教来石小織

きょうらいせき・さおり/途上国の子ども達に移動映画館をしています/note有料記事は恥部を晒しているのであまり読まれたくないだけで(でも書きたかった)、何の役にも立たない記事ですすみません。。/センジュ出版『ゆめの はいたつにん』/英治出版オンライン「映画で貧困は救えるか」

教来石小織

きょうらいせき・さおり/途上国の子ども達に移動映画館をしています/note有料記事は恥部を晒しているのであまり読まれたくないだけで(でも書きたかった)、何の役にも立たない記事ですすみません。。/センジュ出版『ゆめの はいたつにん』/英治出版オンライン「映画で貧困は救えるか」

    最近の記事

    父親と幽霊

    子どものための教材づくりに日々奔走しているなおちゃんが、 取材と称して再開の機会を作ってくれて、 その帰りになおちゃんと息子と三人でタクシーに乗っていた。 出会った時からなおちゃんは明るくて楽しくて面白くて、 だからこちらも笑顔になって、毎回お腹を抱えて笑ってしまう。 生後七か月の息子もなおちゃんに懐いて、 タクシーの中ではなおちゃんの腕の中でスヤスヤ眠っていた。 息子が初めて長期間の下痢になり、 お尻かぶれがひどいことになり、 病院で処方された薬を塗っても悪化するばか

      • たとえば誰かが誰かを殺したなんてニュースを見た時、 きっと表面だけではわからない、 何か事情や理由や背景があったのかなと思うけれど、 だから一概に悪とは決めつけられないんじゃないかななんて思ったりするけれど、 子どもを殺すことだけは、 どんな事情や理由や背景があったとしても、 悪でしかない。世界で一番やってはいけない。 すべての武器が無効になって、すべての狂気が消え失せて、対話することしかできない世の中になればいいのに。

        • 美しきバケモノの夢のはなし

          私は「世界中の子ども達に映画を届けたい」と、ただそれだけを思っている人で、恥ずかしながら何か深い知識があるわけではない、吹けば飛ぶような薄っぺらい人間だなと思う。 そんな私が立ち上げた活動に厚みと自信を持たせてくれて、「国際協力」のひとつと呼んでも良いのかもしれないと思わせてくれる人がいて、その名を近藤碧(こんどう・みどり)、あだ名をこんちゃんという。 こんちゃんに初めて会ったのは、もう何年前だろう。3年か4年か5年前か忘れたけれど、場所はたしかサンマルクカフェだった。

          • 幸福

            夫とはたぶん仲が良いのだけれど、もちろん時には喧嘩をすることもある。 かつては喧嘩して家を飛び出して、カプセルホテルで一夜を明かしたこともある。 子どもが産まれてから喧嘩はほとんどしなくなったのだけど、 新型コロナウイルスの、無症状でも感染してるかもしれないという特徴は、人と人を分断させるのに充分な効力を持っていて、私たちも見事やられた。 仕事で外に出る夫のコロナへの警戒は割かし緩く、 家に引きこもり赤子と暮らす私のコロナへの警戒は割かし強く、 コロナへの相反する

            感銘

            石岡瑛子さんのことは最近まで知らなかった。 通りがかりの美術館に珍しく行列ができていて、展覧会「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」が大盛況であることを知り何者なのかと興味を持った。 石岡瑛子、世界を舞台に多岐に渡り活躍したアートディレクターでありデザイナー。タイムレス、オリジナル、レボリューショナリーという三つのテーマがデザインの根幹にあるという。 コッポラやマイルス・デイヴィスらにもその才能を欲された日本人。彼女の回顧展に並んだ作品一つひとつが余すことなく唯

            傷跡

            昨年の三月、箪笥に洋服をしまおうとした時に、引き出しで手の甲をうっかりピッと傷つけた。 何気ない時に傷ついた、その傷跡が未だに消えない。 年を取ると傷の治りが驚くくらい遅い。 もしかしたらもう一生消えないのかもしれない。 心の傷もそうだろうか。 年を取れば取るほど傷跡が消えることはなく、もしかしたらもう、一生消えないのかもしれない。 一生消えないことを受け入れて、傷跡と共に生きるしかないのだなと。 年を重ねるということは、いくつもの傷跡も共に重ねることなのだなと

            NPO代表としては致命的なのだけど、「寄付をください」「会員になってください」というのが滅法、地球がひっくり返っても得意になれないであろうレベルで苦手なわけで。 思えば学生時代にスーパーで試飲してもらう日雇いバイトをしていたときも、担当していたのが新発売の、ちょっと高めの牛乳だったので、試飲してもらった人になんだか申し訳なくなって、 「いや試しに飲むだけで買わなくていいですから」という、完全に営業妨害をしていた最低なアルバイトだったわけで。もちろんそのバイト先から二度とお

            感想

            有難いことに、高校や大学などでお話させていただく機会が増えてきました。 毎回生徒さんからうれしい感想をいただき胸がいっぱいになるのですが、最近いただいたインドネシアからの留学生の女の子のメッセージには目がうるみました。 「私はインドネシアのカリマンタン島のバンジャルマシンという街に住んでいました。子どもの頃はその町に映画館がなかったです。その時は映画を海賊版でしか見る手段がありませんでした。 10年前についにできたのですが、今でも一つしか映画館がないです。その映画館は料

            人生が変わった旅があるとするならば

            人生が変わった旅があるとするならば、私の場合は7年前のこの季節。 カンボジアの学校で映画を上映し、それを観ている子ども達を見た旅だ。 カンボジアに旅立つ前は、日常と絶望の間のような場所にいて、カンボジアで子ども達に会ったら、彼らに映画を上映したら、何かが変わるのではないかと信じていた。 とても自分勝手に、ひとすじの希望を賭けたような旅だった。 子ども達の笑顔を浴びて、アンコールワットで朝日を浴びて、トゥクトゥクで滑走し風を浴びて、バックグラウンドも年齢も違う仲間達と、遅

            観音菩薩

            「カンボジアの子ども達に映画を届けたい」と思った2012年のあの日から、たぶん駆け抜けてきたのだ。 無我夢中で、自分のキャパシティなど度外視で疾走してきたその傍らで、置いてきたものや見失ってしまったものもたくさんある。 忙しいことを理由に、無礼なことや最低なこともたくさんしてきたと思う。 それらはどこかで「心残りなこと」になっていて、時間ができると思い出し、胸がギュッと締めつけられたり、自己嫌悪に苛まれたりするのだ。 ワイ田くんのこともそうだ。 ワイ田くんは、職場の

            つづく災害に心と財布がもたない自分が不甲斐ない。不甲斐ない私にできること。

            生まれて38年ほど経つけれど、初めて「台風って怖いんだ」と思った。 東京近郊に住んでいると、台風といってもちょっと雨が強くなるくらいで、最悪電車が止まるくらいで、死の危険など感じたことはなかった。 でも台風19号は違った。 直撃の前日にイトーヨーカドーに行くも、時すでに遅し。 防災グッズや水やカップ麺は売切れていて、レジには長蛇の列が並び、人々は殺伐としていた。ニュースでは「死者8000人規模?」なんて言われていて、今死ぬ可能性があるかもしれない場所にいると知った。

            スクリーン

            雪の日の思い出 初めてカンボジアで移動映画館を行ったのは2012年の秋で、その時のスクリーンは私のベッドのシーツだった。 それがちゃんとしたスクリーンに変わったのは、藤枝さんにお会いしてからだ。 活動開始2年目に恵比寿で行った団体の報告会に藤枝さんは来てくれた。お世話になっていた方が紹介してくださったのだ。 しどろもどろ活動報告をする私を、前から三列目の左側の席からニヒルに笑いながら見ているロマンスグレーのダンディな人がいて、それが藤枝さんだった。 藤枝さんは株式会

            夜11時に家を飛び出るような恋がしたい

            うちに遊びにきた17歳の男の子と夫が、リビングでボードゲームをしながらダラダラと話していた。 「おまえはいいよな。これから恋とかいろいろできるから」 「えー。でも恋って、女の子と付き合ったことあるけどこんなもんかって感じでしたよ」 「バカだなぁ。それはまだホントの恋を知らないんだよ」 「えー。ホントの恋ってどんなのですか?」 んー…としばし夫は考えて、 「夜11時に家を飛び出るような恋だよ」

            有料
            100

            大丈夫

            小柄で華奢で、妖精みたいなサワサワした声で話すまほちゃんという女の子がいる。 まほちゃんは、やわらかくてあたたかい光の写真を撮る。 まほちゃんが一緒にカンボジアに行って撮ってくれたたくさんの写真は、今でも団体の看板写真になっている。 数年前、カンボジアの学校の校舎裏で、メンバーに怒られた私が牛を見ながら泣いていたことがあった。ちょっと離れたところで「カシャッ」という音がして、見るとまほちゃんに写真を撮られていた。 見つかったけど、絶対出て行かないぞ。涙が渇くまでずっと

            睡蓮

            アンコールワットの西参道を修復している三輪悟さんの元をたずねたときのこと。 三輪さんが楽しそうに、「彼はとても器用でね、ちょっとした特技があるんです」と、スタッフのカンボジア人男性を紹介してくれた。 彼はとても優しく美しい声の持ち主で、ニコニコしながら睡蓮の花を持っていた。それから睡蓮の茎を裂いて、また裂いてを繰り返し、説明が難しいのだけれど、彼はつまり睡蓮の花のネックレスをつくったのだった。 「ポル・ポトの時代によく作っていたそうですよ」とサラリと言う三輪さん。 ポ

            アンコールワット

            完成までに途方もない歳月がかかる壮大なもの、たとえばサグラダファミリアだったりピラミッドだったり、自分が生きている間に完成には決して立ち会えないと知りながら、その建築に携わる人たちの気持ちはどんなものだろうと思いを馳せたことがある。 切なさや虚しさを感じることがあるんじゃなかろうかとか思っていたけれど、三輪悟さんを見ていると、その答えがわかる気がするのだ。 三輪悟さん。上智大学アジア人材養成研究センターのフィールド所長として、暑いカンボジアの地で、アンコールワットの西参道