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【洞窟へと流れ込む神秘の滝】

兵庫県と鳥取県の県境。
深淵の森の中に、彼女はいた。

苔むす洞窟に水をたたえる、神秘的な存在。
彼女の名は、シワガラの滝。

あれほど神秘的で美しく、女性的な滝を見たことがない。

シワガラの滝の近くには、駐車場がある。
駐車場から滝までは、約1000m。
平坦な道なら、徒歩でだいたい12分30秒ぐらいだが、駐車場からシワガラの滝までは約40分かかる。
滝までの道のりは、高低差が激しく道幅も狭い。
ロープを利用するような急斜面や、川沿いを歩く場所もある。
お年寄りや小さなお子様にはオススメできない。
行く時には、アドベンチャーに行く覚悟をしなければならない。

初めて行ったのは7月。
深緑が美しく、冷たい川の水が心地よかった。

あまりの美しさに、今度は4月に友人達を誘って行ってみた。
大阪から車で3時間。
その間も、シワガラの滝の魅力を、自慢げに語り続けた。
知る人ぞ知る、秘境の絶景を紹介する。
コンダクターとしては、鼻高々だった。

駐車場に到着して、外に出ると、身震いするような寒さだった。
あれ?4月なのに。
そんなことを一瞬思ったが、そんなことよりも、あの絶景をみんなに見せたくて、僕は浮足だっていた。

シワガラの滝に行くには、道中で川の浅瀬を歩かなければならない。
ドライブの途中で、サンダルを100円均一で購入した。
いや、サンダルではなく、厳密に言うと、便所スリッパだった。
僕は便所スリッパを、輪ゴムで足にくくりつけて、山道へと入っていった。
ここまでしてでも、あの光景を友人達に見せたかったのだ。
なぜなら、あの絶景を見せることで、「こんな素敵な場所に連れてきてくれありがとう。さすが太一郎!」その一言が聞きたかったのだ。
僕の承認欲求は、爆発寸前だった。

山に入った途端、目に猛烈な痒みが襲ってきた。
そして、鼻水とくしゃみが止まらなくなった。
一歩、そしてまた一歩、足を進めるたびに、痒みと涙とくしゃみが襲ってくる。
よく足元を見てみると、そこにはたっぷりと花粉のついている杉の小枝が散らばっていた。
7月に初めて来た時には気づかなかったが、辺り一面は杉林。
花粉症にとっては、死のロードだったのだ。

しかし、こんなところで諦めるわけにはいかない。
「ありがとう、太一郎」の言葉を聞くまでは、引き返すわけには行かない。
目も鼻もグズグズになりながら前に進むと、そこには信じられない光景が広がっていた。

道がアイスバーンで、閉ざされていたのだ。
嘘やろ?
いま、4月やで。
たしかに寒いとは思ったけど。
アイスバーンで寸断されていたのは、急斜面。
しかし、ここを超えなければ、滝へは辿り着けない。
決死の覚悟で一歩踏み出そうとした時、そのアイスバーンの上を、巨木が滑り落ちていった。

そこで、シワガラの滝への自慢ツアーは終了した。
後ろからは、感謝の言葉ではなく、うちひしがれた僕に対する、嘲笑がこだましていた。

今度彼女に会いに行く時は、花粉とアイスバーンのいない、夏にしようと決めた、春の日の午後だった。

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