#103 一時帰国が、夢だった
早いもので8月の渡独から4ヶ月半が経ち、一時帰国で日本に帰ってきました。「一時帰国」なので、年末年始休暇が明ければまたドイツへ戻るわけですが、ふと25年前、オーストラリア留学を終えて本帰国した時のことを思い出しました。
帰りたくなかった、オーストラリア留学
友人や教えていた生徒の話を聞いていると、留学の成否は帰りのフライトでよく分かるように思います。留学からの帰りのフライトで、「まだ帰りたくない」と思えたら留学は成功、「やっと帰れる」と感じたら留学先があまり合っていなかったことが多いようです。まれに「留学の成果を生かして、帰国後やりたいことでうずうずしている」という大成功パターンの人もいるようです。
僕が25年前にオーストラリア留学からの帰国の途についた日は、「まだ帰りたくない」パターンでした。周囲には大学院2年間の予定で留学に来ている学生も多かったので、心から羨ましいと思ったものです。
当日朝は住んでいた学生寮から空港までの乗り合いタクシーを予約し、車内では大阪で行われる国際会議へ行くというロビンさんと一緒でした。「もうこの地に学生として戻ってくることはない」と思うと寂しかったです。ちなみに、僕の note のフォロワーさんの一人が現在その学生寮に住んでいらっしゃることが先日分かりました!
あこがれた、一時帰国
オーストラリアが心底気に入った僕は、周囲の「一時帰国組」にあこがれました。日本に帰って休みを過ごし、家族や友人に会って日本食も堪能、その後またここに戻って来られる。そんな「一時帰国」をいつかしてみたい、と思いました。
その思いは25年後の今、思いがけない形で実現しました。またドイツに戻って来られると分かっているので、余裕の笑顔で日本に帰れます。家族も友人も日本食もとても楽しみですが、やはりドイツで自分が与えられた仕事をきちんとこなしたいという思いがとても強くあります。
先日お知らせした通り、なかなか大変なプロジェクトを1月末〜2月半ばまでにこなさなければならないのですが、先の投稿「#97 ずっと待っていた人が、やってきた」で取り上げた友人にかけられた言葉を思い出しました。
この友人は、僕がネガティブ思考に陥っている時に、「きっと大丈夫だから、元気を出して!」と励ますのではなく、「よく考えれば、今の状態は昔望んでいた状態のはず」という気付きをくれました。この事実をよく味わおうと思います。好きでフォローしている Facebook の格言サイトにも、同じ意味の言葉がありました。
ひさしぶりの日本文化で、気づいたこと
ところで、帰国時に乗ったのは全日空のフランクフルトー羽田便で、年末ということもあり、機内はドイツ駐在と思われる日本人家族が多くいらっしゃいました。機内はさながら日本という感じだったのですが、久しぶりの日本文化で感じたことをいくつか書きとめておきます。
盛りだくさんの年末年始
年末年始は、母校の研究室の忘年会に出席して、妻とクリスマスのお祝いをした後は故郷へ帰り、note で知り合った友人にも会う約束をしています(なぜか全員関西人だ)。友人のバンドのライブに行き、note のプロフィール写真を撮っていただいた写真家の方とも再会します!
ドイツへ戻った後はいよいよ重要なプロジェクトの本格始動。それは昔会社勤めをしていた頃、「今やっているような、自分でなくてもできる仕事ではなく、もっと責任の重い仕事をやりたい」と5年前に思った通りの今になっています。
今日もお読みくださって、ありがとうございました🇩🇪🇯🇵
(2023年12月21日、年内残りの投稿は日本から)
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