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北条義時と政子のクーデター

2022年9月25日、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』第37話「オンベレブンバ」が放送されました。

大河ドラマ史上、たぶん初なのではないかという全文カタカナのサブタイトル。それに加えて、そのカタカナがなんの意味なのかが前回の放送直後からSNSで話題となっていました。

しかし、まさかの大姫(演:南沙良)が残した真言の言い間違いとは全く思いませんでした。

そんなのどかな話題(?)を織り交ぜながら、鎌倉幕府の幕府内で起きた謀反としては初めて京都まで飛び火した「牧氏事件」が始まろうとしております。

時系列では

1205年(元久二年)6月22日 畠山重忠の乱
1205年(元久二年)閏7月19日 牧氏事件

となっているので、畠山重忠の乱からちょうど2ヶ月後のことですね。

それでは参ります。

ハブにされまくる時政

畠山重忠の乱の後、その論功行賞を尼御台(政子/演:小池英子)が行ったことは前回のエントリーで書きました。なおかつ『吾妻鏡』によれば、これ以後、実朝が成長するまでは以後も尼御台が行うように取り決められたとのことです。

これは義時(演:小栗旬)時政(演:坂東彌十郎)を政(まつりごと)から排除するための苦肉の策でした。

鎌倉殿を補佐するのが執権の役目。それを「合法的にないがしろにする」ためには、それを上回る権威ある存在の力が必要でした。

執権を超え、なおかつ御家人を自然と畏怖させる存在となると、義時には尼御台しか選択肢がなかったと思われます。

畠山重忠(演:中川大志)討伐は鎌倉殿(実朝/演:柿澤勇人)の命令でなされたことですが、そう仕向けたのは時政であり、重忠が冤罪であったことは御家人の中では周知の事実でした。

その上で論功行賞まで時政にさせては、ますます御家人の不満がたまる。
そこで尼御台を利用することを考え、鎌倉殿が成人するまでという条件付きでそれを実行に移しました。

義時の読みはあたり、御家人の訴状はすべて尼御台宛に送られるようになりました。こうして時政は合法的にハブられていきます。

ダークヒーロー義時

前回、義時は、畠山義忠の乱は讒言であり、その原因を稲毛重成(村上誠基)にかぶせ、なおかつそれを時政に見殺しにさせるという謀略を用いました。

その結果、時政は御家人の信用を失いました。

時政は尼御台から政治権力を取り戻そうと二階堂行政を使って、裏工作を行いますが、行政が義時に相談したため、全部露見します。

義時「これで最後にしていただきたい。以後、訴訟は尼御台が裁かれます。ご自分の引き際をお考えください」

時政「父親に向かって……よう、そんなことが言えるな」

義時「父親だ、か、ら、申しておるのです」

時政「……」

義時「身内でなければ、もっと手荒なことをしておりました」

時房「兄上」

義時「しかし断っておきますが、この先はわかりません……父上の出方次第では……梶原殿や比企殿……畠山殿と同じ道を歩むことに他なりません

『鎌倉殿の13人』第37話「オンベレブンバ」6:06から

義時が父を政務から遠ざけたのは、自らの引き際を自分で決めてほしいという子としての願いでした。

しかしまだ権力にしがみつき、それを取り戻そうとするなら、謀反の疑いをかけて武力で父を滅ぼすことも同時に匂わせています。

完全にダークヒーローに堕ちていますね。

阿野時元

今回のニューキャラクターは全成の子・阿野時元です。

阿野時元(演:森 優作)
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阿野全成には四人の男子がいましたが、母親が阿波局(実衣/宮澤エマ)なのが明らかなのはこの時元だけです。

彼が実朝の側近となり、これまで側近とし動いていた北条(江間)泰時(演:坂口健太郎)は配置換えで義時の側近に異動しました。

時元もまた不幸な運命の持ち主ですが、それは後々わかってくるでしょう。

義時、大江広元にタメ語

前回の同様、義時が大江広元(演:栗原英雄)にタメ語を使うシーンがありました。

義時「この先、執権殿はどうでる?」

広元「御家人たちの気持ちを引き戻すには難しいでしょう。それはあのお方もわかっておられるはず。だとすれば……」

『鎌倉殿の13人』第37話「オンベレブンバ」13:04から

ドラマでは全く触れておりませんが、この時の義時の官位は従五位下 相模守。広元の官位は正五位下です。位階では広元が上です。

また、広元は政所別当(政務責任者)ですが、義時はすでに形骸化した「13人」の1人でしかありません。

官位でも職務でも義時の上席に位置するその広元が嫌な顔ひとつせず、平然と応対しているということは、すでに広元は義時を執権という目で見ていることに他ならないでしょう。

牧の方の陰謀

時政が政から外されたことが許せない「りく」(演:宮沢りえ)は、ある謀略を立案します。

りく「実朝様にも鎌倉殿を降りて頂きます」

時政「なに?」

りく「そして、我が婿殿に後を継いでもらうのです」

時政「平賀殿に?」

りく「あの御方も源氏の血筋、何もおかしなことはありませぬ。政子から力を奪い取ってしまうのです。そして平賀殿の後はきく(りくの娘)が産んだ子が継ぐ。そうなれば私たちは鎌倉殿の祖父と祖母」

時政「そうなるな……」

りく「なりゆきによっては、政子と小四郎を討つことになるかもしれません……その覚悟はおありですね?」

時政「……」

りく「むこうも同じことを考えているかもしれないのですよ。きっと政範の魂が見守ってくれています。志半ばでこの世を去ったあの子のためにも、なんとしても成し遂げてくださいませ」

『鎌倉殿の13人』第37話「オンベレブンバ」13:33から

これが歴史事項でいう「牧氏事件」の発端です。ちなみに『吾妻鏡』にはもっとエゲツないことが書かれています。それは実朝の暗殺です。

牧の方が、謀事を企み、平賀朝雅を関東の将軍にして、今の将軍家を殺害してしまう噂が流れました。

『吾妻鏡』元久二年閏七月十九日

一方、慈円(演:山寺宏一)の『愚管抄』にも次のような記録があります。

さて、東国でまた実朝を討ち殺して、平賀朝雅を大将軍にしようという話を聞いて

『愚管抄』

東国と京の二か所でおなじような記述があるということは、この「事象」だけは事実だと思われます。ただ、どうにも不可思議なのですが、なぜ、これを牧の方が企てなくてはならないのかがわかりません。

畠山重忠に謀反の罪を着せて謀殺するということは、嫡子・政範(演:中川翼)の子に畠山重保(重忠の子/演:杉田雷麟)が関係していたことからの逆恨みと武蔵国の完全支配を企む時政の思惑が重なってのことなのは理解できます。

しかし、ここで実朝を暗殺して、娘婿の平賀朝雅を将軍にして、いったい牧の方になんの得があるのでしょうか?

この点について京都女子大学名誉教授の野口実先生は自著『北条時政』でこう書かれています。

畠山重忠の乱で生じた反北条の状況を挽回するため、時政と牧の方の取った方策は院権力の助力得ることであった

野口実『北条時政』(ミネルヴァ書房)P156

野口先生の説によれば、畠山重忠の乱で御家人の信を失った時政の執権権力を補完するため、院の後ろ盾を得る必要があった。そのため、京都守護であり、院の近臣の一人になりつつあった平賀朝雅(演:山中 崇)を呼び戻して将軍につけようと考えたということになります。

これはこれで筋が通りますが、実朝を殺害する理由にはならないと思います。また実朝殺害は『実朝』の名付け親である後鳥羽院への謀反と受け取られる可能性もあるのではないでしょうか。

これらを総合的に考えると、時政と牧の方が平賀朝雅を将軍に据えようとするのは当人たちの願望であり、朝雅も含めて、そこまでのネゴシエーションができていたとは考えにくいかなと思います。

ドラマでも京都で朝雅と中原親能(演:川島潤哉)が話しているシーンからもそれが伺えます。

朝雅「今日、執権殿から文が届いた……こんな時にワシは鎌倉殿にはなりとうはない。恐ろしすぎるわ」

親能「では……」

朝雅「乗る訳がなかろう!……」

親能「それがよろしいかと……」

朝雅「鎌倉でこの先、何が起こるか全く読めん……1つ手を間違えると命取りぞ」

『鎌倉殿の13人』第37話「オンベレブンバ」21:05から

しかし、そこに政子と義時が共謀して「実朝暗殺」の話をくっつけることで、時政と牧の方を「合法的に排除できる」と考えたのではないのかなと。

そう考えると、この企てが牧の方の手によるものとは考えにくいというのが私の考えになります。

話をドラマに戻します。

また利用される三浦義村

「りく」は三浦を味方につけることを時政に支持します。時政は三浦義村(演:山本耕史)を呼び出して説得にあたります。

時政「実朝は鎌倉殿には向いておらん……大人しすぎて、あれでは回りの者が調子に乗るばかりじゃ……」

義村「威勢が良すぎて、潰れていった御方もおりますが」

時政「善哉はいまいくつだ?」

義村「6つになられました」

りく「執権殿は善哉様を鎌倉殿にと思っておられます」

義村「頼家様がおられれば、涙を流して喜んだと思われます。しかしながら、善哉様はまだ幼うござる。そこは、どのようにお考えで」

りく「善哉様が元服されるまで、他の方を鎌倉殿にと執権殿は思っておられます」

義村「……どなたを?」

時政「平賀朝雅殿……」

りく「今は京にいる我が婿……」

義村「……なるほど」

時政「力になってくれんか……」

りく「実朝様を引き摺り下ろし、平賀殿を鎌倉殿に……」

時政「その後は善哉……」

『鎌倉殿の13人』第37話「オンベレブンバ」15:50から

実朝が「鎌倉殿に向いていない」と時政が言うのは、実朝が元来病弱なのが原因とも言われています。

それはともかく、時政は、義村が養育している二代将軍頼家(演:金子大地)の遺児・善哉(長尾翼)を鎌倉殿にする意向を伝え、成人するまでを平賀朝雅に鎌倉殿代行にするという案を披露します。

筋道としてはわからんでもないですが、時政および牧の方の頭の良さをすでに知っている義村としては、善哉を餌にした謀反同然の企てとしか思えなかったでしょう。

ちなみに後の世の話になりますが、鎌倉幕府五代執権・北条時頼が病にかかって生死を彷徨っていた際、執権を継ぐべき嫡子・時宗がまだ幼いため、北条一族の北条長時(極楽寺流北条氏/義時の孫)に執権を「眼代」として継がせました。その時、時頼は時宗の成人時は執権職を戻すように遺言したと言われます。

これと同じことを時政はやろうとしたのですね。

「鎌倉殿」の要件

義村はこの時政の要請に含み笑いをこらえつつ、承諾します。
後日、義村は弟・胤義(演:岸田タツヤ)を連れて時政と具体的な内容を打ち合わせた後、事の次第を全部義時に明かしてしまいます。ま、やっぱりなと思いましたが。

義時「父上も愚かなことを考えたものだ……」

義村「どうせ、あの女(りく)の手引きだろう」

義時「それにしても(苦笑)……平賀殿というのは」

義村「正気の沙汰ではない」

義時「よく……また裏切ってくれたな……礼を言う」

義村「……執権殿は嘘をついた。平賀が鎌倉殿になれば、もう善哉様の目をはない」

『鎌倉殿の13人』第37話「オンベレブンバ」29:55から

義村が「正気の沙汰ではない」と言うのは、「鎌倉殿」に求められるものが、義時や御家人と、時政や「りく」とでは違っているから言える言葉だと思います。

鎌倉殿とは、河内源氏嫡流の血統を受け継ぐ源頼朝(演:大泉洋)こそにその権威が発生し、その血族が頼朝の権威を継承する事で東国支配権を朝廷から認められているのだと私は理解しています。そして頼朝と主従関係を結んだ御家人との御恩関係も同じく世代を超えて継承されていくものです。

しかし、ドラマの中の時政や「りく」は、幕府内の政治権力を取り戻すために、自分達の都合の良い源氏の血族を将軍に据えようと考えているにすぎません。

実朝亡き後、摂家将軍を京都から迎えることになりますが、その際も頼朝と同じ血をひく(同母妹)坊門姫の血族である三寅(後の藤原頼経)が選ばれています。

つまり、本当の意味で鎌倉殿に必要な要件は「頼朝の血族」なのです。

尼御台は頼朝の血族ではありませんが、頼朝の未亡人、そして二代将軍、三代将軍の生母というポジションで権力を行使しています。ある意味、鎌倉殿を超越した存在と言えるかもしれません。

義時の陰謀

すべての話を義村から聞いた義時は「俺は何も聞かなかったことにする」と言い、義村には時政の指示通りに動いてくれと依頼しました。
義村はこれを承諾します。
これは全幅の信頼がないことできないことです。

この時、義時はこの状況を利用することを思いついたのだと思います。
それが政子のとの会話で出ています。

義時「父上には、誰の目にも明らかな謀反を起こしてもらわねばなりません。さもなくば我ら(政子と義時)が信を失います。それゆえ暫く泳がせておくことに…..」

『鎌倉殿の13人』第37話「オンベレブンバ」30:52から

野口先生は、畠山義忠の謀反が冤罪であることは時政の権威を失墜させましたが、同時に大将軍として義忠を討った義時にも御家人から批判が向いていたのではないかと指摘されています。

それは時政と義時が同じ北条一族だからであり、実の親子だからでしょう。

今回の時政謀反を鎮圧することで、時政を「合法的」に失脚させるには、この企てをギリギリまで進めさせる必要があった。そこまでやることが政子と義時の幕府内での権威の補完に他ならなかったと考えます。

正解はナレーション(笑)

義時が時政の企てを政子に話しているところに、突如、時政が現れました。
時政は、伊豆から美味い酒が届いたので、皆で一緒に飲もうと言い出し、その場で宴会が始まりました。

その宴会の最中に時政は謎の呪文を唱え始めます。

時政「オンベレブンビンバ……オンベレブンビンバ…….」

『鎌倉殿の13人』第37話「オンベレブンバ」32:16から

義時は離れたところで一人で飲んでいて、時房(演:瀬戸康史)は時政の隣で笑っています。実衣は「いよいよおかしくなったのでは?」と訝しんでいます。
とうとう政子が尋ねました。

政子「なんて言ってるんですか?さっきから」

時政「忘れたのか?大姫が教えてくれた呪い(まじない)じゃ。これを唱えるといいことがあるってな…..オンベレブンビンバー」

『鎌倉殿の13人』第37話「オンベレブンバ」32:32から

しかし、実衣が「そんなんじゃなかったわよ」と言われ大喜利状態に(笑)

政子「ウンダラホンダラゲー」
義時「ピンタラポンチンガー」
時房「プルっプ…..(政子によって強制停止)」
実衣「ボンタラクーソワカー」

最終的に実衣が唱えたものが正しいということになったのですが

ナレーション「正しくは『オン・タラク・ソワカ』である」

『鎌倉殿の13人』第37話「オンベレブンバ」34:12から

というナレーションが冷静に訂正を入れるシュールな展開となっています。
余談ですが、この大姫の呪い(まじない)は、虚空蔵菩薩の真言

「オン バザラ アラタンノウ オン タラク ソワカ」

の後半部分をのみを独立させたものっぽいですね。

陰謀実行

和田義盛(演:横田栄司)の屋敷を訪れていた将軍実朝は、三浦義村によって義盛の屋敷から強制連行されました。妙な引っ掛かりを感じた八田知家(演:市原隼人)が後をつけていくと、それは将軍御所の方角ではなく、名越の館(時政の館)に向かっていったのです。

知家は義時と政子に報告すると、義時は知家に出兵準備を指示しました。

また時房にも三浦から連絡があり、実朝が時政の館に監禁されていることが伝えられ、時政が実朝を誘拐したのは確実となりました。

義時は、時政自身がこの企てが失敗することを見越していたのだと政子に伝えます。だから北条一族で昼間宴会をしたのだと。りくの言う通りすれば必ず行き詰まることがわかっていて、あえてその道を選んだのだと。

ここで、義時は泰時に言います。

義時「太郎……」

泰時「はい」

義時「なぜ、お前をなぜ側に置いたのかを教えてやる。父の覚悟を知ってもらうためだ」

『鎌倉殿の13人』第37話「オンベレブンバ」39:37から

ここで義時は父・時政を謀反人として討ち取ることを決意を固めたのでした。

平姓畠山氏から源姓畠山氏へ

今回の放送回には、本編とは関係のない、畠山重忠の後日談的なエピソードが入っていました。

ドラマでは畠山重忠は、鎌倉への出陣の際に、自分の所領をすべて妻・ちえ(福田愛依)に譲っていたことが明らかになりました。

今回、それを受けて、尼御台より改めて本領を安堵する書状が出されました。ちえはそれを拒否します。それは重忠が謀反人だからです。

しかし政子は驚くべき一言を放ちます。

政子「重忠殿は謀反人ではありません」

『鎌倉殿の13人』第37話「オンベレブンバ」18:16から

この時の尼御台は将軍後見職であり、幕府最高の実力者です。
その存在が重忠は謀反人ではなかった。あれは冤罪だったと公式に表明したことになります。

それは重忠を謀反人として討てと命じた実朝の判断の誤りを糺すためでもありました。しかし、彼女の身からすれば、そんな話は聞きたくないでしょう。

ドラマでは畠山重忠の妻の再婚先は一切触れられていませんが、源氏の一門・足利義兼の長男(庶長子)である足利義純と言われています。

義純は長男ですが母の身分が低く、足利家の家督継承者とはなり得なかったため、祖父の兄である新田義重の手によって養育されました。

その義純がどういう経緯で重忠妻と結婚することになるのかの詳細はわかりません。

しかし、義純は新田義重の孫とすでに結婚しており、子供まで作っておきながら義絶してまで重忠妻と再婚していることから、この婚姻には北条家の事情が絡んでいるのではないかと思われます。

義純と重忠妻の間に生まれた三男は畠山の名跡を継ぎ、畠山泰国と名乗りました。これが源姓畠山氏の初代になります。後に足利幕府が開かれると管領に就任できる三家の一つとなって大成しました。

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