろ。そんなことしたってあおいちゃんは帰ってこないんだぞ」
村井  「そんな一般論はどうでもいいんです。あおいのために他に何かできるんですか!何かしてやれるんですか!」
山本  「それは・・・」
村井  「だから・・・僕には殺さない理由が必要なんです」
加賀  「殺さない理由?」
村井  「僕は弁護士です、罪を犯した少年を弁護することが僕の仕事です。だから友崎を殺してはいけない・・・そう自分に言い聞かせています。でも、今の仕事を辞めたら・・・」
加賀  「・・・」
馬場  「・・・」
山本  「・・・分かった。ひとつだけ約束してくれ」
村井  「・・・なんでしょうか」
山本  「辛いときは俺を酒に誘え」
村井  「・・・」
山本  「俺はお前の先輩なんだからな」
馬場  「俺も御伴します」
加賀  「・・・(頷く)」
村井  「ありがとうございます」
山本  「何なら今からみんなで飲みに行くか?」
馬場  「いいですね」
村井  「いえ。それより山本先生に聞いておきたいことが」
山本  「何だ?」
村井  「友崎の弁護人になるそうですね」
山本  「・・・ああ」
村井  「どういう方針を立てているんですか」
山本  「・・・村井先生はどうしてほしいですか」
村井  「僕は死刑にして欲しいです」
山本  「弁護士の俺に加害者の罪を重くしろって言うのか」
村井  「冗談です。山本先生はご自身の仕事を全うしてください」
山本  「それを聞いて安心した。全力で友崎の弁護をしよう」
村井  「それでいいと思います」
山本  「残念だが友崎敦也は未成年だ。そして反省もしている。非行歴もない。姉妹想いのただの少年だ」
村井  「ただの少年?」
山本  「ん?」
村井  「だったら何で殺したんだ!」

村井、山本に掴みかかる。

馬場  「ちょっと村井さん!」
村井  「ただの少年じゃない。人殺しだろう!反省?反省できる奴が人を殺すなんてあり得ない!」
山本  「・・・」
村井  「あおいは何も悪いことしてないんだ!それなのに!それなのに!あおいは・・・あおいだけが・・・」
馬場  「村井さん!やめてください」

 村井、はっとして。

村井  「すいません」
山本  「大丈夫だ。気にするな」
村井  「・・・」
山本  「村井先生」
村井  「はい」
山本  「君も吉田タカシの弁護を引き受けているんだろ。お互いに法曹界の人間として、いい仕事をしよう。それが俺たちのプライドなんだから」
村井  「そうですね」

山本、握手を求める。
二人、握手をする。

村井  「・・・」
山本  「飲みはまたの機会にしよう。加賀先生、行きましょう」
加賀  「はい」
馬場  「いつでも誘ってください」
山本  「馬場ちゃん頼むよー。じゃ」

 山本出ていく。
 加賀、一礼して去る。

村井  「・・・」
馬場  「村井さん」
村井  「え?」
馬場  「いい仕事をしましょう」
村井  「ああ」
馬場  「俺、今日の話を聞いて吹っ切れました。先生カッコいいです」
村井  「そうか?」

 仕事に戻る二人。
 間。

村井  「なあ」
馬場  「はい」
村井  「人間には存在意義があると思うか?」
馬場  「え?どうしたんですか?」
村井  「いいから」
馬場  「あると思いますけど」
村井  「俺はないと思う」
馬場  「え?どうしてですか?」
村井  「存在意義があるなら教えてくれ。何故あおいは死んだんだ。何故あおいは殺されたんだ」
馬場  「分かりません。分かりませんけど、村井さんはあおいちゃんと一緒にいたからこそ人生が輝いていたと思います。あおいちゃんの存在は村井さんにとってはとても意義がある存在だったと思います」
村井  「あおいは俺のために存在していたわけじゃない。あおいはあおいが幸せになるために生まれて来たんだ」
馬場  「そうですね」
村井  「・・・生きることに存在意義があると思ったら、吉田タカシの弁護なんてできなくなる」
馬場  「・・・」
村井  「これからの人生、俺はこのイスのように壊れるまで淡々と生きるだけだ」
馬場  「・・・なんだか淋しいですね」
村井  「別に。考えなければいいだけのことだ」
馬場  「はあ」

あおいが入ってくる。馬場はそれに気づかない。

村井  「あおい!」
あおい 「・・・」
村井  「生きてたのか・・・」
あおい 「お父さんのせいだからね」
村井  「え?」
あおい 「仕事ばっかりで家のことは全部お母さんに任せっきりで。それでもお母さんはお父さんのこと一度も悪く言わなかった」
村井  「あおい違うんだ」
あおい 「何も違うことなんてないよ。お父さんのせいでお母さんは病気になって死んじゃったんだ」
村井  「すまなかったと思っている」
あおい 「どうすんの?」
村井  「え?」
あおい 「どう責任を取ってくれるの?」
村井  「責任?」
あおい 「どう責任取るのよ!」

あおい行ってしまう。
慌てて追いかける村井。

村井  「あおい!あおい!」
馬場  「どっか行くんですか?」

白日夢。

村井  「あ、いや・・・」

 自分の席に戻り汗を拭く。

村井  「あおい・・・」

 暗転。
 音楽。



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