暗闇と声と言の花

目が見えないってどんな感じなんだろう?

それを体験したくて、ダイアログ・イン・ザ・ダークに行ってきた。

一切の光の侵入も許さない、真っ暗闇を体験する90分間。自分が目を開けているのか閉じているのかさえもわからない、完全な闇。

一人で参加して、全然知らない人たちとグループになった。同い年くらいの女性たち3人と、ベトナムから介護実習に来ている若者4人と私の計8人。

視覚障がい者の方が持つ白杖が配られて、アテンドしてくださる視覚障がい者の男性セトさんの案内を聞いた後、光が消える。

暗闇になる時、恐怖に襲われた。本当に何も見えない90分、自分がパニックになってしまうのではないかと思った。一瞬参加したことを後悔したほどだ。

でもすぐに、暗闇の中、明るく楽しく話してくださるセトさんの声に救われた。

見えない中、救いを差し伸べてくれたのは声だった。

白杖を頼りに、他の参加者の肩に捕まったり、手をつないだりして進んで行く。

その時のテーマは「秋のピクニック」みたいな感じで、実際は建物の中で、多分そんなに広い場所を歩いているわけではないのだろうけど、見えないので、本当に草原があり、電車に乗り、小川にかかる小さな橋を渡っている気分になった。

最後に丘に着いた頃、暗闇の中で参加者たちは不思議と親しくなっていた。

セトさんは「星を見ましょう」と言って、参加者一人ひとりにベルを配った。順番にベルを鳴らして行くと、見えない星が見える気がした。

「私は生まれつき目が見えないので、星を見たことがないんです。皆さんが羨ましいですよ」

と最後にセトさんは言った。

きっとプログラムの最後に、案内人はそんなことを言うような決まりがあるのかもしれない。冷静にそんなことを考えながらも、かなりグッときて泣きそうだった。


目が見えない世界に興味を持つきっかけをくれたのは、和田浩章さんだった。


和田さんは、目が見えない人も映画を楽しむためのバリアフリー音声ガイドを書く仕事をしている。

バリアフリー音声ガイドとは、主に視覚に障がいがある方に対して、人物の動作や映像の情景、字幕やテロップなどを音声で伝えるものです。台詞や音楽、効果音などの主音声に加え、映像で表現されているシーンも音声で伝えます。それぞれのシーンをより分かりやすく、リアルにイメージすることができます。

(引用:SONY PICTURES)


数年前、私は和田さん本人を知るより前に、和田さんの音声ガイドに出会い、心を持っていかれたことがある。

あの夏、私は友人とその父と三人で喫茶店でかき氷を食べた後、シネマ・チュプキ・タバタを訪れた。

シネマ・チュプキ・タバタは、目の不自由な人も、耳の不自由な人も、お母さんも、子どもも、
どんな人も一緒に映画を楽しむことができるユニバーサルシアター。

ずっと気になっていた映画館だけれど、詳しくは知らない状態のまま、その日初めて、友人が観たがっていた『海獣の子供』を観るために訪れた。
座席についているイヤホンを「なんだろう?」と思いながら耳につけてみて思わず息をのんだ。

流れてくるのは音声ガイドで、でも私が音声ガイドと聞いてイメージするようなものとは全然違っていた。

私がイメージしていたのは、「花子がドアを開ける」みたいな、ト書きに毛が生えたようなものだった。

でもそこで流れてくる音声ガイドは、映画の世界観に合った詩的な美しさを持ち、目を閉じていても映像と同じ情景が浮かぶような、なんというかもはや「作品」だった。

これは一体なんなんだと戸惑ったり感動したりしながら、私は何度も目を閉じては、優しい声が発する言葉から映像を想像し、目を開けて確認したりを繰り返しながら映画を観たのだった。


あれは数年経った今も忘れ難い体験で、あの音声ガイドを書いた和田さんから今年、夏になる少し前にメッセージが届いた時は驚いた。

和田さんは、近況を伺うようなジャブ的なメッセージをいくつかくれた後、「音声ガイドに関わってみませんか」と、ストレートめなメッセージをくれたのだ。


それに対して二つ返事で「やりたいです」と答えたのは、あの音声ガイド付きの映画体験が忘れられなかったのと、もう一つ。

自分の中で何かがつながった気がしたからだった。


私は2012年から、カンボジア農村部など映画館がない地域の子ども達に映画を届ける活動をしている。

映画からたくさんのものをもらってきた人生だったので、すべての人が映画を観られればいいな、映画を観ることで子ども達の世界が広がればいいなと願いながら、私はこの活動を一生続けていくと決めている。

ただ出産してからもう一つ、個人的なミッションみたいなものができていた。

妊娠中、出産中、出産後、私はとにかく怖くて不安だった。我が子に障がいや後遺症が残ることを極度に恐れていた。

どうして私はこんなにもそれを恐れているのだろうと考えた時、知らないからだと思った。障がいのある子や親がどんな生活をしていくのか、知らないから怖い。
知らない世界は思い描けないし、知らないことはとにかく怖いのだ。

でもどんな障がいがあっても、社会の方さえ受け入れ体制が整っていると知れたなら、何も怖いことなどなかったのではないか。どんな子でも安心して産める、生まれてこられる社会なら。

たぶん今この瞬間も、たくさんの個人や団体の方々が、そんな社会実現のために奮闘しているはずで、私もそこに対して何か役に立ちたい。

出産は母子共に死と隣合わせのような大変な経験だったので、そんなことを思ったのだと思う。それからは、ささやかにそんな団体に寄付をしたりで自分の欲求を満たしてきた。

でももし音声ガイドの仕事ができるのなら、お金とはまた別に、自分の能力で貢献できるなら、これほど有り難いことはないなと思った。

すべての人に映画を届けたくて活動を続けてきた想いとも一致している。


「きっと映画から逃げられない人だと思うんです」と和田さんは言った。

もともと子ども達に映画を届ける活動を応援してくれていた和田さんは、私のブログや書籍などすべて読み、音声ガイドを書けると見込んでくれたようで、とにかく褒めてくれた。嬉しかった。


最初に何も習わないまま、とりあえずアンパンマンの短編映画の音声ガイドを書いてみた。

「こんなに長かったら全然ガイドが入りきらない」と、原稿は真っ赤で返されたけど、やっぱり才能はあると言ってくれた。

その次は、映画『火の鳥 エデンの花』に和田さんのアシスタントとして携われることになった。

手塚治虫の『火の鳥』は、大好きな漫画だ。
小学生の時、家の倉庫で一人読破しながら、果てない孤独に恐怖していた。

あの『火の鳥』の映画にこんな形で携われるなんて嬉し過ぎると浮かれていて、




そして私は和田さんと喧嘩したのだった。



喧嘩というか、とにかく怒られまくった。
「熱量の差を感じざるを得ない」
「収録現場に連れて行けるレベルではない」とか。


え、何?この人超怖いんだけど。
熱量あるんですけど。ていうか今忙しい中、私なりに時間捻出しながら一生懸命やってるんですけど。
ストレスで甲状腺の病気発症した時の上司と同じくらいか、それ以上に怖いんですけど和田。ってなった。


原稿のAパートが褒められた時は少し調子に乗っていて、B Cパートの原稿書き上げて自信満々で送ったら、
「これ、自分でいいなって思う箇所ある?」って返された時も怖かったし傷ついた。


「ないです。3時間くらいで書けると思ってたんですけど、全然時間足りなくて推敲できませんでした。すみません」

なんて言い訳してる自分は格好悪かった。

和田さんの期待に応えられなかった自分と向き合いたくなかった。やっぱり才能ないのかもって思うのはつらかった。

結局和田さんが採用してくれた私の原稿は、
1フレーズにも満たない0.5(だから携わったのは校正だ)。

比較的ぬくぬく生きてきた私に和田さんは厳しくて、正直和田さんのこと嫌いになりそうだった。



でも和田さんから完成された原稿が送られてきた時、圧倒されて、一人で部屋で頭を垂れた。

この道10年、手を抜かずにやってきた和田さんの原稿は、鳥肌が立つくらい素晴らしかった。

同じ映画に音声ガイドを書くために向き合ったからわかる。

あのシーンでも、このシーンでも、
この単語を、この言葉を、絞り出し、紡げることは、尋常じゃない。


和田さん、『火の鳥 エデンの花』は何十回どころか何百回と観てるだろうし、和田さんの作業場の写真を見た時、壁中に火の鳥の絵コンテが貼られて赤字で色々書きこまれていたから、絵コンテもシナリオも読み込んでいたのだろう。


私は『火の鳥』をKindleでダウンロードして読んで満足していたけれど、和田さんは『火の鳥』を何版も買って研究しているし、映画の音楽を担当する村松崇継さんのドキュメンタリーも見たりして、とにかく作品の至るところまで全力で向き合っていた。

映像に合う一つの言葉を考え抜くのに、寝る間も惜しんで途方もない時間をかけていた。


だからこそのこの原稿。



なるほど、私への苛立ちも頷ける。と思った。

結局いくつかの事情が重なり、実力云々は関係なく、収録現場に見学に行くことができたのだけれど、

『火の鳥 エデンの花』の音声ガイドを担当される声優、花江夏樹さんの声が吹き込まれた時、
和田さんの原稿に命が入ったと思った。


この原稿は、花江夏樹さんの声に合わせて書かれたものなのだとわかった。

収録が終わった後、和田さんはスタジオで一人泣いていた。

泣けるほど仕事頑張れるってすごいな。


和田さんもう業界のトップランナーなのに、常に高みを目指しているってすごいな。



と思った。




才能があると言われて浮かれていただけの私ですが、今は音声ガイドディスクライバーの仕事について、勉強が苦手な自分では考えられないくらい勉強している最中です。

日本映像翻訳アカデミー(JVTA)のバリアフリー音声ガイドの講座を受講しているのですが、こんな楽しいことあったんだと思うくらい、学ぶことを楽しんでいる自分に驚いてもいます。


『火の鳥 エデンの花』は、音声ガイドの制作に携わる中、何十回と観たのですが、毎回同じシーンで泣いてしまうし、保育園にいる我が子に会いに行きたくてたまらなくなっていました。  

映像も美しく壮大なストーリーで、子どもと地球を抱きしめたくなるような名作で、今こんな時代だからこそ、多くの人に観てもらいたい映画です。

それから、音声ガイドは、目が見えない人だけでなく、目が見える人も普通に映画館で聴くことができます。

スマホにハロームービーというアプリをダウンロードして、イヤホンを持って行ったら、音声ガイド付きで映画を楽しむことができます。

良い音声ガイドは、映像やストーリーの邪魔をするどころか、目で見た時には気づかないことに気づけたり、見ただけではわからない情報が知れたりもするので、映画がさらに分厚くなる感覚を味わえるのではと思います。
とにかく耳に心地良いのです。

何様かという感じですが、『火の鳥 エデンの花』、たくさんの方に観て、聴いてもらいたいと思いました。

和田さんの魂がこもった『火の鳥 エデンの花』の音声ガイドは、映画公開中、映画館でしか聴けないかもしれないので、耳から映像が飛び込んでくるあの奇跡体験を、この機会に、どうか是非。















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