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【光る君へ】第29話「母として」感想

まひろの夫にして最大の庇護者であった宣孝が突然亡くなってしまいました。父・為時の再任がならなかった中、まひろは娘の賢子を抱えながら、悲しむのもそこそこに経済的な危機に直面します。
宮中では、前年に定子が亡くなったことで一条天皇が打ちひしがれています。そんな中、不調の詮子は道長に、定子の忘れ形見である敦康親王を中宮・彰子のもとで養育させることを進言します。そこには親王を「人質」として天皇と幼い彰子の関係を向上させるねらいがありました。天皇が彰子のもとを訪れないことに倫子、道長がそれぞれにやきもきする中で、彰子は親王を迎えることになります。折しも定子に仕えたききょうは、定子を取り巻く華やかな宮廷生活を記録に残すのでした。
そこからやや日が流れ、詮子の四十の賀が盛大に開かれました。倫子の子・田鶴君と明子の子・巖君の舞の競演というハラハラする一幕がある中で、詮子は再び病に倒れます。天皇とその子である敦康親王のためを思って伊周の政界復帰を道長に託しながら、詮子は亡くなるのでした。
賢子を抱えるまひろ、彰子の身を案じたり田鶴を見守ったりの倫子、巖君の晴れ舞台に誇らしげな明子、また敦康親王と擬似的な親子関係を結んだ彰子、そして複雑な立場ながら最期まで一条天皇を思い続けた詮子と、様々な「母」の姿が見える回でした。


宣孝の死

宣孝はまひろの家を訪れた翌日、国府に出かけたまま亡くなってしまいました。まひろはその知らせを、宣孝の正室から使者を通じて受けます。正室は宣孝の死についてまひろに多くを語らず「豪放・快活だった宣孝の姿だけを心に残してほしい」としています。
側室は夫の死を見とれないばかりか、その知らせもすぐに/詳細には知らされないところに、この時代の結婚のリアルがあるなと思いました。一夫多妻制がとられている以上、正室以外の妻の夫の関係性はどうしても正妻のそれに従属したものになってしまいます。それゆえに、夫の死は正妻経由で淡々と知らされ、夫のいない生活に突然放り出されてしまう側室の苦しい環境が見て取れました。
宣孝の死はまひろの身辺に経済的な影を落としています。乳母が出て行ってしまったのがわかりやすかったですね。

詮子の死

たびたび体調を崩していた詮子がとうとう亡くなってしまいました。発言力と我の強さで宮中を陰で差配してきた詮子でしたが、その政治力とは裏腹に、ここ数回は一条天皇との屈折した親子関係が本人の心に影を落としているようでした。
そんな詮子が天皇に最後に言い残したのは「天皇が病身の私に触れたら穢れになり、政治に滞りがあるので触れないように」とのことでした。はじめに書いた通り今回は様々な母親像が見られますが、その中でも詮子だけは徹頭徹尾「天皇の」母だったなと思います。というのも、詮子が我が子を案じているのは真実なのですが、そこにはどうしても息子の天皇という立場がついて回ってしまいます。そのしがらみを無視できない国母のつらさが最期まで出ていたと思います。この立場でさえなければ、我が子が差し伸べた手を受け容れることができたんだろうなと想像するとつらいものがあります。
そして、道長に残した遺言は伊周の復権で、敦康親王を思ってのことでした。つい忘れてしまいそうになりますが、一条天皇の跡継ぎは彼の従弟にあたる居貞親王で、その父は円融天皇の兄・冷泉天皇です。冷泉天皇→居貞親王という嫡流に皇位が戻ることが懸念される中、円融天皇の女御だった詮子としては、何としても夫と息子の系統での皇位継承を確立したいという思いがあったことでしょう。そのために敦康親王を盛り立てたい、そして親王の伯父である伊周はそこに欠かせない存在です。先だって道長に希望した敦康親王の彰子による養育も含め、最後まで子や孫の身を案じる詮子でした。
ちなみに、今回伊周が道長の呪詛をたびたび実行していますが、このタイミングからすると伊周の呪詛は詮子に向いてしまった…という読み取れもします。矢でもないんだから呪詛くらい外さずやればいいのに。

『枕草子』、天皇の元へ

ききょうがのちに『枕草子』と呼ばれることになる手記を携えてやってきました。その草子の(定子以外の)最初の読者となったまひろは、ききょうの書きぶりに感心しながらも定子の「影の部分」、言うなれば苦悩が無いことに気が付きます。「人には光もあれば影もあり、それが複雑なほど魅力がある」とまひろはききょうに語りますが、それは書き手としてのききょうにとっては受け容れがたいもので、「皇后様に影などはございません」と突っぱねてしまいます。こうしたききょうの姿勢は実際の『枕草子』から読み取れる主題のひとつで、たしかに定子が実際に味わった苦しい心中・環境が草子の中で克明に描かれるということはありません。これもこれで興味深いのですが、前回の話を受けてこのききょうの発言、そして草子の書きぶりを見ていると、定子が生前に言った「人の思いと行いは裏腹にございます」という言葉が反芻されるようでした。
ちなみにこじつけかもしれませんが、このあとの場面でまひろが賢子に読み聞かせているのは『竹取物語』の一説で、かぐや姫が月を見て物思いに耽っている場面です。「光と影の複雑さが人物に魅力を与える」とまひろが語った哲学のとおりともいえるような場面で、まひろの言葉の説得力が後からくる演出でした。
ききょうが苦しい心中を隠しながらつづった草子は、伊周を通じて天皇に届けられます。いとおしそうにページをめくる天皇の姿に、ひとつの書き物が古典になっていく瞬間を見る心地がしました。

割と史実:田鶴君 vs. 巖君

詮子の四十の賀での田鶴(後の頼通)と巌(後の頼宗)が舞を披露しました。田鶴の舞を心配そうに見守る倫子、巌の舞を怖いくらいの真剣さで見つめる明子の姿がまず対照的で面白かったです。そして巌の舞に感動する人々、それを見て満足気な明子と何故かさらに輪をかけて嬉しそうな俊賢おじさん、さらに巌の賞賛を受けてここぞとばかりにドヤ顔を畳みかける明子と痛快な表情が印象に残ります。前回、明子が子供たちの教育に熱心(執心?)であることが出ていたので、倫子との差が舞の結果にも出た格好です。
個人的には、俊賢が巌の舞を涙目で見つめるところに笑ってしまいました。自信満々気に自分を道長に売り込み、公卿たちの間で巧く立ち回る俊賢の姿はそこに無く、いるのは甥の晴れ舞台にウルっと来てしまう一人の伯父さんです。思えば、俊賢は父が失脚してからというもの辛酸をなめ、見事な処世術もその中で磨かれたのでしょう。そんな苦労人である俊賢が、妹と通じて権力者と太いパイプを築き、あまつさえ2人の間の子が立派に成長しているところを舞台の上で見届けるのは、彼が半生をかけてたどり着いたの1つの栄達の境地と言って差し支えありません。そんな彼の、決して尺を取られない人生に思いを馳せてしまった一瞬でした。
なお、この田鶴と巌が舞の様子は、実資の『小右記』に記録された出来事です。この記録では、巌の舞の方が賞賛され、その師匠に官位が与えられたということ、加えてそもそも、道長の正室は田鶴の母・倫子であり、それに比して巌の母である明子は側室だということも明記されています。
この辺りは史料とドラマのリンクに感心してしまう場面ですが、一方ここでの道長の振る舞いはドラマオリジナルのようです。ドラマでは、巌のがあまりに賞賛されるので悔しさから泣き出してしまった田鶴を叱り、主賓である詮子に詫びています。しかし『小右記』の道長は大人げなく、嫡男の頼通への評価が今ひとつだったことに腹を立てて一度は退出してしまいます。さらに、この四十の賀で一条天皇は一泊する予定だったのが、結局その日の晩に内裏に戻ることになったらしく、いかに道長の不興の念が表に出ていたかが推して知れます。ドラマでは道長のキャラからして展開上そのような行動をとらせられないこと、そしてこの宴の最中に詮子が倒れることになっているのでアレンジが施されたというところでしょうか。ちなみに頼通は成人後も道長に人前で怒られることがあったらしいです。
ここで気になったのは倫子と道長の関係です。倫子は泣いている田鶴を一生懸命宥めようとしますが、道長は「その場の興を削いだ」といった理由から冷たく田鶴を叱りつけます。道長のこの行動は、宴の主催者であり執政者でもある立場上、面目もあるので仕方がないものなのですが、倫子はそこまで道長と思いを共有できていないようです。詮子に詫びる道長を少し恨めし気に見ている表情に、2人の今後が若干心配になりました…。

その他

●不吉な月見:先述の通りまひろが読み聞かせた『竹取物語』では、かぐや姫が月を眺めて「月を直接見る行為は不吉だからやめるように」と諫められる場面があります。ちょうどこれをやっていたのが、宣孝(とまひろと賢子)でした。本当に不吉でした…。
●変わらない為時と変わるまひろ:道長から百舌彦経由で打診された道長の子の教育係の役目を、為時はかつて兼家を裏切ってしまった罪の意識から辞退してしまいます。為時の実直さは散位の時代、国司の時代を経ても変わっていません。一方でまひろは家の困窮を重々予感しているため、そんな為時を説き伏せて翻意を促すことに成功します。ここはまひろの実際的な生活力とそれに裏打ちされた分別に成長が見て取れますね。
●痛いところを突かれる隆家:伊周は中関白家のプライドから、息子の松(道雅)への舞の指導がだいぶきついものとなっています。そんな伊周を貴家が「道長の権勢はゆるぎない」「内裏に戻るまで大人しくしていたらどうか」とたしなめますが、伊周は「なぜこんなことになったのだ。お前が院に矢を放ったからであろう」と返されます。「そこに戻る?」と突っ込む隆家ですが、私にはわかります、「戻るだろ!!」と突っ込む人が決して少なくはないということが。

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