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エッセイは読み物ですか? いえ、飲み物です。

私にとってエッセイは飲み物だし、小説は食事、漫画はおやつ。

ごくごくと喉を駆け抜けるようなシュワシュワとした刺激的なビールであり、こっくりとした優しい色合いの温かいミルクティ。夏の日のばあちゃんちの唸るように冷たい井戸水であり、ちびりちびりと舐めるように飲みたくなる少し値の張るウイスキーのようなもの。

それが私にとっての極上のエッセイ。

さっと手に取って、手軽に美味しさを楽しめるもの。
気負わず誰もが楽しめて、いつでもそこにあるもの。
それがエッセイだな、と最近感じている。
手軽なエンタメ。

同じように小説や漫画、映画やアニメも大好き。
小説は少し構えて時間をかけて咀嚼して、漫画はスナックのように手軽につまんで、映画は環境を整えて美味しくいただく、アニメは家族を集めてみんなでいただくような。私にとってはそんなイメージ。

エンタメは生活する上での必須事項ではないかもしれないけれど、それは私の血肉となり、私を作る一部となっている。

ほとんど食事と等しい。

同じ題材を使っても、別の文章ができたりするから不思議。似たような内容に見えても、読んでみたら全然違ったりするから面白い。言葉の使い方だとか、何に注目しているとか。

プロの作家のエッセイを読んでみると、洗練された言葉遣いが隅々まで行き渡っていて、美しい日本料理を目の前にした時みたいな感動がある。
あまりの自分の文章との違いに、感嘆と絶望と憧憬と感動と、全てがないまぜになった行き場のない感情が溢れ出すようなため息が漏れたりもする。

いつもそういうのを読みたいわけでもなくて、ほっこりしたい時もあれば、しんみりしたい時もある。刺激を受けたい時もあれば、ケタケタ笑いたい時もある。外食がいい時も、カップ麺がいい時も、家でゆっくりしたい時も、ケーキでおなかいっぱいになりたい時もあるみたいに、読みたいものも気分で変わる。

やっぱり、読書は食事だよね。文章は栄養。

読むことが食事に似ているのであれば、書くことは料理をすることに近い気がする。

素材選び、下ごしらえ、調理工程。
手を抜けば、それなりのものしか書けない。書いた文章を美味しいものにするのも美味しくないものにするのも、今は全て自分次第のような気がしている。

味を足しすぎても不味くなるし、薄味すぎても物足りない。何をどう調理するかは好みの問題だけど、せっかく料理するのであれば、できればみんなに美味しく頂いてもらいたい。

色々な物を口にして自分の舌を肥えさせて、好みの味を知り家で再現するように、文章も色々な物を口にして、再現して、美味しく調理できるようになりたい。人様の作った美味しい食事をいただくのも至福の時だけど、自分が作った料理で満足できるようにもなりたい。

私はフルコースのような小説も書いてみたいし、さっと作れる焼きそばのような小説も書いてみたい。誰かと乾杯したくなるようなエッセイも書いてみたいし、じっくり一人で夜長に味わうようなエッセイも書いてみたい。

道のりは長く、ゴールは遠い。


🍻

先の見えないゴールへの道のりは、とにかく喉が乾いて仕方ない。

#創作大賞2024

noteのエッセイ書きたちが、本気を出している。
いや、本気であって欲しい。あの面白いエッセイが本気でなかったとしたら、私は、私は……..!(語彙力)

猛者がわらわらと現れては、私の道なりに面白いエッセイを置いていく。いや、私が自ら読みに行っているということは、この際ひた隠しにしておこう。

面白いって、色々ある。笑えたり関心したり、感動したり。自分にない目線で物事を見ることができたり。

私は毎日文章を書いては、エッセイを読んで喉を潤し、そしてまた書く。最近はそれの繰り返し。

猛者たちのエッセイは、私の語彙力をことごとく奪っていく。せっかくなので語彙力を奪われた感想をお伝えしたい。なんせ創作大賞2024の近くには

#創作大賞感想

なんてハッシュタグがあるんだし。たぶんヤバいとすごいしか言わない自信があるけど。
なんとか少ない語彙力でこの感動をお伝えしたい。


では、公開された順番でご紹介!


何これ!エモ!スキ!やば!
駄々漏れてる心の声がリアルタイムに脳内に流れてくる感じ。文章から聞こえてくるのは心の声なのに、浮かんでくる散歩の映像。考えている内容がまたスキ。多分、私は歩いてる時にはこんなにいろんなとこを見てない気がする。面白い。何見ながら歩いてんの?ちゃんと前見てる?いや、見えてるんだろうな。ちょっと、生ぬるいしっとりした空気の中、散歩してるんだろうな。喉は乾いてそうだけど。ちょっと横で歩いてみたい。
喉越しは生茶。冷たい生茶じゃなくて、ぬるくなったペットボトルの半分飲んだ後のやつ。


泣く。泣いた。全私が泣いた。
思い出した。思い出しちゃったんだよ、あの空気感。私にもあったの。状況は多分全然違うけど、ああいうやつ。なんだろうね、あのカースト制度みたいなやつ。くるくる回されたルーレットが自分に止まらないように、じっと息を殺して生活する感じ。勝手に人をゲームのコマにしないで欲しい。でも、それが時を超えて、少しだけ労われる。そんなことあるんだなって。よかったねって泣いたんだよ。最初は悲しくて泣いたのに、最後はなんで泣いたのかわかんない。
喉越しは麦茶。お母さんが水筒に氷をいっぱい入れてくれた麦茶。体内の水分は涙で出ちゃったから麦茶で補給する。


いやいや、笑うやろこんなの。爆笑しかない。涙でた。
レタスを食べなさいがこんなに面白いパワーワードになるなんて初めて知った。真顔で言いたい「レタスを食べなさい」。何回読んでも面白い。ずるい。ずるすぎる。こんな経験したすぎる。全く不本意な「レタスを食べなさい」が時を超えて人々の癒しになる瞬間。多分、あの占い師は、これを見越して「レタスを食べなさい」って言ったんだと思う。果たしてミーミーさんは、今日、レタスを食べているのだろうか。そればかりが気になって仕方ない。
喉越しは、ビール。レタスを韓国風サラダにしてつまみにして、「レタスを食べなさい」って言いながら、キュッと飲むビール。


コニシワールドへようこそ。
こちらのきのこはやはり幻覚作用があるんだと思った。面白すぎて、勝手に笑っちゃう笑い茸。トリガーは「なんのはなしですか」。どこで出してくる「なんのはなしですか」を待っちゃう体になってるのに、「なんのはなしですか」を忘れちゃうくらいにぐいぐい引き込まれて行くからやばい。突き合うあたりから様子がおかしいのは知ってたけど、ずっと真剣に面白い。ロマンチックってそもそもなんだっけって振り出しに戻らないといけないほど、ロマンチックの欠片もない気がするけど、そんな野暮なことは言わない。多分これが本当のロマンチック。
喉越しはレモネード。甘酸っぱい恋の味。体育館の裏で座って飲みたい。


押し出された。もう負けでいいです。私の負け。
わかる。めっちゃわかる。私も40代だし。生理前後の体調不良めっちゃある。共感しかない。蓄積されていく家事を横目で見ても落ち着いてるから、そこはちょっとごめんなさいだけど。だけど、夫婦の会話が!おもろ!かわい。この夫婦可愛い。「とうとう決意したんだね」とか、なかなか出てこない。ワードセンスありすぎ夫婦。楽しすぎる。いやはや、素敵なご夫婦の会話を覗かせていただき、ありがとうございます。ごちそうさまでした。いや、ごっつぁんです。
喉越しは、焼酎のソーダ割り。本当は日本酒でキュッとみたいなことを言いたいけど、日本酒飲めないからな〜。でも、酔いたい。もう、酔っ払って薄目でいちゃこら見ときたい。


はわわわわ。美味そうが過ぎる。
蛍烏賊の燻製の艶に魅了されつつも、ルビ使いに圧倒される。文章の面白さとヨダレ物の写真たちに翻弄されて、感情が大忙し。しかしいつ見ても美味しそう。ユウスキンさんの燻製はどこで買えるんだろう。一度でいいから食べてみたい。一度と言わず何度も食べたい。でも、美味しそうより面白いが先に立っちゃう不思議。画面の向こうからスモーキーな香りも煙も漂ってこないのに、けむに巻かれた感がある。食べたいが、面白かったにスライドしちゃって満足しちゃうから。このルビって漢字を燻したら浮かんでくるんかな。スキすぎる。
喉越しはやっぱりウイスキー。舌で転がしたい。じわじわと体に沁みてくるこのうまさ。


ちょっと意味がわからない。日記ってこんなに面白いもんだっけ?
改行なく文章が続いてくのに、なんでこんなにするする読めちゃうのかが謎。美味しそうだからか?焼きそばもチャーシュー丼もちくわも、梅酒も、完全メシも。いやはや、だってとろろは飲み物だもの。エッセイが飲み物なんて言ってる場合じゃなかった。飲み物はカレーでもエッセイでもなく、とろろ。ここに答えがあった。新しい発見。やはり人間、色々読んでみないと真実には辿り着けない。人様の日記から、新しい真実を見出す勝手をお許しください。しかし、面白いんだよ。何が面白いって、飄々と語り尽くす詳細。面白いのに超クール。
喉越しはもちろん、とろろ。だってとろろは飲み物だもん。とろろ飲んだ後に、醤油を飲んだらちょうどいい。


優しい。柔らかい。
ダウニーってこんなに柔らかくなったっけ?ダウニーっていい匂いがつくだけかと思ってたけど、心がふわっふわになる。今度からダウニーに変えよかな、うちの柔軟剤。って思っちゃうくらいに優しすぎて泣けてくる。どこかのだれかの心の内をを想像して、どこかのだれかにこれほどまでに人は寄り添えるものだろうか。たぶん、私には無理。こういう人が世界にいてくれるだけで、ホッとする。みんなが私みたいに寄り添えない人間じゃなくてよかったって救われる。ありがとうございます。若干の遠回りをずっとしておいて欲しいくらい、例えが好き。
流石にダウニーが液体だからって自分を柔らかくするために飲んだりはしない。喉越しは、ホットミルク。ちょっと砂糖を入れて、フワッフワのあわあわが乗ってるやつ。


なんだろ、込み上げてくる切なさと可笑しみ。
そして気になる自主規制。薄目で読んだら見えたりしないかなって、白目で読んでみた。全然読めなかった自主規制。そりゃ黒目がなかったら画面は見えんわ。しかし、ゲイバー行ってみたーい。聞いてみたい自主規制。多分、下ネタ耐性なさすぎて、白目になること必至だけど。でも白目になったのは、自主規制だけじゃない。おもろい話から、ズドンと一気に出された答えがカッコ良すぎて白目になった。「ありのまま」が似合うのは、この世の中で、雪の女王とエッセイの女王だなって、よくわかった。
喉越しは、オカマにおまかせカクテル一択。どんな味なんだよ〜。下ネタに反応できなくて、ハートのマドラーをぐるぐるしたい。


落ちてしまった。最後の一文が、ぎゅっと胸を捉えて離さない。
好きも、優しいも、私は本当によくわからない。あなたの言う好きと、私の言う好きも、あなたの言う優しいも、私の言う優しいも。同じ音なのに、どうしてこんなにも違うのか。みんなそれを知ってるはずなのに、上手に確認できないでいる気がする。たぶん私は、その違いを知るのが怖くて確認できないのかもしれない。だって、違うとわかるのが怖いから。私の思う好きより、あなたの思う好きが軽かったらどうしようって。でもそれをこうやって言葉にしてもらえると、もしかすると悩んでいるのは一人じゃないのかもしれないって安心する。
喉越しは、コーヒー。ブラックでもいいし、ミルクを入れても、砂糖を入れてもいい。好きなように、でも一緒に、同じコーヒーを楽しみたい。


楽しい!ワクワク!臨場感!
わかる。子どもとお出かけめっちゃ大変!でも、こんなに楽しそうな息子ちゃんみてたら、なんとか尻を揉んで耐えるしかないよね。がんばれお父ちゃん!しかし、どんだけ尻が大変なことになってるんだろう。いちいち尻の具合が気になりすぎて、色々入ってこないけど。ああ、でもこれってめちゃくちゃいい思い出になるんだろうな〜。多分、一生忘れないよね。親も子も。空気感を一緒に思い出せるような、ラーメンの味も忘れないような、そんな思い出になりそうな電車の旅。いいな〜。お尻痛そうだから絶対自分ではしないけど、なんかいいな〜。素敵だな〜。
喉越しはもちろん、ぶどうジュース。足をぶらぶらさせながら、ホームのベンチで朝の空気と一緒に飲みたい。



ということで、#創作大賞2024 のタグがついていて、最近読んで語彙力と私の書く意欲を奪っていった素晴らしいエッセイたちの感想を勝手に書かせていだたきました。ご紹介させていただきたい作品は正直もっといっぱいあります。

なんで創作大賞のタグがついてないんだよという作品もあったし、今回ご紹介させていただいた方の作品も、そうじゃない方の作品も感想を書きたいものがいっぱいあったんですが、筆が追いつかず。くっ、悔しい……(ばたっ)

(勝手に引用、ご紹介させていただいた皆様、不都合ありましたら修正いたしますのでご連絡ください)

だがしかし、普段のnoteの街も面白いのに、創作大賞が始まったら「祭りだ祭りだ」といろんなところで、ドンパチ、違う、ドッカンドッカン花火が上がってる感じがたまらなく面白い。

まだまだはじまったばかりの創作大賞。

面白い作品はこれからもっと出てくるんだろうな〜。楽しみです。

と、これらの記事に触発されるように、私なりに本気でエッセイを書いてみた。素敵な文章って、人の心が動くんだなって思った。書きたい。うまく書けなくても、今、書けるものを書こうと思って書いた。

猛者たちのエッセイとともに、私のエッセイも読んでください!お願いします!
ちなみに、喉越しはなんだろう?
自分ではちょっとよくわかりません。





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