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第一章 初めての土地で単身出張、二泊三日の場合③

⇩ 前回<第二節 食事のお店選び>はこちら

第三節 いざ、店内へ

 こはる日和さんの扉をいよいよ開いて店内へ入るにあたり、初めてのお店で扉を開く作法についてお話しておかなければなりません。扉は横開きです。この場合扉の向こうに誰かが居り、その人物に扉が接触するトラブルは起こり得ないのですが、冬の場合、外気が店内に入り、先客等が不快な想いをする事を想定する必要性があります。又、夏の場合、店内の冷気が外に逃げ出し、又、外部の高温多湿の空気と共に蚊を始めとした各種昆虫類が侵入するリスクがあります。万が一、食事などに昆虫類が混入した場合のダメージを鑑みますと、ここはやはり必要最低限の幅で扉を開くのが最善でしょう。かといって数センチしか開かない場合、不審者が覗いている様にも見え、不要なトラブルの基となります。開口の推奨幅は25センチから30センチメートル程度と思われます。この幅ですと店内からも顔が視える上に、服装等の様子から、貴方が不審者では無いという判断を店側がし易いと思われます。
 さていよいよお店にかける第一声ですが、「ごめん下さい」という丁寧な挨拶はここでは避けた方が無難です。丁寧すぎる挨拶は各種のセールスマンを思わせ、却って先方に警戒心を与えます。ここで強く推奨しておきたい便利な日本語を紹介します。それは「すいません」です。「すみません」も悪くないのですが、最もポピュラーな声かけの言葉として、日本人が生涯で最も多用する文言であろうと思われる魔法の言葉です。勿論ここで念の為申し上げておきたいのですが、仮に貴方が何も先方に悪い事や不利益を与えていないとしても、そして例え先方が暇の極みで指のささくれを剥いていたとしても、お忙しい貴方を煩わせて申し訳ないという意味で、すいませんと一応言っておく事が美徳とされています。

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 しかし「すいません」のみでは扉を開けた意図が先方には解りかねます。そこですかさずその後、「初めてですが大丈夫ですか?独りなんですけど。」と来意を伝えましょう。これで入店に伴う店側が知りたい情報が全て入っています。この「ひとり」の部分は、「一人」では無く「独り」という気持ちを込めて言うと先方の感情に哀れみが生じます。貴方の表現力が試される場面ですが、最高の雑居ビルを探し当てた貴方ならそう難しくは無いでしょう。

 こはる日和さんは十五坪程の店舗の様です。向かって左側にカウンターが逆L字型に設置され、妙齢の女性がカウンターの向こうで微笑んでくれています。奥の方にキッチンがある様でそこからは壮年らしい男性の声がして、二人で声を合わせて「いらっしゃいませ、どうぞ空いてるお席の方へ」と案内をしてくれました。往々にしてL字カウンターにはその字の通り、長手方向と短手方向で構成されており、そこが独り呑みをする貴方にとっての戦場となります。こはる日和さんの場合、短手に2席、長手に5席の布陣となっています。右手手前にはトイレがあり、その向こうにトイレの幅の空き空間に1テーブル4人掛けが設置されています。つまりこのお店は7+4、十人程度で満席になるこじんまりとしたお店であると解りました。現在のメンバー構成は短手の一番奥に女性が座って居られます。その横にはそのパートナーらしき男性が座っています。そしてカウンターの角を曲がって1席空いています。その向こうには仲の良さそうなご婦人が二人、そして最後に1席空けてカウンターの一番奥には還暦を過ぎていそうな、老齢に差し掛かった紳士が座っています。この場合、空いている席はカウンター最奥の一個手前の老紳士の隣か、一番出入り口に近い手前の席という事になりますが、ここは無難に手前の席にしておきましょう。座る際には隣席に魔法の言葉「すいません」を駆使しながら座ると良いでしょう。

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 ここでワンポイントアドバイスです。こういったカウンターのお店における座席位置に関してですが、ある種の暗黙の了解が有ります。先ず短手の二席は良くカップルゾーンと呼ばれています。女性が奥に座って頂く事によって、外敵(不遜にも女性にちょっかいをかけようとする様な不埒な輩)からの侵略に対し、女性を守り易いという、心理的安心感を得やすい為、女性をデートに誘う男性はお店の予約の際にここを指定しがちです。逆にカウンターの一番奥に関してはこの店の顧客の中で重要人物、つまり創業時からの長いお付き合いのある重鎮や、お店の店主と個人的に付き合いのある様な人物が布陣する事が多いと考えられます。又、その様な方はタイムカードに縛られる事が少ない為、一番最初に店を訪れて最奥に座し、近況報告等をしながら今後の店の在り方等を相談する事も多いと考えられます。カウンターの真ん中付近は料理を提供し易く、又、総菜等が置かれている場合、一番良く品物を観る事が出来るので、食事を愉しみたい方には一番人気の席です。
 そういう意味で貴方が選択した長手の一番手前の席は新規顧客の貴方には最適なポジションであると言えるでしょう。ルーキー席、若しくはチャレンジ席に座った貴方の的確なチョイスに、お店の中も有効的な雰囲気が漂い始めました。店主の女性の方が貴方におしぼりを手渡しながら、「ようこそお越しくださいました。最初に何を御呑みになられますか?」と尋ねられます。いよいよ第四節では注文、そして食事について論じていきます。

<第4節へつづく>

⇩ <序章>及び<目次>はこちら


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