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好きでもないのに優しくしないでよ

「好きでもないのに、優しくしないで」


きっと彼女の指先は震えて、泣いていて、私はしょんぼりとその光る画面の文字を読む。

彼女とはInstagramで出会い、優しそうな写真と素朴なキャプション、そして読んでいる本に惹かれてコメントのやりとりをするうちに仲良くなった。

いろんな話をした。
子どものころのこと、仕事のこと、今の暮らし、好きな場所。
大人しくて人見知りで、けれどもこだわりの強い頑固なおかっぱの女の子が、今でも彼女の中にはいて、私の中には、腕白に遊ぶけれど本が好きな、よく日に焼けた半袖短パンの男の子がいた。
ときおり、そんな二人が他愛もない、くだらない話をして、とても楽しくて時間を忘れるほど、そんなやりとりだった。

彼女が二十歳をすぎた頃、若いころから病気がちな母親を亡くした。母親の闘病生活に、彼女はいつも不安定で、そんな背景からか、とても繊細な人に育った。

「柊さんと話していると、安心するの」

彼女との連絡は、ほぼ毎日になり、当たり前に「おはよう」から日々の予定、1日の出来事や「おやすみ」までを、自然とやりとりするようになっていた。

彼女は繊細で、いろいろなことに左右され、落ち込んだり不安定になって、食べられなくなったり、眠れなくなったりしていた。
そんな時でも彼女は、
「柊さんと話していると落ち着くの」
と言って、私は他愛のない話を続けていた。

私は薄情者だった。

仕事が忙しくなったり、家族の予定でバタバタしたり、絵を描くことに夢中になったり、本を読みふけったり、彼女にとっての私の存在の大きさなどとは関係なく、自分で自分のご機嫌をとることを優先していた。

彼女はそんな私を疑うようになった。

「私なんてどうでもいいんだよね」
「どうせ私なんて柊さんの家族じゃないんだからアカウント消したら切れる存在だもの」

鋭い言葉が文字で届く。
そして、その文字の奥には、膝を抱えて泣いている幼いおかっぱの女の子が見える。

「ごめんね」と、ゆっくりまた話を聞いているうち、彼女の言葉が柔らかになって。

「ごめんなさい、
  話を聞いて欲しかっただけなの」

話を聞くことしかできないけれど、話を聞くくらいなら、と、そう本当に思っていたけれど、そのうちに、彼女が私を責めることが増えていった。

「どうしてそんなに返事が遅いの?」
「言葉が冷たいのはなんで?」

彼女にとって、私の存在がとても大きくなっていて、心の拠り所となっていることに、気がついていた。

「柊さんが居てくれればいい」

そう言うのに、私といる彼女はどんどん不安定になった。彼女の気が安まるのなら、と話を聞いていたけれど、それとは別に、私は私の暮らしもあって、それはもちろん、彼女にもあったはずなのだけれど、彼女の暮らしはバランスを崩していっていた。

「好きでもないのに優しくしないでよ」


好きってなんだ。
優しさってなんだ。
彼女から見る私は、
ただの偽善者だったのかな。

                               

                                  ※※※※※※


仕事帰り、スーパーへ立ち寄ると久しぶりに会う娘の同級生のママさんに出会った。
「久しぶり」と、出会えば立ち話をする仲で挨拶と少しの立ち話で買い物に戻るつもりだったけれど。

             「柊ちゃんあのさ、聞いて」

息子が今日彼女を連れてくるの。一緒に住むって言うの、年上の彼女みたいで。来週には引っ越すって。

スーパーの入口で、そんな話を聞いてしまった。長いこと話し込んでしまった。

「こんなこと柊ちゃんにしか言えなくて」

「そか、また何かあったら教えてね。
    話くらい聞くから。」

そう言って買い物に戻ったけれど、立ち話の域をこえた内容に、何を買いに来たのか忘れてしまうほどだった。

あれから、どうしただろうな、息子さん。

                                    ※※※※


「おつかれさまー」
学校の参観日の帰りに、駐車場まで歩く間、久しぶりに出会うママさんに挨拶をして、歩く方向が同じで、軽く世間話をしながら車へ向かう。

と、ぽそっとそのママが言う。

「こんなこと、柊ちゃんにしか話せないんだけど…」

今、同居の親と折り合いが悪くて、出ていきたくてしかたなくて。身内の恥をさらすようであれなんだけど…と、ごくごくプライベートな話をしはじめた。余程つらかったのか、聞いているうちに泣き出してしまう。
落ち着くまで、少し話を聞いていると、

「ごめんね、こんな話。柊ちゃんにしか話したことないの、聞いてくれてありがとう。」

少しだけ笑顔になって、そして、いつも通り手を振って帰った。

あれから、どうしているだろう。

                                  ※※※※

話を聞くくらいなら。
それで、あなたの気が安まるのなら。

「そんなのは優しさじゃない。
    中途半端に優しくなんてしないで。」


話はじめたあなたを遮って、
「ごめんね、急いでいるから」
そうやって断ればよかったろうか。
中途半端に、話なんて聞いたのがいけなかっただろうか。


「優しさ」もわからずに。
「好き」の種類もわからずに。

私は、人の話を聞いている。

線を引くなら

どこに。



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