植物の葬儀

鬼百合は、寓話になることに夢中だった

一本の植物は宇宙に虹が出るかを考えている。恋人のアキレス腱と同じ受動態で、それを描くことを想いながら。落書の臓器をもたない蛙が、手足を一本一本投げ棄てながら産卵する。その蛙の粗い呼吸の分だけひろがる湖面に、春になったら猛禽類を排泄したいと。

球根植物は、暴力のあと何が残るか知っていた

その後、美しく涙を流しました。静電気に触れるとよく記憶喪失に陥り、忘れるという行為に、皮膚病の妹が産まれました。妹の為に、雲の中にある軟膏を求めて私は、身体ごと自動詞になったのです。

南天が、詩集を出版したら性別が変わっていた

地平線を耳のなかに入れて、絵画の手法を一つ一つ失念していく。美しい蝶々ほど老眼であったが、捕鯨について語り合うための言葉で、その揺らめきをどう描くというのだろうか。雨宿りをわきに抱えて、早生まれの小さな果実が地球から、祝福のように離れていくときにはいつか、点字のノートいっぱいに鯨を広げてみたくなる。

寒椿が古英語を喋りだすと、月桂樹は嫉妬していた

「いいえ、ここで交わされる謙譲語は、遠くで誰かを傷つけるかもしれないわ」「以前には蚕の話を始めると、すべて未遂に終わるような気がしました」「果樹園を露わにしようとする十二進法の声が聴こえる季節ね」「哺乳類の予感が、いっそう濃くなる時間です」

幻聴が結晶して、羊歯植物があらわれ出る

そして霊魂の、穏やかな暮らしをあらわす随想として綴られ、夏のような睡眠薬を、腐葉土のなかに隠した。ふいに空気と木々のあいだに日記のテーマが見つかるような気がしたから。森林は、日光を反射するほどの過呼吸に陥り、葉裏の胞子嚢に蓄えられているそれぞれの自伝には、句読点が生活にしかいない魚だと描かれていた。

鬼百合の葬儀は、まるで朗読だった

日記を盗み見た、そんな綿のようなあやまちが、ブランコをとめるための風になり、維管束が一人称の色で皮膚に浮き上がった。青空は直線の、幽霊の束でできている。鬼百合の繊維が加わるころだ。



現在、冊子をつくっている真っ最中です。
しかし、植物がモチーフの作品が多いようですね❤
明日は、思い入れのある作品「羊歯植物」を掲載したいです。

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