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「暮れゆく歳」

どうして分からないの
どうしてこんな思いしなくちゃいけないの

嘆く母はそのたび
くるりと背中を向けた

早く大人になりたい
大人になればきっとそんな思いさせずにすむ

幼い自分を責めては
指折り歳を数えた

何色がいいと尋ねられて 蒼い海の色
と答えていられたのは
まだ片手でおさまるほどの 歳の頃
いつのまにか身につけた
母の好きな色を答えれば
背中を見ずにすむ、と

そんな小細工は 結局何の役にも立たず
すれ違うばかりで 私の歳はもう
両手を使っても数え切れない

おまえがしたことはいつか
仕返しされるんだよ、おまえの子どもに

くりかえす母の呪文は
私の内に刻まれて

大人と呼ばれる年頃になって
年老いた横顔を見てはもう 何も
云えることはなく
私はこうして
取り残された記憶を抱きしめる

年老いたあなたは私にかけた呪文など
もうとうに忘れ果てて
親は労われるものだと 私の前に現れる

何の邪気もなく望むままに
かつてあなたが跳ね除けた
私の手のことなど忘れて
あなたは私の前に現れる

あなたはもう 昔を懐かしむ頃になって
私はまだ 癒えぬままの傷をこうして抱えこんで
でももう何も云うまい
風は流れてゆく

それでも一度だけ尋ねてみたい あなたに
愛してましたか
それでも愛していましたか

私は
愛していたよ

―――詩集「家路」より


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