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掌編小説151(お題:コンビニの地下で清掃をしています)

「あ、ここのコンビニよぉ」

助手席で下地さんがのんびり前方のコンビニを指さしたので、左折し、駐車場の角にワンボックスカーを停める。ウナちゃんおねがいねぇ、と言い残して下地さんは先にオーナーのところへ挨拶にむかった。外から後部座席にまわって大きな活魚タンクをおろす。

「もうすぐ着くからね」

両腕で、うねうねと重心があちこちに動くのを感じた。優しい声で呼びかけるとおとなしくなる。裏口で待機しているとほどなくして下地さんがやってきた。

「それじゃ、行きましょうねぇ」

「はい」

オーナーから預かった鍵を使って扉を開けると、長い長い階段が地下まで伸びている。ヘッドライトを点灯させ、前方に下地さん、後方に私という体制で活魚タンクを持ちながら慎重に階段を降りていった。

「成増ちゃんと運ぶとホント楽だわぁ」

「そうですか?」

「そうよぉ。このあいだは増本くんとだったんだけどね、ウナちゃんが暴れに暴れて危うくおばさん捻挫するところだったわぁ。ウナちゃんにも悪態つくし、最近の若い子は嫌ねぇ」

「発電用デンキウナギは、どうも品種改良の過程でかなり繊細で気難しい子になっちゃったらしいですね。自分の扱いかたを見て人間への態度を変えてるとか」

「成増ちゃんがとっても優しい子だってこと、ウナちゃんはちゃんとわかってるのねぇ」

「どうでしょう。下地さんがあだ名をつけてあげたり、たくさん話しかけてあげてるからだと思いますよ」

無駄口をたたいているあいだに地下に到着する。活魚タンクを置いて私が照明をつけた。二度点滅して、蛍光灯が巨大な水槽を照らす。

「おねがいねぇ」

下地さんにうなづいてみせ、私は、水槽を泳ぐデンキウナギたちと対峙する。

「おつかれさま。交代の時間になったよ。あとのことは私たちに任せて。みんなは帰り支度をしようね」

私が言うと、デンキウナギたちはうれしそうにうねうねと身体をくねらせ、やがてリラックスした様子で一匹また一匹と私に身を委ねてくれた。手際よく、でもデンキウナギたちを労う気持ちを忘れず、優しく、彼らを運搬するための活魚タンクへ移動させていく。

「そうそう。誰に聞いたか忘れちゃったけどぉ、成増ちゃん本当は水族館の飼育員さんになりたかったんですってねぇ」

すべてのデンキウナギを活魚タンクに移し終えたら、次に、水を抜いて水槽の清掃をはじめる。

「まぁ」底を丁寧にデッキブラシで磨きながら答えた。

「納得だわぁ」

「人を喜ばせることのできる仕事をしろと、昔から両親は言っていました。だから将来は水族館で働きたいなって思ってて。……でも、辞めました。人を喜ばせようとすればするほど、彼らは、あと私自身も、すごく窮屈に感じてしまって」

「人を喜ばせる仕事。難しいわねぇ」

壁を磨きながら下地さんは苦笑した。下地さんと話すのが好きだ。彼女ののんびりした声と話しかたは、せっかちな人々に囲まれて育った私の疲弊した心を、デンキウナギみたいにくねくねうねうねほぐしてくれる。

「人を喜ばせることができたならどんなに素敵かしらと思うけれど。そうねぇ、誰かのためになにかをして、それがたとえば『あたりまえのことをやっているだけじゃないか』というふうに喜んでもらえなかったら、じゃあ私たちがしていることってまったくの無駄なのかしらねぇ?」

「そんなことは」

「でしょう? 大事なのは、人をどうするかじゃなくて自分はどうしたいのかよ」

「正直なところ、好きなことだけやって楽して働きたいです」

下地さんはあっはっはと笑った。

「いいじゃない。それが成増ちゃんの本質ならやっぱりこの仕事は天職だと思うわぁ。ウナちゃんたちも成増ちゃんにはホントなついてるしねぇ」

「そういうものでしょうか」

「そういうものよ」

清掃が終わった。新しい水を投入し、規定の水量になったら運んできた新しいデンキウナギたちの活魚タンクを開ける。

「よし。それじゃあみんな、さっそくお仕事はじめようか!」

先のデンギウナギたちに比べてこちらのグループはまだ若い。元気に呼びかけると彼らは一様にうねうねと踊りだした。一匹、また一匹と「おねがいね」「よろしくね」など声をかけながら水槽に放していく。こうしてまた一日、地上のコンビニ経営に必要な電力を発電してもらうわけだ。

「まるでペンギンショーかイルカショーねぇ」

「あ、ごめんなさいうるさくて」

「とんでもない。とっても楽しいわぁ」

元気よく放電をはじめるデンキウナギたち。下地さんはそれを手を叩いて見つめている。水槽を旋回する彼らと下地さんの子供のようにきらきらと無邪気な笑顔はまるで――。

「下地さん」

「なぁに?」

となりにならんでデンキウナギたちを見つめながら、私は、泣きそうだった。

「私も、この仕事は自分の天職だって信じています」

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