山崎亮の功績

「コミュニティデザイン」という言葉を聞いたことがある人は、果たしてこの日本にどれくらいいるのだろうか。僕がいるまちづくりの世界では、10年くらい前にこの言葉が一世を風靡した(そう言うと大袈裟に聞こえるかもしれない)。だけど、まちづくりは普段、あまり世間の関心を集めることのない分野だ。あるとすれば、法改正(それも生活者の関心の高い)のタイミングか、行政機関あるいは行政のシステムになにかしらの不具合あるいは不祥事が起こった時、あるいは「地方の希望」的にめちゃくちゃ成功したとされる事例くらいなもので、仮に関心を集めたとしても、一過性であることがほとんどだ。それにも関わらず、コミュニティデザインについては、新聞やテレビなど、それもかなりメジャーなメディアで特集を組まれたりと、大々的に取り上げられたりもしていた。まちづくりのことが専門誌以外のメディアで大きく扱われること自体が珍しく、それが継続していたのだから、まさに異例とも言える出来事と言っていい。

そのきっかけとなった本がある。山崎亮さんの『コミュニティデザイン - 人がつながるしくみをつくる』(学芸出版社)という本だ。この本が発売されたのは、2011年4月。この時期というのは、東日本大震災直後であることに加えて、ツイッターやフェイスブックなどのSNSが社会に浸透してきた時期と重なる。大規模災害を経験し、景気も低迷。人口減少や少子高齢化にも拍車がかかることが予想されており、当時の日本には沈鬱な空気が充満していたように思う。そんな中で、地縁型にせよ、テーマ型にせよ、コミュニティの重要性や可能性に多くの人が気づき、希望を抱き、期待を寄せていたのだろう。

そうした社会状況を背景に、この本は世間に受け入れられた。売上や発行部数については学芸出版社に聞くほかないのだけど、おそらくこの手の本としては、かなりの部数が出たと思う。結果、コミュニティデザインという言葉がフィーチャーされ、一世を風靡したことは先に書いた通り。それに伴い、著者の山崎さん自身も大いに注目されることとなり、国の会議に呼ばれたり、テレビのコメンテーターをしたり、密着番組に出演したりもされていたので、コミュニティデザインという言葉は知らなくても、山崎さんのことは知っているという人もいるかもしれない。

その後も、関連書籍が出版されたり、地方創生の文脈の中で語られたり、今では山崎さんをはじめとするstudio-L(山崎さんが代表を務めるコミュニティデザイン事務所)のメンバーが教壇に立つ東北芸術工科大学をはじめ、宇都宮大学や大谷大学など、全国各地の大学でコミュニティデザイン学科が設置されたりしている(少子化の時代に「コミュニティデザイン」という言葉を冠した新設学科を設置するということは、よほど高校生を惹きつけるパワーワードなのだろうか)。さらに、山崎さんの本は中国や台湾、韓国などでも翻訳・出版されたりしていて、それはまさしく、コミュニティデザインが日本国内にとどまらず、アジアにも受け入れられつつある証左とも言えるだろう。つまり、山崎さんの本をきっかけに一世を風靡したコミュニティデザインという言葉は、廃れたり、時代遅れになったのではなく、一定程度、社会に定着・浸透したものだと理解できるように思う。

コミュニティデザインという言葉がこれほどまでに注目され、国内外で受け入れられたのは、国内外でコミュニティの力が求められていることの裏返しとも言える。地域のつながりの希薄化が指摘されて久しいが、状況はそんな簡単には好転しない。インターネットを介して、共通の趣味や志向を持つ人たちが、簡単にコミュニティを形成できようになった一方で、地域ではつながりが失われ、コミュニティの萌芽すら見当たらないところもある。しかし、自分が住んでいるところに地域コミュニティがないと、健康を損ない、文化が失われ、自然が荒れ、災害時には命が失われるリスクが高まってしまう。

これは日本にとって大きな損害・損失であり、避けなければいけない。日本の少子化並びに高齢化はとどまることを知らず、高齢化率は今後も上昇を続け、「人生100年時代」と言われるほど、長寿命化が進む。加えて、ピークアウトした人口は、今後、減少の一途をたどるということはほぼ確実で、このまま何もしなければ、地域コミュニティの状況は今後さらに悪化するということは容易に想像できる。つまり、地域コミュニティの再生は、待ったなしの状況なのだ。

そうした中で、「人がつながるしくみ」をデザインするコミュニティデザインが注目され、世間に受け入れられているという事実は、歓迎すべき事態だと言える。山崎さんは全国各地でコミュニティデザインに関わる仕事を展開されており、その仕事ぶりには賛否両論あるようだが、コミュニティデザインという言葉を社会に投げかけ、定着させたという点で、その功績はかなり大きいように思う。加えて、東北芸術工科大学をはじめ、コミュニティデザインができる人材を育成する学科が各地の大学で新設されるという一連のムーブメントの起点とは言わないまでも、少なからず影響を与えてるのは間違いないだろう。コミュニティデザインを学ぶ彼らが、どのような授業を受け、どのような現場に出かけ、どのような課題に直面し、どのようにしてその解決を図っているのかは知らないが、コミュニティデザインをバックグラウンドに持つ彼らが社会に出て活躍してくれる未来というのは、この国の小さな希望と言えるのではないだろうか。


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