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経営状態ごとに最適化するブランディングとマーケティングの配合について(後編)

前編の続きの記事になります。

企業の経営状況、抱える課題というのは、当然ですが、10社あれば10通りです。会社の外部や内部に様々な環境要因があり、ビジネスはその影響を常に受けていますので、ブランディングの戦略を考える際は、まず現在の環境をしっかりと把握することが大切になります。

前編の振り返りになりますが、私の場合は、まず経営コンディションを以下のように3つの領域に分けて、ブランディングの対象となる会社が、そのどこに該当しているのかを分析していきます。

ブランドの成長段階に合わせたブランディングとマーケティングの関係


後編では、過去に実施した工務店のブランディング事例を紹介しながら、この考え方について解説してみたいと思います。

当該の工務店は、地域密着型の小規模企業。出会った時は、創業者である先代社長の急逝により、二代目社長が就任して間もない頃でした。創業40年の小さな工務店で、主に、地元の新築住宅やリフォームを手掛けていましたが、その多くは、大手住宅メーカーや設計事務所の下請け工事。厳しい納期や条件を飲み込みながら、経営を続けている状況でした。

二代目社長は、先代の息子さんであり、家業を継ぐ形で社長に就任。大学で建築を学んだのち、大手ゼネコンに就職経験があり、一級建築士資格も取得されていることから、「下請け工事はなるべくやらずに、直接受注で、設計施工を自社で一貫する業態へ変更していきたい」という明確な意思がありました。

しかしながら、経営状況としては、元請けの仕事はほとんどなく、前述の通り、工事のみを下請けする仕事が中心、元請けに主導権がある仕事がほとんどで、利益があまりでない構造となっていました。バブル時代の頃は、工事のみの仕事でも十分利益が出ていたけれど、そのモデルが時代とともに噛み合わなくなっているともいえる状況でした。

つまり「コンディション①」かつ「ブランドの衰退フロー」に該当していました。

社長の方針は「直接受注で自社設計施工の一貫モデルへの変更」で、直接受注ができるようにまずはWEBサイトをリニューアルしたい。そういうオーダーでした。

コンディション①:まずはPULL型の集客を実現する

コンディション①の場合、まず重要なのは、「利益が出るようにビジネスモデルを修正する」ということです。「直接受注で自社設計施工」を目指すことはもちろん最終的に大切なのですが、そこをはじめから強くこだわってしまうと、利益が出るまでに非常に時間がかかり、イニシャルコストも高くなって、経営を圧迫してしまう恐れがあります。

よって、ポイントは

・コストがなるべく大きくかからない方法で売上をあげる
・これまでかけていた経費を徹底的に見直す

この2点です。そのためには、なんといっても有効なのは、「WEBマーケティング」を駆使したPULL型の集客を実現させること。

当該工務店の場合、施工技術には元々定評があり、下請け工事とはいえ、建築家や設計事務所からの評価が高かったことがありました。

「もちろん将来的には、自社で設計も施工も、建物一棟まるごとプロデュースできる会社への変革を目指すことにはなるけれど、今はまず、これまでの強みをしっかりと活かし、利益を出せる条件の仕事が自動的に舞い込むように、体制をつくっていきましょう」

という提案をしました。
そこで、第一段階の取り組みとして、以下を実施していきました。

・WEBを駆使したマーケティング中心の戦略を立てる

・実績のある「設計事務所から信頼されている施工会社」として、優良な施工案件がWEBサイトから仕事が舞い込むことを狙う

・これまでのPUSH型営業および広告出稿をやめ、WEBサイト・BLOGからの発信を強化し、コンテンツマーケティングに切り替える

・本格的なブランディングは後にするが、WEBデザインも大切にする

WEBサイトのターゲットを「設計事務所・建築家」と設定し、「信頼できる施工会社」を探しているというニーズに対し、WEBマーケティングを設計していきました。


コンディション①:ペルソナのニーズと自社の強みの重なる部分から、SEOキーワードを抽出する。

この段階では、マーケティング戦略を重視することは、再三お伝えしている通りですが、具体的にやるべきことは、まず、「どんなキーワードで検索している人にWEBへアクセスしてもらうか」を設計することです。つまり、SEO対策が大事、ということになります。

WEBサイトはつくっただけでは誰も見に来ませんので、当然、WEBサイトそのものへアクセスを増やすことをしなければなりません。しかし、ここでWEB広告など有料の施策に頼ってしまうと、利益が出ていない段階で、経営をどんどん圧迫していくことになりますので、DIYでアクセスアップを行うことが必要になります。そこでSEOです。

ただし、やみくもにSEO対策を行ったとしても、それが収益につながるアクセスでなければ意味がありません。よって、「どんな人にアクセスしてもらいたいのか」、マーケティング用語でいえば、「ペルソナ」をざっくりでもかまわないので、設定する必要があります。

当該工務店のケースでは、「木造住宅の施工技術の高い工務店を探している設計事務所や建築家」をペルソナの1人目とし、その後に目指す直接受注も視野に入れて「素敵な木造住宅を建てたいと考えている一般生活者」をペルソナの2人目としました。

実際に、当該工務店の強みは、「木造住宅の施工技術が高い」「地元国産材の優先的な仕入れルートを持っている」「大工職人が社員であり施工管理が行き届く」などがありました。

ペルソナがどのようなキーワードで検索しているかを分析し、自社の強みと結びつきやすい“勝てるポイント”を発掘。結果、「国産材建築」「自然素材の家」「○○県 工務店」などいくつかのニッチなキーワードを抽出しました。そのキーワードごとに、コンテンツを作成していくことで、検索エンジン経由でのWEBサイトへのアクセスを増やすことを計画しました。


コンディション①:マーケティングに全振りせず、デザインも大切にする

この段階で危険なのが、「まずは集客、まずは利益」という意識が強くなりすぎると、マーケティングに全振りしてしまい、ブランディングをまったく意識していないような戦略になってしまうこと。

売る意識が強くなりすぎていて、価格訴求やキャンペーンなど、「買ってください」というお願いばかりをしてしまっているようなWEBサイトを、みなさんも目にすることがあると思います。

このような方法を取ってしまうと、短期的には売上があがることもありますが、当然長続きせず、ブランディングへのつながりをつくることができません。むしろブランドに傷をつけながら売っていくような行為になってしまいます。

重要なのは、マーケティング80%、ブランディング20%の配分意識です。

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目先の売上・利益は、喉から手が出るほどに欲しい状況だけれども、その欲望に100%振り切らず、商品やサービスの品格を表現・デザインすることに、20%ほどの意識を向けておくことが非常に重要になります。

この意識が、将来的なブランディングの土台となり、ビジネスの力強い成長軌道をつくっていくことになります。

当該工務店の場合は、「地元国産材をていねいに使った、自然素材住宅を建てる」「デザインにもこだわりがあり、施工技術も高い、センスのよい工務店」というような、自社の大切にしたいイメージ(=ブランドアイデンティティ)を意識しながら、目の前の集客をきっちりと行っていく、というバランス感を大切にした上で、WEBサイトを構築し、SEO対策も実施していったということになります。

このように、[コンディション①]の段階で、WEBサイトをフルリニューアルしましたが、いわゆるWEBデザインや表現については、徹底的なこだわりではなく、なるべくシンプル・コンパクトかつ素敵にみせるバランスを意識し、SEO対策やコンテンツマーケティングに力を入れていきました。

結果として、設計事務所や建築家の方からの問い合わせが多数発生することになり、PULL型の集客モデルとして、ひとつの成功パターンを確立。営業や広告にかけていたコストを圧倒的に低減することもでき、利益が出やすい経営体質に変わっていきました。


コンディション②:コンテンツの作り方をマーケティングからブランディングへ切り替える

ある程度、WEBマーケティングが機能してきて、利益を出せる体質になってきたら、次は[コンディション②]の施策に移行していきます。

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この段階は、マーケティング50%、ブランディング50%の配分意識です。

ここでもう一度、整理しておきたいのですが、この記事では、マーケティングとブランディングを以下のように定義して書いています。

「マーケティング」:売上や利益を上げることに意識の力点を置いた活動
「ブランディング」:会社や商品やサービスの魅力を表現したり伝えることに意識の力点を置いた活動
(この記事内での言葉の定義です、学術的な定義ではありません)

初期の段階では、マーケティング重視でWEBサイトのコンテンツを考えてきましたが、この段階では、ブランディングを意識した発信を増やしていきます。たとえば、当該工務店の場合は、①の段階で、設計事務所や建築家向けに施工技術の高さを知ってもらうためのコンテンツを作成していました。これは、自社の最終的な理想ではなく、目の前の収益構造をつくるための、「コンテンツマーケティング」です。

利益を上げるための戦略としては、一定の成果を生み出せる状態になってきたので、次は、本来目指していきたい自社の在り方を、WEBサイト上で、少しずつ表現していくようにします。いわば「コンテンツブランディング」です。


コンディション②:ストーリー性のあるコンテンツをつくり、“読後感”でブランドの意思を伝える

WEBサイトには、2つの機能があります。

ひとつは「チャネル」です。お客さんを集める、「集客をするための機能」があります。
もうひとつは「メディア」です。情報を発信し、読みものとして「伝えるための機能」があります。

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WEBサイトを制作する場合、この「チャネル」ばかりを意識してしまう傾向があるのですが、[コンディション②]の段階では、集客のためではなく、「メディア」として、ブランディングを意識した、その会社の魅力を伝えるコンテンツを制作していきます。

WEBサイトを「読みもの」として機能させ、ストーリーを組み立てて、ファンを作り出すことを試みていくのです。

当該工務店では、①の段階で、「自社で設計施工を一貫した建物の実績」を2件ほど、つくることができていました。よって、今後は、下請けの施工のみの仕事を徐々に減らし、自社設計施工を増やしていくことを推進していくわけです。BtoBからBtoCへの移行といってもいいかもしれません。

その工程では、まず大切なことは、自社の特徴や魅力や価値をしっかりと定義し直すことです。当該工務店の場合は

・社長が一級建築士であり、センスのよい設計デザインができる
・専務が大工・棟梁であり、国産無垢材を使った施工技術が秀でている
・地元の国産無垢材をふんだんに使った事例が数件できている
・木材以外にも漆喰や薪ストーブなど、オーガニックなくらしを提案できる
・過去のお客さんとの関係が良好であり、取材や掲載に応じてくれそう
・地元密着工務店ならではのアットホームさがある

このような特徴がありました。その特徴や魅力を活かしながら、ストーリー性があり、読みものとして読んでいて楽しいWEBコンテンツを計画していきました。

そのひとつとして計画し制作されたのが、単なるお客様の声ではなく、過去のお客様が、建物の引き渡し後、どんなくらしを紡いでいるか、どんな幸せな時を過ごしているかの、「ライフスタイル」を取材・撮影した読みものコンテンツです。

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決して、工務店視点での宣伝や自慢話(お客さんはこのように満足しています、このようにかっこいい家にくらしています)は一切せず、住まい手の日々、くらしごとを、ただ、美しく取材して紹介するというコンテンツに仕立て上げている。

そのようなコンテンツは、読み手を惹きつけ、「こんな暮らしを自分たちもぜひしていきたい」という共感を集めることにつながります。そして、このようなコンテンツは、色褪せることがなく、長期的に、この会社の魅力として伝わり続けてくれる期待があります。

それなら、コンディション①のときに、このようなコンテンツ制作をやってもいいのではないか?と思う方もいるといるかもしれません。たしかにできるのであれば、早めに着手してもよいと思います。

しかし、このようなコンテンツは、時間と費用がかかります。会社の特徴や魅力を洗い出し、美しい写真を撮影できるカメラマンと、読み手を惹き付ける文章がかけるライターなど、専門のクリエイターの力が欠かせないので、それなりな費用も必要になります。また、コンテンツの素材となるような実績や実例も必要です。よって、ある程度、手前のWEBマーケティングで利益を出せる構造をつくれている土台が必要になるのです。

またこの段階では、SEO対策は意識しません。集客を目的にするのではなく、あくまでも、その会社の価値や魅力に気づき、心を惹き、ファンになってもらうためのコンテンツとして計画します。

その意味でも、ある程度の集客力は、コンディション①の段階で鍛えておき、その次の段階として、ストーリー性の高い、コンテンツによるブランディングを実施していくことが大切になります。

マーケティング50%、ブランディング50%という配分意識とお伝えしましたが、もう少し具体的に言い換えると、集客重視のコンテンツ50%、表現重視のコンテンツ50%と言ってもいいかもしれません。

WEBサイトを中心に、情報発信をこのような考え方で、バランス良く伝えていくことで、集客力を落とさず、いや、むしろ表現の良さによる相乗効果で集客も加速することになるのです。


コンディション③:WEBだけでなく、全てのタッチポイントでブランディングを加速させる

いよいよ、ブランディングの本格的な段階に突入します。コンディション③の段階は、すでに利益が出ている状況であり、ブランドとして育てていくべき“機が熟した”時です。

WEBだけでなく、リアルなタッチポイントの強化も含めて、オムニチャネル化を推進していきます。もう予想がつくかと思いますが、

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この段階は、マーケティング20%、ブランディング80%の配分意識です。

会社や商品の魅力を、しっかりと表現することで、お客様をファンに変えていく段階になります。そのためには、WEBサイトだけにとどまらず、お客様とのあらゆる接点(タッチポイント)すべてに意識を注ぎ、スキのない良質な体験を提供することが重要です。

UXなどと同じ考え方ですが、ブランディングとは、つまるところ、お客様のあらゆる体験を丁寧に磨き上げることで、共感や感動を集めていくこと。その結果として、ファンになっていただくことが重要です。

当該工務店の場合は、この段階になってから、本格的にCI(コーポレート・アイデンティティ)を検討し、ブランドコンセプトを固め、シンボルマーク(ロゴマーク)をリデザインし、WEBサイトだけでなく、名刺や会社案内、小冊子等のペーパーツールを制作していきました。

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ブランドコンセプトを定義し、ロゴを一新。名刺の裏面には、コンセプト全文を掲載し、お客様との接点で、常に目に入るように。

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WEBコンテンツとして先行させていた、お客様のライフスタイルを丁寧に取材した記事を、フリーペーパーにして、地元のカフェや雑貨店などに置かせてもらうなど、リアルな接点の強化にもつなげている。

このような制作物を、しっかりと取り揃えながら、ブログおよびSNSでの発信も同時に強化。さらに、オンラインでの相談会、完成見学会などのリアルイベントも開催し、「家を建てる前段階での、出会いやコミュニケーション」を大切にしています。

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すでに家を建てているOBのお客様と、現在検討中のお客様が一同に集まる交流イベントなども積極的に開催し、お客様同士が情報交換するコミュニティとしても機能している。

このような活動の集積結果として、当該工務店では、取り組み開始から約4年で100%の自社設計・自社施工を達成。さらに同社のコンセプトでもある、「オール国産無垢材の木造建築」を貫くことができ、そのコンセプトに共感・共鳴するお客様から、常に相談や依頼が集まる状態になりました。


まとめ:ブランディングは、適切なタイミングで適切な施策を積み重ねていくことが大切

このように、経営のコンディションをきちんと把握しながら、適切なタイミングで、適切な施策を実施していくこと。その活動の集積により、ブランディングは成功するものだと思います。

一般的に、マーケティングとブランディングは、同時に語られることも多く、それゆえに混同されてしまう気がしていました。私自身がブランディングデザイナーとして、数々の経営者のサポートをしてきた経験をベースに、このような考えをまとめてお伝えさせていただきました。

マーケティングは、売ること優先でデザインがダサくなる。
ブランディングは、カッコつけるばかりで売上につながらない。

そんな誤解を解消したいと思いますし、どちらも経営にとって大切な活動であることには違いなく、どちらか一方に極端によらずに、適切なタイミングと適切な配分で、経営を元気にしていって欲しいと思います。

みなさんのビジネスに、少しでも参考になれば幸いです。

前編からもう一度よむ

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