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第6回 「三渓園」を訪ねて/「蓮の花瓶」をつくる

コレクションすることの創造性

 モノを集めるという行為は、現代の社会ではあまりクリエイティブな行為として見られていないような気がします。確かに、「良いモノが私の手元にある」ということは、私にとっては気分のいいことかもしれませんが、私が何か世の中に貢献したことにはならない、というのはそのとおりかもしれません。一方で日本の伝統的な芸事、たとえば茶の湯には、「取り合わせ」の考え方があります。雅やかな仕服から素朴な井戸茶碗が取り出されたとき、驚きとともにテーマが明らかになって互いの魅力が引き立つということがあると思います。

 私はコレクションというのは壮大な「取り合わせ」だと思っています。美術品単品に所有者の個性は現れませんが、コレクションからはたくさんのことが読み取れます。所有者が何に価値を見出したのか、どのような評価軸を設定したのか、何と何を対比し、どのように系統立てたのか。たとえ収集のための原資が少なくても、意外な価値観が提示されていて尊敬の気持ちがわくコレクションもあります。

 今回訪ねた「三渓園」を作った、原三渓(1868-1939)は、コレクションが人品をあらわす最たる人だと思います。知るほどに頭の下がるコレクションです。

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原三渓という人物

 原三渓というのは美術史上の通称で、本名は原富太郎といいます。「三渓」は茶人としての号です。手元の資料では、実業家、茶人ということになっていますが、これに加えて三渓は南画の素養があり、画家という顔も持っています。旦那芸と侮るなかれ、蓮の画など評価の高い作品を多く生み出しています。

 実業家としての原三渓は、生糸貿易で財を成した人物です。横浜の豪商の家に婿養子に入って事業をはじめます。明治時代の日本において、貿易の取引額が最も高い品目は、意外かもしれませんが「生糸」でした。当時最もお金の流れこむ領域に生業がジャストミートしたわけですね。世界遺産の富岡製糸場のオーナであったこともありました。
 明治日本といえば、急速な工業化を推し進めて成功したという印象が強いかと思います。これは間違っていないのですが、成功した工業化に基づいて機械製品や精密機器の取引が盛んになるのはもう少し後の時代です。この段階では、「手工業領域を機械で効率化する」というのが実態で、取引されているのは生糸のような「ちょっと前まで手工業領域だった製品」でした。ヴィクトリア大英帝国の貿易網も綿製品を基盤にしていますよね。

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 このようにして得た富を、原三渓は文化事業に投じます。これもまた明治のお金持ちの常で、功なり名とげた実業家が、茶の湯などを嗜んで美術収集に巨費を投じるというのは珍しいことではありませんでした。背景には、大きな時代の変化のなかで、旧時代の価値のあるものが海外に流出したり、散逸・廃棄されたりしていたことに対する危機感があったと思われます。こうして「近代茶人」が生まれ、それぞれの価値観で膨大なコレクションを形成する流れができました。

 原三渓と同時代の近代茶人、益田鈍翁のコレクションは、現在の五島美術館で見ることができますが、こちらはどちらかというと豪華主義の印象が強いコレクションです。名物を掻き集めて、惜しみなく客に見せて呵々大笑、一緒に楽しもうという感じです。これが下品にならないのは、益田鈍翁が、快活で豪放で周りに「惜しみなく与える」存在だったからなのではないかと思います。

 対して原三渓は、もっとストイックな学究肌の印象です。「三渓史観」とでもいうべき独自の美術史を打ち立てて、それを体現するようにコレクションを形成していくようなやり方です。また、コレクションした「モノ」に触発されて自らの史観を修正・昇華させていくようなところもあります。私はこの「三渓史観」こそ原三渓の最も重要な作品だと思っています。コレクションの目玉、国宝「孔雀明王像」(平安時代、東京国立博物館)も、それ単体で見るというより、三渓史観の「仏画」を語るためのピースとして見るべきものでしょう。

三渓園の感想

 横浜に作られた「三渓園」は、古今の建物のコレクションという側面をもった庭園ですが、単純に集めたというわけではなく、テーマに沿って的確に演出されています。形式としては池泉回遊式庭園ですが、同じ形式をもつ大名庭園とは明らかに趣が異なります。三渓園の独自性がどこにあるのか、私はずっと捉えられないでいたのですが、テレビ番組で造園家の涌井雅之氏が、「三渓園は建物で描いた南画だ」という趣旨のことをおっしゃっているのを聞いて、なるほどと膝をうちました。

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 先ほどは、近代茶人・三渓の学者然とした顔を紹介しましたが、彼は美術を振興し「惜しみなく与える」存在でもありました。彼は一貫して、自分のコレクションの名品を社会から「預かっている」のだというスタンスであったといいます。なのでコレクションの価値を社会に還元することは、彼にすれば所有者の義務のようなものでした。

 同時代の画家たちを三渓園に招いて、名品を見せ、資金を支援して制作を助けることも積極的に行っていたといいます。下村観山などが有名ですね。観山の代表作「弱法師」に描かれた梅の木のモデルは、三渓園の老木「臥龍梅」なのだそうです。ちなみに原三渓は、横山大観にも支援の申し出を行っていますが、大観は「単独のパトロンに帰属することで、制作にしがらみが生じるのを望まない」と支援を断っています。こちはらこちらで大物ぶりがうかがえるエピソードですね。

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 三渓はまた、一般大衆に対しても惜しみなく与える存在でした。現在の三渓園の、「白雲亭」、「臨春閣」のある側の半分は彼の自邸でしたが、もう半分は当時から市民に公開されていました。芥川龍之介も大正4年に一般の観光客としてここを訪れ、「初音茶屋」で麦茶を飲んだそうです。「ひとはかり浮く香煎や白湯の秋」という句が残っています。

 三渓園の建物はどれも魅力的で、それぞれの建物で記事が書けるほど重厚なストーリーを持っているのですが、私が訪れて居心地のよかった建物を一つ紹介させてください。それはこちら、重要文化財「旧矢箆原家住宅」(江戸時代後期、飛騨白川郷)です。

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 白川郷の代名詞、合掌造りの茅葺屋根が印象的です。一方で、家人の動線とは別に、車寄せからの接客の動線をもつ、格式の高い作りです。見るからに庄屋階級の家ですね。小屋裏には養蚕のための大きなスペースが確保されて、現在ここには収集された農具、民芸等が展示されています。さらに屋根の茅の保護のため、茶の間の囲炉裏には通年、火が入れられています。そのため家の中は煙のにおいが鼻をくすぐり、まさに市中で里山の風情を楽しむことができますよ。

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 私が訪れた時、ちょうど客足が途絶えていたので、奥の間にちょっと腰をおろして休憩してみました。床の間を眺めて自分の好みの床飾りを想像していると、畳の感触と吹き抜ける風が気持ちよく、なかなかのお大尽気分を味わえました。ここから「聴秋閣」を通って「金毛窟」に向かうと、「豪農が茶席に招かれたごっこ」もできますね。

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これがほしくなった

 この記事のもととなる見学は2019年の夏に行いました。夏の三渓園といえば蓮ですね。蓮の季節には早朝観覧のイベントが開催されます(2021年の実施状況はHP等でご確認ください)。

 そして蓮と三渓で忘れてはいけないのは、「浄土飯の茶会」でしょう。三渓には長男、善一郎がいましたが、善一郎は45歳の若さで亡くなってしまいます。弔事が落ち着いたころ、三渓は親しい者たちを集めて茶会をおこないました。これが「浄土飯の茶会」です。三渓は、ことさらに悲しみを口にすることはなかったといいますが、しつらえの各所に哀惜をにおわせ、それが余計に来客たちの心をうったといいます。
 「浄土飯の茶会」で出された飯は、蒸した蓮の実をちらし、蓮の花びらで包むというものだったそうです。蓮は仏教のシンボルとなる浄土の花。ここにも弔意が込められていますね。

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 そこで今回は、蓮にまつわる何かがほしくなりました。蓮は咲き盛る姿もいいですが、蕾もまたきれいなものです。私は特に、咲きかけの蕾の清潔な美しさが好みです。これが泥の中から生まれてくるのだから、自然というのは不思議なものですね。

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 そして作成したのが、こちらの花瓶です。マテリアルは石粉粘土。詰め物をした粘土の核に粘土の花びらを貼り付けて形成しました。乾燥後にヤスリで形を整えて表面を磨きます。詰め物を取り出して内部を防水処理。外部をスプレー塗料で塗装すれば出来あがりです。台は無印良品の万古焼の青磁の皿です。水面に花が浮かんでいるようなイメージにみえませんか。

 家にあったスプレー塗料が金属微粒子を混ぜ込んだ金色だったので、こんな色になりましたが、ちょっと仏教色が前面に出すぎてしまいましたかね。妻は「お寺のアレみたい」と言っていました(おそらく擬宝珠のことでしょう)。

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 上から見るとこんな感じです。「口を小さくして花を活けやすく」、「引っ掛かりを設けて位置が決まりやすく」などの実用的な要求と、「開きかけの蓮の花のつぼみ」の意匠の両立を目指しました。

 以前こちらの記事で作った「犬の植木鉢」と取り合わせがよかったので並べてみました。

 「大陸文化の導入前/後」のような取り合わせですね。この両方が文化の軸としてあるのだから、日本というのは面白い国だなあと思います。

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