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掌編小説144(お題:公園を耕しています)

このあたりはいいね、と多賀谷さんは言った。第三区児童公園。ベンチの裏に広がる草むらの一角である。

「大丈夫なんですか?」

多賀谷さんの決断はいつも早い。今日だって、公園を訪れてまだ五分と経っていなかった。俺は露骨に訝しんでいる声音で訊いた。親子ほども歳の離れた若造にそんな態度をとられても、多賀谷さんは寛容だ。

「大丈夫。見てごらん、公園のまわりに生えてる草はみんなボクたちの腰ほどまで背丈がある。長らく手入れがされていない証拠だ。遊具にはどれも『使用禁止』の札がかかっているし、それに、ゴミがまったく落ちてないだろ? 子供はもちろん、昼休みのサラリーマンや夜遊びする若者ですら滅多によりつかないんだろうな」

言われてみれば、外灯もなく薄暗闇の中で転がっているのは抜けた草や石、空気が抜けた薄汚いゴムボールだけで、タバコの吸殻や空き缶、スナック菓子の袋といった類は見当たらなかった。草むらの奥から、コオロギだかキリギリスだか、俺にはなんだかわからない虫のとにかくやかましい声ばかり盛大にしている。

「それじゃ、はじめようか」

「はい」俺は持っていた麻袋を地面に置いて、デニムの尻ポケットに挿していた細身の懐中電灯を手にした。

多賀谷さんが、肩に提げていたアディダスの大きなエナメルバッグを地面に置く。曰く、息子が野球部だったときに使っていたおさがりだそうだ。びゅうとジップを開き、多賀谷さんは中身をカチャカチャいわせてまず小ぶりの鎌を取りだした。裸のまま持ってくるから毎回ぎょっとする。そんな俺を尻目に、腰ほども背丈のある草を、多賀谷さんは、よいしょ、よいしょ、とつぶやきながら次々と手際よく刈っていく。

「いあはやげすけお」懐中電灯を口にくわえ、軍手をはめる。

「なんて?」

「今さらですけど、マンドラゴラって本当に実在するんですね」

「ああ。ゲームなんかの影響でファンタジーとしての印象が強いけど、古くからもともと薬草として用いられていたみたいだよ。ちなみに『マンドラゴラ』というのは別名で、正しくは『マンドレイク』。受けわたしのときは『マンドレイク』って言わないと心象悪いから気をつけてね。鍬取ってくれる?」

右手はまだ地面に植わったままの草の根をひょいひょい抜きながら、多賀谷さんは左手を俺のほうにひらひらさせた。懐中電灯はそちらを照らしたまま、片手でなんとかエナメルバッグの中から鍬を見つけ、差しだす。園芸用の小さなものだ。

「抜くと死ぬんでしたっけ」

「うーん、厳密には違うな。抜くのは直接の原因じゃない。正確には、マンドレイクって無理やり抜くと悲鳴をあげるんだ。その悲鳴をまともに聞いたら狂って死ぬ。らしい。けど今どきそんな事例ほとんどないよ。今は第三種交渉人に交渉してもらってマンドレイク側から自主的に出てきてもらうのが一般的だし」

「マンドレイクって三種でしたっけ」

「そう。元が人間なら第一種、人間じゃないけど外見的におおよそ人型であれば第二種。マンドレイクは植物だから第三種ね」

「交渉人ってどんな人なんですか?」

「見た目? 普通だよ、ボクたちみたいに」

俺の無駄口にもつきあいつつ、多賀谷さんは懇切丁寧に土の耕しかたを説明してくれる。もともと土いじりが好きだったり得意だったりする人がこの道に進むらしいが、俺は土いじりをまったく知らない。「はい」とか「なるほど」などとうなづいているうち、あっというまに作業は終わった。人間が横たわるには小さすぎるスペースだが、土はこんもりとふかふかで、寝転びたくなるほどだ。さすがの腕前だった。奥さんの影響で、多賀谷さんもまた園芸が趣味だと聞いている。

「マンドレイクは?」

「はい」

足元に置いておいた麻袋の紐を解く。懐中電灯の光を当てると、中に、マンドレイクが五体身をよせあって収まっていた。目が合う。そろいもそろって、なぜか申し訳なさそうに粛々と顔をシワシワにしていた。こんなのが悲鳴あげて人を殺すって嘘だろ、と思ってしまう。

「五体ちゃんといる?」

「います」

「じゃあ一体ずつ袋から出してあげて」

「はい」

一体に手を伸ばすと、おとなしく手に身を委ねてきた。慎重に袋から取りだす。多賀谷さんが耕した場所には等間隔に五つ穴が掘られており、その左端の穴に、そいつを入れてやった。マンドレイクは手……のような部分で穴のふちをぽふぽふ触り、やがて満足したのか、フンスと息をついてくつろいだ表情になる。多賀谷さんとうなづきあって、それから、続々とマンドレイクたちを同様に穴へ収めていく。はたして、五体のマンドレイクはそこに行儀よく等間隔にならんで植わった。

「土、かぶせますね」

マンドレイクたちに語りかけながら、多賀谷さんはやわらかな手つきでその身体に土をかぶせていく。マンドレイクたちはといえば、皆一様にして、まるで「極楽」とでも言いたげだ。やがてその顔は見えなくなった。地面に残るのは、硬いほうれん草か小松菜のようなごわごわした葉っぱだけ。

「ここだけ見るとほうれん草っぽいですよね」実際俺は多賀谷さんに言った。

「マンドレイクはナス科だよ。ほうれん草はヒユ科」

「ナスかぁ」

「それだじゃれ?」

「違いますけど」

ともあれこれで仕事は終わりだ。マンドレイクたちはこののち、数年あまりかけてここで人知れずすくすく育っていく。やがて人ほどにまで成長すると、頭の葉を切り落とし、然るべき手続きを経て本当に人になるそうだが、それはまた別の機関の仕事。俺は多賀谷さんが諸々の道具をしまうのを黙々と手伝う。

「桝井くん、そろそろ仕事覚えてきた?」

「まぁ、わりと」

「じゃあ、試しに次回は一から一人でやってみる?」

「マジですか」

「まじまじ」

公園を出て、大通りまでは多賀谷さんとならんで歩いた。突きあたりから多賀谷さんは自転車、俺はタクシーでの帰路となる。

「このあいだ久しぶりに高校時代の友人と会ったんですけど」

「うん」

「まぁ、やっぱり仕事の話になって。俺未だに自分の職業なんて言ったらいいかわからないんですよね。これ、なんていう仕事なんですか?」

「ボクは『引っ越し業者』で通してるよ」

「ああ、なるほど」

「じゃあここで」

「おつかれさまです」

「またね」

真夜中、駐輪場を目指して車の一台も通らない静かな道路の真ん中を歩いていく多賀谷さんを見送って、それから俺もタクシーを拾うため駅の方向へと歩きだす。マンドレイクの悲鳴にはおそらく程遠い、ジーという鳴き声を、どこかで名前のわからない虫がわめきちらしていた。

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