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大田南畝伝 花のお江戸に遊ぶ人 第二章「狂歌とは何か」

  二 狂歌とは何か

 江戸はさまざまな文化が爛熟した時代である。歌舞伎、浄瑠璃、俳句、浮世絵。それらは今日で知らぬものはいまい。それぞれ代表者を挙げよ、と問われても容易であろう。例えば、歌舞伎なら團十郎、浄瑠璃なら近松門左衛門、俳句なら松尾芭蕉、浮世絵ならば葛飾北斎、といった具合に。しかし、狂歌となればどうだろう。私はその文芸ジャンルが今日において広く知られているとは到底思えない。その今日では廃れて見向きもされなくなった狂歌そ広めた人こそ大田南畝自身に他ならない。

 狂歌とは何か。分かりやすい例を出そう。在原業平が詠んだ和歌「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」という一首を大田南畝は次の様なパロディをした。


  世の中にたえて女のなかりせば男の心のどけからまし


 狂歌とはこの様なものである。

仮に狂歌とは何か。そんな設問があれば私はこう答える。

「江戸時代に大田南畝こと蜀山人を発端として流行した、和歌の一部を改変し面白おかしく表現した文芸の一ジャンル。時に、時代を風刺することもある。」

きっと、及第点をもらえるだろう。ちなみに狂詩というものも存在する。これは和歌の漢文版と考えれば良いだろう。非常に面白い、太田南畝の可笑しみが出ている一首を挙げよう。 

大田南畝、二作目の狂詩集『通詩選笑知』(この詩集の題名自体、唐の時代の詩集を江戸時代になって書かれた注釈書『唐詩選掌故』をもじったものだ)に収録されている、その題は『屁臭へくさい』である。「一夕飲燗曝 便為腹張客 不知透屁音 但有矢跡」。これを書き下すと「一夕(いつせき) 燗曝(かんざまし)を飲(の)む 便(すなは)ち 腹張(はらはり)の客(きゃく)と為(な)る 透(すか)し屁(べ)の音(おと)を知(し)らず 但(た)だ遣矢(うんこ)の跡有(あとあり)」。説明はするまでもないだろう。

第二章

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