ロボット

誰だって人の役に立ちたいと思っている

私が特例子会社で働いているときに、一人の精神障害の男性がいました。その人は統合失調症を患っていたのですが、どちらかと言うとパーソナリティ障害という感じで、内向的でやや攻撃的な面がありました。私が彼と初めて会った時は「これはなかなか心を通わせるのは難しいな」という印象でした。

案の定、一緒に働くようになってからも、直属の上司に対しても不満を口にし、チームでやろうと決めたことにもすぐには同意をせず、自分が納得できない事には従いたくないというスタンスだっため、マネジメントには苦労しているようでした。

そんなとき、障害を持っている人の仕事を増やすという一環で、企業の受付の仕事をロボットを使って行うという取組みを実験的に始めることになりました。実際に受付にいるのは人型のロボットで、対面のコミュニケーションはロボットが行いその操作を裏側で障害者が行うという仕組みでした。

【ロボット受付】
前職で行っていた取組みで、対面でのコミュニケーションが苦手な人や在宅にいるい人でも遠隔でロボットを操作することで、企業の受付業務が行えるようにするという取組みでした。障害者の中にはどうしても人とコミュニケーションを取ることが苦手な人がいます。そんな彼らでも実はネットの世界ではとても多弁な人たちがいます(オンラインゲームやSNSの中では色んな人とコミュニケーションを取っています)。その特性を活かし対面での受付ではなくロボットを介した受付をするという取組みを実験的に行っていました。
基本的な受付のやり取りはロボットに備わっているタッチパネルで行いますが、裏側ではロボットからの映像を見ていて、相手に合わせて気の利いた言葉を打ち込むとロボットが代わりにその文章を読んでくれる仕組みになっていました。これにより単にロボットだけの受付ではなく「人のぬくもり」や「ロボットと会話する驚き」を加味した対応が可能となり来客に感動や驚きを提供することができました。

この取組みを開始するときに、私は彼に声をかけました。実は彼はパソコンが好きで、以前からAIやロボットに興味があるという話しを聞いていました。また普段からオンラインゲームやSNSを使っていることも聞いていたので、この取組みに向いているのではないかと感じたからです。

話しをしたところ、いつもならこちらからの提案に難色を示すのですが、この件に関しては快く応じてくれました。

しかし、実際にはこの取組みには困難も多く、単にネットワーク上で言葉をやり取りするだけでなく、ロボットの発話、身振りなどがセットになっているため、ネットワークが不安定だと回線が切れてしまいました。またこちらで言葉を打ち込んでいる間に無言の時間があると、お客様に不信感を持たれてしまうので、あらかじめ定型文を用意したり、打ち込みの操作を手際よく行えるようにしたり、また気の利いた言葉をいくつか用意するなど、様々な課題がありました。

ところが彼はこの課題に積極的に取り組み、改善案を考え提案をしてくれました。明らかに彼の顔つきは変わり、仕事に主体的に取り組み始めていることが分かりました。もちろん既存の仕事はやりながら空き時間でこのロボット受付の実験を行っていましたので、彼はこの実験への時間を創出するために既存の仕事にも一生懸命に取り組むようになっていました。

そして実際のお客様に初めて対応しようとしたその日、彼は緊張が隠せないようでした。なぜなら彼は幼少時代から人とのコミュニケーションが苦手で、できるだけ人とコミュニケーションをすることを避けてきたからです。それが間接的とはいえ人とコミュニケーションを取らなければいけない「仕事」をするのだから無理はありませんでした。

そしてお客様が来て、コミュニケーションが始まりました。

彼は一生懸命マイクから聞こえてくる相手の声に耳を傾け、どんな言葉を返そうか考えていました。そして相手がパネル操作を伝え終わった後に、彼は素早くタイピングし始めました。

彼「本日は面接で来たんですね?」

客「・・はい」

彼「緊張してますか?」

客「え!!はい、緊張してます」←ここでロボットと会話していることに気付く

彼「僕も面接苦手です」「手のひらに『人』と書いてみてはどうですか?」

客「え、あ、そうですね、やってみます(苦笑)」

彼「きっとうまくいきますよ」「頑張ってくださいね」

客「ありがとう。頑張るね(笑)」

ほんの20秒くらいで彼の会話は終わりました。そしてお客様はロボットと会話できたことに驚き、でもとても笑顔になって面接に向かわれました。

初めての会話を終え、彼に感想を聞くと。

「初めて人を喜ばせました。これまで人と話して誰かを笑顔にしたことなんてありません。自分が人を喜ばせることができるなんて、、、」

と言って少し涙ぐんでいました。

実は彼は子供のころから誰かと話しをすると相手が露骨に嫌な顔をしたり、怒らせたり、傷つけたり、自分はそんなつもりはないのに、相手に嫌な感情を抱かせてしまうことに悩んでいました。その結果「自分は誰とも話さない方がいい」と思うようになり、人とのコミュニケーションを避けるようになったとのことでした。

しかし、本当は心の中では「自分も皆と仲良くなりたい」「みんなの輪の中に入って話しをしたい」「誰かを笑わせるような話しをしてみたい」とずっと思っていたそうです。

そんな彼がロボットを介してではありますが、誰かと会話し、しかも相手がビックリしたり、笑顔になってくれたり、自分が行った行為で相手を喜ばせることができたということが本当に嬉しかったそうです。

私はこの時から「本当は人は誰かを喜ばせたり、誰かの役に立つことをしたいと思っている。でもどうしてもそれが上手くできない人たちがいる。その結果人とのコミュニケーションを避けるようになってしまった。しかし何かしらの仕組みがあれば彼らも人を喜ばせたり、役に立つことはできる。その仕組みが必要なんだ」と考えるようになりました。

周りの人が障害者だからと決めつけてしまったり、また本人たちも自分には無理と決めてしまっていることがあるかもしれません。ただ、これからテクノロジーがさらに進化すれば、できなかったことができる可能性はあります。その意味でも私はテクノロジーを活用して今の仕事を見直すことは必要だと考えています。

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