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生まれたときのまま死んでいく私。(選択的夫婦別姓制度について)

2015年5月のある土曜日。パリで観光客は避けた方がいい区として有名な19区の区役所に、私の親族5名は留袖、紋付袴、それに大島紬という、雅やかな姿で現れました。ちなみに主役(新婦)の私は、コットンレースのミニワンピース、しかも手作り。うん、ほぼ普段着。

フランスで結婚する場合、住んでいる町の役所で承認結婚宣誓式をあげることが、日本でいう婚姻届を提出する、にあたります。その場に結婚する本人たちとそれぞれの証人最低1名ずつ出席すれば、結婚は成立。でも、私が参列した式は、親族や友だち、たくさんの人に見守られているものがほとんどでした。もちろん、私たちも大切な人たちを呼べるだけ呼んで、みんなの前で「Oui ! (はい、誓います)」と結婚宣言しました。

このとき、正直言って今日、結婚するんだ!という実感はあまりなくて、式の最中も、みんなが集まって嬉しいな、楽しいな、とまるで他人事でした。

区長のお付きの人みたいのが真剣に話してる間も、チラチラ後ろを振り返って、母や兄の様子をうかがう私。お前は授業参観日の小学生か、なんて一人でツッコミも入れちゃう。で、式のすべてはフランス語で行われてるから、なんの話か皆目検討もつかないはずの母と兄がすすり泣きしてることに、こっちがもらい泣きしそうになったり。そんなことしてるうち、あっという間にマダム(既婚者)になってました。

「さっきのアレ、なにかの間違いじゃない?」

無事に式が終わり、参列者が和やかに会場からでていくとき、怪訝な顔の母が私に一言。

えー、ここにきてまさかの結婚反対?感動して泣いてたんじゃないの?おいおい、やめてくれよー。新婦に似合わない困り顔に、母は違うの違うのと笑顔の前で大きく手を降っていました。

「結婚のことじゃなくて、お母さんの名前!旧姓だったでしょ?どうせあんたが書類書き間違えたかなんかでしょ?」

言われてみれば「新婦 山田サトコ(仮)は、父 山田太郎(仮)と母 鈴木花子(仮)の娘であり…」なんてくだりが確かにありました。ほほぅ、いいところに目をつけたね、母上。

「あれ、間違いじゃないよ。フランスでは結婚しても、一個人として正式な場所では旧姓を使うんだよ。というか、旧じゃなくて素の姓ってこと。だってお母さんは鈴木花子として生まれてきたでしょう?」

キョトンとした顔で私の説明を聞いている母に、追い打ちをかける私。

「ちなみにうちは夫婦別姓だから、私は一生、山田サトコだよ、嬉しい?」

こうなるとキョトンはア然に変わり、母の顔は、「ということは…あなたはダレ?名前ってナニ?」と疑問符でいっぱい。もはや旧姓 鈴木花子としてより、山田花子として生きてきた年月のほうが長い母にとって、このことは大問題でした。

フランスでは結婚の際、名字を変更するもしないも夫婦の自由です。選択肢はこの4つ。

① 夫婦別姓
②妻が夫の姓を名乗る
③ 夫が妻の姓を名乗る(婿養子的な意味はなし)
④ 夫婦の名字を合わせた複合姓(山田・鈴木 花子)

日本人の私たちにとって、④とかちょっとびっくりですよね?そこまでこだわるか?と言いたくなるくらい。

これには理由があって、フランスのように地方独特の言語(文化)が強かったり、戦争次第で今日からフランス、今日からドイツ、なんてやってきた国は、自分のルーツ(オリジン)を明確にしたがります。自分の名字=自分の先祖や原点、そこに誇りを持っている表れかもしれません。これは夫婦別姓にも言えることです。

それとは逆に、移民のなかにはフランス人と結婚して名字を変え悪目立ちしないように、姓(身)も心もフランス人になりたい、と考える人も。

名字ひとつ変えたり守ったり、いろんな社会的背景がありますが、やっぱり一番の理由は、財産問題や離婚のときのトラブルを避けること。なんなら、私も結婚後、在仏日本大使館で婚姻届をだすときに「後々、面倒だから夫婦別姓おすすめですよ〜」なんて言われたくらい。(もちろん悪意ゼロ)

確かに日本だったら、結婚して名字が変わり、書類や印鑑全部作り直し。それだけでも面倒そうなのに、離婚したらもう一度作り直しって、考えただけで離婚するのも億劫になりそう。(いや、きっと離婚を決めるときはそれどころじゃないよね、すみません)

しかも、結婚も離婚もかなりプライベートなことなのに、わざわざ、報告したくない人やする必要のない人にまで、名字変更で知られてしまう。そりゃあ結婚するときは、たいがいルンルンなので、それも結婚の醍醐味!みたいな人もいるんだろうけど。

日本では夫婦別姓について賛否両論、かなり白熱しているようですね。選択的夫婦別姓制度、私は大賛成、というか実際に我が家はそうですし。外国人と結婚したから当然と思われるかもしれませんが、前途のようにフランスでも同姓にすることは可能でした。でもしなかった、悩みもしませんでした。

「ねぇ、私があなたの名字を名乗らないの、嫌だと思ったことある?」

結婚後、数年経ってそんなことを夫に尋ねたら、結婚式の日の母以上にキョトンとしていました。そんなこと考えたこともなかったと返した夫の顔は、心の底からそう思っているようで、質問したこっちがちょっと恥ずかしい。本当、同姓とか別姓とか大したことじゃないよ。

実際、日常生活ではフランス人にとって聞き慣れない自分の苗字を伝えるのが面倒な場合、マダム◯◯(夫の苗字)と平気で名乗ってるし、今のところ二重国籍を持つ娘はフランスでは夫の姓、日本では私の姓で問題もないし。そもそも普段、姓のことを気にする機会ってほとんどありません。

夫婦別姓だと絆が弱いとか、家族としての一体感とか、選択的夫婦別姓を反対する人のいたずらな意見をたまに目にしますが、あれって本気でしょうか?名字が一緒でも浮気する人はするし、離婚するときはしますよね? 結婚とは同じ名字という鉄の鎖を繋ぐことですか? だったら私は結婚しなかったな。

思うに、反対派の最たる理由は、戸籍制度、おいては日本の伝統、習慣(といっても実はそんなに古くないようですね、夫婦同姓制度)を変えることへの抵抗じゃないでしょうか? でも、そんな人に限って、跡継ぎとか本家とか、お墓は誰が世話するとか、先祖(ルーツ)をとても大切にしてたりする。じゃあそれこそ、私だって生まれ持った名字(ルーツ)を大事にしたいから、旧姓のままでいさせてほしい。そんな人もいるかもしれないのに。

戸籍制度については、今後、マイナンバー上に出生から結婚、出産、離婚、死亡などの情報をまとめるのはどうでしょう?外国人は戸籍を作ることができない、というのもマイナンバーで解決します。詳しくはありませんが、今だって、マイナンバーにほとんどの個人情報は入っていますよね?だったら戸籍いらなくない?

ちなみにフランスは、結婚するときに家族手帳(Livre de famille)なるものをもらい、そこに夫〇〇、妻〇〇、そして出産したら、子ども〇〇と書き足していきます。これで十分。

どんな名字でも、私は私。だけど今は、生まれたままの名字で、親がこの名字に合わせてつけてくれた名前のまま(多分)死んでいけることを、誇りに思います。きっと、日本の家族から遠く離れた国に暮らしているから余計に。

我が家は強固な意思があっての夫婦別姓ではありませんが、もし別姓が強制的なものだったら、今のように感じていなかったかもしれません。

夫婦同姓制度は結婚相手も選べなかった時代のもの。今は相手も自分で選べる、だったら姓も自分で選ぶ。というわけにはいかないのかな?

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