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カレーをめぐる冒険

食べ慣れたカレーを見つめた夫が、突然、私に胸のうちを教えてくれた。

「カレーは、具がない方が好きなんだ」

あまりの衝撃的な言葉に、私は自分の耳を疑った。私は彼の前に、何度具がごろっと入ったカレーを出しただろうか。私は思い出せなかった。数えきれないかもしれないし、数えたことがないだけかもしれない。

彼の口から放たれた言葉は、あまりに自然だった。でも、具沢山のカレーを作る女に吐くには勇気が必要だっただろう。カレーの「カ」の前に少しだけ、息を溜めていたことがわかるような口ぶりだった。

当時の私は、具がごろっと入ったカレーを好んで食べていた。

なぜ具がたっぷりのカレーを好きになったのだろうか。私は自分のカレーの思い出を振り返った。
始まりは、間違いなく母の作ってくれたカレーだ。もしかすると星の王子さまかもしれないし、バーモンドカレーかもしれない。ルーの種類こそ覚えていないが、大きめの具が入ったカレーだった。

しっかりと記憶にあるのは、学生時代のカレーだろうか。

住宅街でどこからともなく流れてくる、鼻の周りにまとわりつくカレーの匂い。それが、我が家から発せられるものだとわかった時の高揚感。今日の晩御飯がカレーだとわかっていても、わざわざ台所に行き、鍋をかき混ぜる母の後ろに立ち、「今日の晩御飯はカレー?」と鍋を覗き込み、答えのわかっている答えを聞く喜び。そして、大きく切られた牛肉とじゃがいもと玉ねぎとにんじん。カレーのCMに出てくるような模範的なカレー。らっきょうと福神漬けがあったらなおよし。

空腹の私の前に模範的なカレーの皿が置かれると、私は少しさらっとしたカレーをスプーンですくい、頬張る。ワシワシと具材を噛み砕き、口の中でカレーが一体になる。ほんのり甘くて少しだけ辛い、お母さんのカレー。

それが私のカレーの全てだった。

具沢山のカレー。それが正しいカレーだと信じて疑わなかった。それが正義。カレーに正義があるとすれば、具。じゃがいもににんじんに玉ねぎ。正直、肉はなんでもいい。スパイスカレーじゃなくて、家で作ったカレールーのカレー。


しかし、具のないカレーを望む人物がいる。
私の目の前に。


私の冒険はここから始まった。

彼の希望を受け入れないという選択肢は、私にはなかった。愛かもしれないし、同情かもしれない。好奇心かもしれないし、理由なんてないかもしれない。そういえばCoCo壱のカレーは具沢山を選ばなければ、基本的にさらっとしたカレーなのだから、具がないカレーも正解なのかもしれない。夫もCoCo壱は好んで食べていた気がする。


🍛 冒険1|圧力鍋活用野菜カレー


まず私は基本の具材を変えることなく、具材を切り刻むことにした。カレーたるものじゃがいもとにんじんと玉ねぎは必須だろうと考えたのだ。

切り刻んだ具材を圧力鍋で煮る。
シュッシュッシュと湯気を撒き散らしながら、圧力鍋がリズミカルに具材をでろでろになるまで煮てくれる。そこにカレールーを投入。柔らかくなった野菜をお玉で潰しながらルーを混ぜていく。

中身は同じだが野菜の形状のみがこれまでのカレーと異なるものとなった。これは、非常においしかった。とろみもあり、しっかりと野菜の味も出ている。夫にも好評で、当時の我が家の定番のカレーになった。肉はなんでもいい。スーパーの半額シールが貼っているものがスタンダードだった。


🍛 冒険2|鶏ガラ出汁カレー


スーパーで鶏のガラを見つけた。骨がいっぱいの食べるところがほとんどない鶏肉だ。これで出汁をとってカレーを作れば、さぞかし美味しいカレーができるのではなかろうかと私は考えた。

まずは圧力鍋で、鶏のガラを煮る。煮えたところで、過食部と骨にわけ、過食部はそのままスープに投入。そこに切り刻んだ野菜も入れ、再び圧力鍋で野菜を煮た後、カレールーを入れる。

鶏と野菜の旨みがたっぷりのカレーの完成。これも非常においしかった。

定番となりつつあった鶏ガラ出汁カレーだったが、途中で過食部を分けるのもめんどくさくなったので、鶏のガラは出汁をとった後、甘辛く煮てつまみにして食べることになった。夫はこの鶏ガラも好んで食べていた。もちろんカレーも好評で、これが次の我が家の定番となった。


🍛 冒険3|エセ無水カレー


圧力鍋ってめんどくさい。みじん切りってめんどくさい。ありえない。カレーって簡単にできると思ってたのに、手間がかかりすぎる。

そう考えた私は、無水カレー的なカレーがいいんじゃないかと思った。大量の野菜を投入し、水は使わず野菜の水分でカレーを作るというものだ。私は多少の水は使った。結局めちゃくちゃ煮ることにはなるし手間はかかるが、みじん切りが嫌だったのでみじん切りにしなくてよさそうな食材を探すことにした。夏は茄子とかぼちゃ、冬は白菜。玉ねぎとトマトだけは絶対に入れた上で、他の具材をアレンジしてみた。

これも意外においしかった。カレーはどんな調理法でもどんな食材でも受け入れてくれる。多分、インドからやってきた彼ーは日本風のアレンジを受け入れた今、全てを受け入れるという選択をしたのかもしれない。


🍛 冒険4|超時短カレー


やっぱり煮込むのも、具材を切るのもめんどくさい。

具材を刻むのが面倒くさくなった私は、トマト缶でカレーを作ることにした。スライスした玉ねぎとひき肉を炒めて、そこにトマト缶を投入する。後はコンソメとかウスターソースとか、塩コショウとか、ガーリックとか。カレーを入れる前のスープだけでも美味しいカレーの素を作り、そこにカレールーを入れる。

これがうまい! しかも簡単!
作りたくなったらいつでも作れる(ただし、材料があれば)。

これは、時短の割にかなり美味しい。超時短トマト缶カレー。私の冒険は一旦、ここでゴールを迎えた。


🍛  カレーとは


私はテーブルの前の椅子に腰掛ける。
目の前には超時短で作ったカレー。

じゃがいももにんじんも入っていない、母の作るカレーとは似ても似つかない、味も形状も異なるカレー。これが現在の我が家の定番だ。

カレーは懐が深い。

カレーとは、

複数の粉末香辛料を混合させて作ったソースを用いた料理全般を指す

Wikipedia

香辛料さえ入ったソースでありさえすればいい。


幼き日の私は、カレーといえば母の作るカレーが全てだと信じて疑わなかった。それ以外のカレーは邪道だとすら考えていた節があるかもしれない。

しかし、カレーをめぐる冒険を経た今、私はさまざまなカレーを食べてみたいという好奇心に満ちている。

グリーンカレーにマッサマンカレー、あの子のお家のカレーに、スリランカカレー。野菜が入っていたり肉が入っていたり、魚が入っていたり。色もスパイスもさまざまで、合わせる炭水化物もさまざまだ。ご飯にナンにパンにうどんに。

ワンプレートで完結し、タンパク質も炭水化物も野菜も摂取できる素晴らしい食べ物だ。


カレーとは、汎用性の高い食べ物である。







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