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【ネタバレ感想】サイレントヒル ショートメッセージ【毒親】

 普段あまりゲームの感想を書いたりしませんが、かなり心を揺さぶられた作品だったので記事にしてみたいと思います。

 プレステ5で無料配信されている作品で、サイレントヒルシリーズ完全新作に先駆けて制作された短編作品。無料とは思えないほどストーリーやグラフィックがしっかり作られており、一本の映画を見るようなボリュームがある。

 筆者はサイレントヒルの世界観は大好きだがプレイするのは怖いので実況動画視聴のみでの感想ではあるが、今回かなり思うところがあったと感じる。


母親の虐待によって自己肯定感を失った主人公アニタ

 「どうせ私なんか」と他人からの評価を疑ったり、何かへの挑戦ができず、友人マヤと自分を比較して嫉妬してしまう。

 そういうふうになってしまった原因は母による虐待であった。常に生まなければ良かったと罵倒され続け、クローゼットに閉じ込められたりといった虐待を受けて挙げ句の果てに弟も母によって死亡させられる。

 マヤに嫉妬した行動が自死を後押しするような結果になってしまい、アニタは罪悪感に苦しむ。


虐待は驚くほど自己肯定感が失われる

 筆者が視聴した動画では実況主が「どうしてアニタは自分に自信がないんだろ?気にしなければいいのに」と最後までその理由がわからずにいた。

 毎日のように「お前なんか生まなければ良かった」「言うこと聞かなきゃご飯与えないから」などという言葉をかけられ、ゴミ屋敷という寝る場所しかない空間で生活しているとどんどん視野狭窄が起こる。

 アニタは繰り返し「ママ、ごめんなさい」と言っていたところを見ると強い支配を受けていて母親の言うことが絶対で、それに従えない自分は生きる価値はないと思わされていただろう。

 だから進学なんて母親が気に入らないだろうから挑戦できないし、友達に褒められても母親の蔑める言葉の方が強く感じてしまう。

 何かしようとしたら全て否定、しかも弟も死に至らしめられた状況で自分自身も殺されるのではないかという恐怖もあったと思う。

 こうして何をするにも「どうせ自分なんて」という思考が完成されるのだ。

 自己肯定感を失わせるという虐待は暴力と違って目に見えるものではなく、精神的な暴力または殺人だ。可視化されにくい母親による虐待にフィーチャーしている作品はなかなかない。


不幸は繰り返される

 そんなアニタの母親も虐待を受けて育ったようで、自分こそはそうならないようにすると綴ったメモがあった。毒親になる母親はその母親も毒親である可能性が高い。

 そしてアニタもまた友人に対して支配にも似たような嫉妬の感情がきっかけで最悪の結果を招いてしまった。直接手を下していないものの、本来救える命を放置してしまったのだから殺してしまったのと同じような罪悪感があるはず。

 サイレントヒルシリーズは毎回輪廻転生をテーマにしていて、アニタだけでなくマヤもまた誰かに裏切られるという運命を背負っていた。

 不幸の連鎖は断ち切れないわけではない。本人の強い意思と罪と向き合う姿勢があればその霧から抜けることが出来るのだというメッセージを本作品は伝えている。 


周りの何気ない言葉が人を救う

 アニタはアメリの「服を買いに行って一緒に話そう」という言葉を読んだ瞬間に空が晴れ、元の世界に戻ることができた。ゲーム内の発言から恐らく半年くらいアニタは苦しんでいたと思われる。

 そして今は前向きに生活していると未来のアニタの言葉で締め括られる。

 ゲーム内では繰り返し自死自傷に対する注意喚起と相談窓口の紹介メッセージが挿入される。最初はセンシティブ過ぎる内容からの警告と思わされるが、これはゲーム開発チームからプレイヤーに向けたメッセージでもあると思われる。無料配信にしたのはそういった理由もあるだろう。

 この作品を通して勇気を貰えたプレイヤーも多いと思う。最近は実況動画も増えたので意図せずこのメッセージを受け取った人もいるだろう。筆者もその1人で想像以上に衝撃を受けた。


アニタと同じ人生を歩んできて

 筆者の人生はアニタとそっくりだ。まるで自分の人生を映像化し追体験しているのではと思わされるほど同じ境遇である。

 最初は綺麗だった家の中、徐々に母親が凶暴化し不幸を子供のせいにし始める。ゴミ屋敷化して進学などのチャレンジもさせないようにする。自分に自信が持てなくなって他人からの評価を信じられなくなる。兄弟も亡くなった。
 そして誰かに嫉妬して心無い行動をしてしまったり、母親のようにヒステリックになってしまったこともある。

 筆者も長い間サイレントヒルの世界の中で苦しんで、母親という悪魔と自分自身の罪と戦って抜け出せた。

 個人的に救われたことはとある倉庫作業で働いていた時に今まで全く会話をしなかった人から「明日も来てね」と声をかけられたことだった。それからもいろんな人があなたが必要だと言ってくれた。そう言われた帰り道、涙が溢れて止まらなかったあの夜の空気の匂いさえ鮮明に覚えてる。

 そして一番の治療は母と絶縁したことだろう。未だに母の影に怯える生活は続いているものの、一歩外に出れば賑やかな東京の街。色で溢れた都会の喧騒が前向きな気持ちにさせてくれる。

 毎日笑って生活しているし「どうせ自分なんて」という言葉は今後の人生で二度と発することはない。


 



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