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その絆が愛を変える。『パラレル・マザーズ』スタッフブログ

フォトグラファーのジャニス(ペネロペ・クルス)はポートレイトの撮影で法人類学者のアルトゥロと出逢い、故郷の町にスペイン内戦時代に殺害され埋葬された曾祖父の集団墓地を発掘するのを手伝ってほしいと依頼する。アルトゥロとの間に子供ができたジャニスはシングルマザーのまま病院で出産。そのとき同室になったシングルマザーのアナと連絡先を交換して別れた。やがてアルトゥロと再会したジャニスは娘のセシリアをアルトゥロに会わせると、アルトゥロは「自分の子どもとは思えない」と言う。疑念を払拭するために受けたDNA鑑定の結果ジャニスと娘の間には「生物学的な親子関係はない」との結果が出た・・・

映画『パラレル・マザーズ』

映画『パラレル・マザーズ』スタッフブログ

※以下には物語全体の構成についての考察を含みます。

映画のタイトル的にもこれは二人のシングルマザーの出逢いについての話という印象ですが、実際は少し違う。
冒頭でジャニスとアルトゥロが話す集団墓地発掘についての会話は二人の出会いの単なるフックかと思きや、物語の大きな要素のひとつ。
ジャニスは集団墓地に曾祖父らが埋められた経緯や、一緒に埋められた人たちの名前や写真を詳細にアルトゥロに説明する。ここでフックにしては描写が丁寧だと感じるのですが、それはこの物語には重要な要素だからだ、と後になって気づくことになるのです。

物語の中盤はジャニスとアナのそれぞれの子どもとの関係やジャニスとセシリアの血縁関係を巡る葛藤に重きが置かれていますが、その葛藤はジャニスが一人で抱え込むことで公にならず、物語がどういう方向に向かっているのか掴みにくい印象があります。
常識的には病院や親族に話せばすぐに結論の出る話のはずですが、ジャニスがそうしないのは血縁とはまた別の、セシリアとの絆が断たれるのを避けたい気持ちによるものだろうと思います。

また、アナには女優をしている母がおり、アナの出産と重なるタイミングでキャリアを大きく前進させる仕事のチャンスが巡ってきたが、それはアナを一人置いて地方に巡業に出る仕事。母性が足りないと考えているアナの母親とアナとの葛藤は親子の繋がりと母性の在り方を巡る問題を浮き彫りにしていきます。
アルモドバル監督にとって“母”は重要なテーマであり、二人のシングルマザーとアナの母親とのさまざま関係はその本道をいくパートといえるでしょう。

物語は少々トリッキーというべき中盤の展開があって、後半は再び集団墓地の発掘を巡る物語に回帰するのですが、この二つのエピソードが同じ映画に同居する意味というのか、二つのテーマに親和性があるとはちょっと言い難いと感じるところでもあります。
スペイン内戦後、フランコ独裁が長く続き、ようやく1980年代の初頭になって民主化の達成されたスペインでは我々の感じる“戦後”というものとはおそらく根本的に異なる時代感覚があると思われます。
スペイン内戦はともするとファシズム対自由主義の戦いと認識されがちですが、ファシストの反乱軍に対し当時の政府側である人民戦線を支援したのは西欧のリベラリストとソ連を母体とするコミンテルン(共産主義インターナショナル)であり、実相はむしろファシズム対共産主義の戦いというべきものでした。人民戦線はコミンテルンの実質的な支配下に置かれ、スターリンの意向を反映して自由主義的な思想を持つ“異端”を排除する内紛により瓦解、ファシスト側の勝利で終わる。
歴史的には第二次大戦の端緒となったばかりでなく、戦後の東西対立や資本主義対共産主義という対立構造を世界にもたらした原因でもあるわけですが、スペイン国内においては深刻な国内対立の禍根を残した災厄であり、映画のはじめでジャニスとアルトゥロの会話の中に出てくる「歴史記憶法」は内戦からフランコ独裁による数々の犠牲者に対する公的な贖罪の意味を持つものです。
フランコ時代を実際に経験した監督が内戦の犠牲者に対する想いを大切にしたい心情は痛いほど良く分ります。

物語としての親和性といったものを敢えて超越し、この映画の中に同居させたことの意味は、監督本人でなければなかなか理解は難しいところだと思われますが、注意深く見ると、中盤のジャニスとアナの物語の中にもそれに繋がる要素が見受けられます。
ジャニスの家は曾祖父が「ファランヘ党に虐殺された」ことから明らかなように人民戦線(共和国)側であり、アナの母は上流階級風に見えることで苦労したとか、演じる役は「アカの活動家ばかり」といったセリフがあり、上流階級風に見え(戦後に特権階級=勝利者となったことの証左)、かつ反共思想が窺われることからナショナリスト(反乱軍)側であったことが示唆されます。
ジャニスとアナの出逢いから二人の関係が変転の後に新たな関係に繋がる展開は、人民戦線側とナショナリスト側の家系が新しい関係を結ぶという側面があるのです。

発掘で姿を現したジャニスの曾祖父らの遺体は町からそのまま連行され、墓穴を自ら掘らされた後に処刑されたことを明白に物語るもので、その模様を想像するに実に悲惨なものです。
当初は集団墓地に関心を示さなかったアナが発掘に立ち合い、ジャニスと共に佇む様子は「歴史記憶法」の趣旨に則り、国民和解のためのシンボルとして重要な意味を持つのだと思いました。

エンディングの冒頭にウルグアイのジャーナリスト・歴史家であるエドゥアルド・ガレアーノ(1940-2015)の言葉が掲げられます。
「声なき歴史などない。
焼き尽くし、破壊し偽ろうとも、人の歴史は口を閉ざすことを拒む。」
悲惨な歴史に蓋をすることなく、正しく伝えていくことの重要さを説いたこの一文は、この映画の大きなテーマのひとつを明確に現わす言葉だと思うのでした。

『パラレル・マザーズ』上映情報

2022/11/3(木)~11/24(木)まで上映
11/4(金)~11/10(木)まで
①10:45~12:50
②13:45~15:50
③19:10~21:15
11/11(金)~11/17(木)まで
①15:00~17:05
11/18(金)~11/24(木)まで
時間未定 決まり次第シネ・ギャラリー公式HPにて掲載

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