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はじめに:初めてのTOEICは230点。何かの間違いだと思った

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初めてのTOEICは230点

大学入学後に初めてTOEICを受けたところ230点でした。
満点の4分の1、約250点を割り込んでいます。
鉛筆を転がしながら回答するよりも点数が低いとショックを受けました(実際は、TOEICの正解率と得点は比例していません)。

TOEIC230点はどんな感覚で回答していると思いますか?あてずっぽうで回答をマークしていると思いますか?

私が受験した時の感覚としては、チンプンカンプンではありませんでした。
リスニングは、ところどころ聞こえる単語があります。聞こえたところでマークしました。
リーディングは、なんとなく正解っぽい選択肢があります。これをマークしていました。

しかし、TOEICには、TOEIC"らしい"ひっかけがいたるところにあります。
このTOEIC230点時のわたしは、このひっかけにかかりまくっていた状態でしたが、私が気づけるのはずっと後のことでした。

TOEICにはレベルがありました。今もあるかどうかは分かりません。
当時の私の感覚では5段階のレベルに対して、ざっくり下のようなイメージを持っていました。

  • レベルA:860点以上、神

  • レベルB:730点以上、英語が得意な人

  • レベルC:470点以上、英語を勉強してきた人

  • レベルD:220点以上、英語が苦手な人

  • レベルE:英語がとても苦手な人

受験前に、もしレベルEだったら、もう英語をあきらめて、TOEICを二度と受験しないと決めていました。
230点のレベルDだったので、なんとか土俵際に踏みとどまった感じでした。

英語が苦手な人は、そもそもTOEICを受けないのかもしれません。
周りの人で、受験したけど同じレベルの人はいませんでした。

とりあえず、何かの間違いだと思って結果はごみ箱へ捨てました。

二回目のTOEICは245点。間違いなんかじゃなかった

二回目のTOEIC受験は245点でほぼ同じくらいの点数でした。
TOEICは実力が上がらないと点数が上がりません。
15点くらいは誤差の範囲です。
きびしい現実を受け止めるしかありませんでした。自分は英語が苦手という現実を。

二回目の成績表は、一回目と同じようにごみ箱へいちど入れました。
でも、ふと思い直して拾いました。ここから英語が得意になったら面白いんじゃないかと。苦手なものを克服できたらカッコいいんじゃないかと。

しかし、その実現にはその時には想像もつかない道のりになるのでした。。。

その道のりにいく前に、中学や高校での私の英語力についてふれておきます。

中学時代の英語力:中一の6月で単語が覚えられずに英語が苦手だと気づく

小学校までは英語は全く勉強したことがありませんでした。
当時、地元ではまだ少なかった英会話スクールにもまったく通っていませんでした。

私には成績優秀な兄と姉がいます。親は兄と姉が学校の勉強だけで育つのを見て、塾や英会話教室には通わせなくても大丈夫と思ってしまったようです。

中学で初めて英語の授業が始まりました。

しばらくした6月のある日、何かのお祝いで家族で温泉旅行へ出かけました。
勉強道具を持っていきました。

姉が、夕食前に「単語の問題を出してあげる」とめずらしく言ってきました。

英語の教科書を姉に渡して単語クイズをしてもらいますが、かなり忘れていました。ほとんど答えられません。

どんどん姉の顔色がくもっていきます。

しまいには、「アンタやばいよ(悪い意味で)」という言葉も投げられる始末でした。

中一の6月ですから、英語の教科書もそれほど進んでなかったはずです。自分が単語が覚えられずに英語が苦手なことが分かりました。。。

中学校の最初のテスト(中間テスト)から英語は40点くらいでした。

結局、三年間英語が苦手なままでした。
授業は真面目に聞いているし、宿題も提出しています。
通信教育の教材はやっていましたが、英語ができるという感覚は一度もつかめませんでした。

英語がボトルネックになって、他の教科の勉強も進まなかった気がします。
英語の点が上がれば、他の教科の点を伸ばそうという発想にもつながったかも知れません。

英語に限らず、他の教科も当時は勉強方法が分かりませんでした。
やり方が分からないから、受験勉強がつらくて仕方がなかったです。
がんばってはいたものの、どうがんばればよいのかが分かっていませんでした。

高校受験では、とくに行きたいとも思わない公立高校を受験して試験に落ち、私立高校へ行くことになりました。
地方なので、公立高校が上という風潮があります。

高校時代の英語力。英語は相変わらず。でも楽しかったです

高校でも英語で苦手意識は克服できませんでした。

しかし、高校受験に失敗したことが逆に幸いして、勉強にしばられることなく、自由な高校生活を過ごせたように思います。

とくに、良い出会いが二つありました。

  • たまたま担任になった英語の先生が、なぜか無条件にほめてくれました。親にも「やればできる子だ」みたいに言ってくれたんです。単純に嬉しかった。この先生とは、だいぶ後に再会します。

  • 当時道場へ通っていた極真空手でどうしても一勝を挙げたくて、いろいろ取り組みました。そのうちの一つが「肉体改造」でした。この経験で本が好きになり、書店に通うことが日課になりました。後でこの経験が役に立つことになります。

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