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「ありふれた愛、ありふれた世界」10,11

シーン10 病院・愛の病室

弘一、今日子、浩二、修一、宏美、御麿。

今日子 「脈絡叢腫瘍?(みゃくらくようしゅよう)」
弘一  「・・・つまり小児性の脳腫瘍だ」
宏美  「脳腫瘍?」
浩二  「え?え?愛が?」
今日子 「治るんですよね」
弘一  「・・・」
宏美  「どうなんだ?」
御麿  「弘一」
今日子 「お義兄さん、愛は治るんでしょ?どうしたらいいんですか?教えて下さい」
弘一  「このままほっておいても水頭症が悪化してしまうだけだ・・・放射能療法もないことはないが、愛ちゃんの場合は手術をしないと・・・」
修一  「手術・・・」
今日子 「手術をすれば治るんですね」
弘一  「手術が成功すれば治る」
今日子 「そうなんだ、よかった・・・」
弘一  「でも、かなり難しい手術なんだ・・・」
浩二  「どういうことだよ」
弘一  「愛ちゃんの腫瘍は悪性なんだ。腫瘍の全摘出を目標とするが、脳の一部を傷つけてしまう可能性がかなり高い・・・そうすると手術が成功したとしても障害が残ることになる・・・」
浩二  「障害・・・」
今日子 「障害なんてどうでもいいです。生きてさえいてくれるなら・・・」
浩二  「麗子・・・」
弘一  「・・・最悪の事態も起こらないとは言い切れない」
浩二  「最悪の事態?」
今日子 「命に関わるってことですか?」
弘一  「(頷く)」
今日子 「そんな・・・それはダメだ・・・」

崩れる今日子を支える宏美。

宏美  「麗子ちゃん」
浩二  「何とかしてくれよ。あんた医者なんだろ」
弘一  「ああ」
浩二  「愛が死ぬ?」
弘一  「ここままなら」
浩二  「いい加減なことを言うな!愛は絶対に治る。そうだろ」
弘一  「浩二」
浩二  「あんた何のために医者になったんだ?」
弘一  「・・・」
浩二  「あんたが愛を治せ。この時のために医者になったんじゃねーのか」
弘一  「・・・」
浩二  「ヒロ兄・・・頼む。愛を助けてくれよ」
弘一  「俺だって治してやりたい。でも・・・」
浩二  「でも何だよ」
弘一  「手術は一人じゃできない。チーム力が大事なんだ。いくら俺が一人で頑張っても手術が上手くいくとは限らない。それに俺はまだこの病院じゃ新参者だ」
浩二  「ヒロ兄は愛の伯父さんじゃないか」
弘一  「・・・ごめん」
浩二  「なんでだよ」
修一  「・・・手術ってそんなに難しいんですか」
弘一  「正直、分はかなり悪い・・・」
浩二  「その手術したことないのか?」
弘一  「二年前に・・・一度」
今日子 「そのときは?」
弘一  「患者さんに言語障害を残してしまった・・・」
今日子 「でも、命は救ったんですよね」
弘一  「まあな」
浩二  「じゃあやっぱり経験のあるヒロ兄が手術をしたほうが」
弘一  「いや、そのときは信頼できる助手がいたから出来たんだ」
今日子 「助手」
浩二  「じゃあその助手を連れてくればいいんだろ」
弘一  「もう違う仕事をしてるって話だ。それにコンゴで別れて以来、あいつとは連絡先も交換してない」
浩二  「コンゴ・・・外人かよ」
弘一  「日本人だ」
今日子 「その人が見つかれば手術をしてくれるんですよね」
弘一  「見つかればな」
今日子 「私が探します!どんなことをしても探し出します」
浩二  「俺も探す。なんとしてもヒロ兄に担当してもらう」
修一  「僕も手伝います」
宏美  「私も」
御麿  「私も」
今日子 「愛の命はお義兄さんにしか預けられません」
浩二  「お願いします」
弘一  「・・・わかった。彼が見つかったら俺が執刀できるように交渉しておく」
浩二  「ああ、絶対に見つけてやる」
弘一  「とにかく時間がない。三日以内に探せなかったら諦めてくれ」
今日子 「三日・・・」
浩二  「分かった。三日だな」

ブルー転換。

シーン11 夜の公園
 
麗子、世界を抱きポツポツ歌っている。

麗子   I want you. I need you. I love you.
     ハートの奥 ジャンジャン溢れる愛しさは
     ヘビーローテーション・・・
    「ねえ世界・・・本当は私があなたのお母さんなんだよ・・・訳わかんないね。私も訳わかんないもん」

通りがかる明日香、健太郎、美南。城田。

健太郎 「あんたたち何よ。私は明日香ちゃんしか呼んでないわよ。ねえ」
明日香 「すいません。ついてきちゃって・・・」
美南  「だって花畑さんカッコいいんですもん」
城田  「オカマだぞ。カッコよくはないだろ」
美南  「あんたバカじゃないの。自分に自信がないからそうやって差別的なことを言うのよね。ケツの穴が小さいヤツ」
城田  「ケツの穴って・・・」
美南  「いちいちうるさい」
健太郎 「あんたたたち仲いいんだからデートでもしてきなさいよ」
美南  「仲良くはないです」
健太郎 「ふーん。そうなの」
明日香 「あれ?麗ちゃん」
麗子  「明日香!」
明日香 「こんばんは。どうしたの?」
麗子  「旦那様を待ってるの」
明日香 「ふーん。仲いいんだね」
健太郎 「・・・あら?世界ちゃんじゃない」
明日香 「ほんとだ。何で世界ちゃん?」
麗子  「ちょっとね・・・皆さんは?」
城田  「城田です。明日香の大学の友達です」
美南  「黒川美南です」
明日香 「で、こちらが花畑さん」
健太郎 「花畑健太郎です」
明日香 「弘一の元カレの」
麗子  「あー。兄がお世話になっております」
健太郎 「いえ、とんでもない」
明日香 「私の義理の姉です」
城田  「え?人妻なんですか?」
麗子  「ええ」
城田  「すげえ。マジ受ける」
美南  「なんでウケるのよ」
明日香 「ごめん、ちょっと外してくれる?」
城田  「なんで?」
美南  「あんたがいるからよ。ほら!」

舞台隅に移動する城田と美南。

健太郎 「今日は世界ちゃんの御守ですか?」
麗子  「ええ、ちょっと」
明日香 「キョン姉が無理矢理預けさせたのね!」
麗子  「どっちかというと私が世界ちゃんを借りてる感じかな」
明日香 「ふーん」
健太郎 「かわいいでしょう世界ちゃん」
麗子  「え?ええ・・・」
健太郎 「私、明神さんに世界ちゃんのことで相談を受けてるんです」
麗子  「ああ、あなたが・・・聞いてます」
健太郎 「世界ちゃんには周りの人たちの理解が必要なんですが、あなたは大丈夫みたいですね」
麗子  「ええ」
明日香 「世界ちゃんと同じ日に愛ちゃん、麗ちゃんの赤ちゃんも生まれたんです。」
健太郎 「へえーめでたいわね」
麗子  「私、世界ちゃんの未来が心配なんです」
健太郎 「心配?」
麗子  「愛ちゃんの未来には無限の可能性が秘められてる。弁護士になるかもしれない、スポーツ選手になるかもしれない、映画女優になるかもしれない・・・何にだってなれる・・・でも世界は・・・」
明日香 「麗子ちゃん、そんなに心配してくれてたんだ」
健太郎 「いいえ、世界ちゃんの未来だって同じ。無限大です」
麗子  「無限大じゃありません!知的障害児ですよ。未来なんて」
明日香 「ひどい」
麗子  「現実でしょ」
明日香 「そんなの分からないでしょ!」
麗子  「分からなくない。保育園さえダウン症だからって断られてるの。普通の小学校にだって入れないかもしれない・・・そんな子に無限の未来なんてある?」
明日香 「だからってそんなこと、麗ちゃんが言う権利はない」

城田と美南、割って入ってきて。

美南  「やめてください!」
城田  「まあまあケンカしないで」
麗子  「・・・」
健太郎 「いいですか?世界ちゃんは皆さんにとって、宝物なんですよ」
麗子  「宝物?」
健太郎 「そうでしょう。世界ちゃんが生まれたおかげで他の人にはどうしたって感じられないことを感じられるようになってる。それに気付きませんか?」
城田  「なんで?」
美南  「しっ!」
麗子  「確かに沢山のことに気付きました、いいことも悪いことも。でも世界の未来が大変だってことに変わりはない」

世界を抱きしめる麗子。

明日香 「キョン姉?」
麗子  「え?」
美南  「あの、気持ち悪くないですか?世界ちゃんが不幸だって決め付けるの」
麗子  「え?」
美南  「すいません。でも世界ちゃんの将来なんて誰も分からないじゃないですか。誰かが決めつけるものじゃないんじゃないかなって」
明日香 「そうだよ・・・そうだよ美南」
麗子  「・・・」
健太郎 「あら?」

修一が来る。

修一  「あれ?花畑さん!・・・明日香ちゃん!どうしたの?」
美南  「こんにちは」
城田  「世界ちゃんのお父さんだよね」
修一  「あーあのときの。君は確か何とか症」
城田  「城田症です」
明日香 「世界ちゃんを迎えに来たの?」
修一  「ああ、そんな感じかな」
健太郎 「わかった!あなた世界ちゃんのお母さんでしょう?」
修一  「え?」
麗子  「何て?」
明日香 「どういうこと?」
健太郎 「何でケンカ腰になってまで世界ちゃんのことを心配してるのか気になってたんです。合点がいきました」
城田  「合点ってなに?」
美南  「黙ってなさい」
健太郎 「もう一回聞くわ。あなた世界ちゃんのお母さんよね?」
城田  「何言ってんのこの人」
麗子  「・・・そうです」
城田美南「ええ?」
明日香 「え?麗ちゃん何言ってるの?」
修一  「内緒にするって約束したじゃないか」
健太郎 「人格が入れ替わっちゃったのね。そうか・・・そうでもしなきゃ耐えられなかったのね」
修一  「耐えられなかった?」
健太郎 「そういうことじゃないかしら」
修一  「今日子ちゃんごめん。俺がしっかりしてないから」
麗子  「修ちゃんのせいじゃないよ」
明日香 「ちょっと待って。どういうこと?」
健太郎 「つまり、世界ちゃんのお母さんは責任に押しつぶされそうになってたの・・・それで多分、愛ちゃんのお母さんと入れ替わりたいと思った・・・」
麗子  「思った」
健太郎 「それを神様が叶えてくれたのね」
修一  「か、神様ですか?」
健太郎 「神様だかなんだか知らないけど、なんらかの奇跡よ」
城田  「奇跡・・・」
明日香 「え?それじゃあ麗ちゃんは・・・キョン姉なの?」
麗子  「うん、正解」
明日香 「ええ?」
健太郎 「で、替わってみてどうでした?何か変わりましたか?」
麗子  「愛ちゃんといるのは世界といるときより楽しかったです」
修一  「そうか・・・」
健太郎 「愛ちゃんを育てるのは世界ちゃんより楽だったから?」
麗子  「そう思ってました・・・でも赤ちゃんを育てる大変さは一緒でした。苦労は何も変わらなかったです」
健太郎 「そう」
麗子  「愛ちゃんには楽しい未来が見られた」
健太郎 「じゃあこのまま愛ちゃんのお母さんとして・・・」
麗子  「でも」
健太郎 「でも?」
麗子  「世界と一緒に暮らしたい・・・世界を育てたい」
健太郎 「どうして?」
麗子  「私の赤ちゃんだから・・・。今はそれができないのがつらいです。世界が私のおっぱいを飲んでくれないのがつらいです」
明日香 「花畑さん、キョン姉と麗ちゃんを元に戻す方法はないんですか」
健太郎 「そんなの分かるわけないでしょう。こんな常識外れなこと」
修一  「そのうち戻るよ、一生このままなわけがない」
麗子  「バチが当たったのね。私が世界を認めてあげられなかったから」
修一  「戻る方法を考えよう。世界のためにも、俺たちのためにも」
麗子  「うん」
明日香 「私も考えるよ」
美南  「私も」
城田  「俺も?」
美南  「俺も!」
城田  「はい」
健太郎 「ステキなサポーターができましたね」
麗子  「ありがとうございます」
明日香 「そういえば、愛ちゃんは?」
修一  「手術をすることになった」
麗子  「え?何それ?」
明日香 「え?どういうこと?」
修一  「脳腫瘍だって」
明日香 「ウソ?」
麗子  「それで手術・・・じゃあヒロ兄が手術してくれるの?」
修一  「うん。だけどそのためには手術の助手を探さないといけないんだ」
麗子  「当てはあるの?」
修一  「(首を振る)」
明日香 「ちょっと待って。あいつが手術するってどういうこと?」
麗子  「ヒロ兄外科医なの」
明日香 「え?」
健太郎 「もしかして、お兄さんはオリベヒロカズさん?」
明日香 「そうですけど」
健太郎 「で、外科医なのよね」
麗子  「はい」
健太郎 「もしかしてお兄さん、国境なき医師団でアフリカに行ってなかった?」
麗子  「さあ・・・」
修一  「こないだコンゴから帰って来たって言ってたじゃん。ムブティの神様!」
麗子  「あ、そうね」
健太郎 「なるほど。探し人は見つかったようよ」
修一  「誰ですか?」
健太郎 「あ・た・し」
みんな 「ええええええええ!」
健太郎 「もう二度と会えないと思ってたのにね・・・これも奇跡かもしれないわ!」
みんな 「やったーーーーーーーーー」

暗転。


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同じ日に生まれた二人の赤ちゃん。ひとりは元気な女の子、もうひとりはダウン症を持った男の子。幸せになるために生まれてきた二人の赤ちゃんを授かった、二つの家族の物語です。楽しく、時に息をのむように読んでいただけたら幸甚です。気に入ってくださったらぜひお買い求めくださいね。

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