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合理的配慮 について:産業衛生学会(広島)シンポジウムを踏まえて(JES通信【vol.185】2024.8.9.ドクター米沢のミニコラムより):学会報告その2

 毎日とんでもなく暑い日が続いておりますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
 熱中症やコロナ第11波など、気になることはたくさんありますが、これらに関しては昨年8月のコラムをご参照ください(資料1)。基本的な考え方・対策は変わっていません。今回は2024年5月に行われた 第97回日本産業衛生学会(資料2)の報告も兼ね、障害者の合理的配慮を取り上げます。

▼産業衛生学会で取り上げた背景

 この春、合理的配慮をめぐる報道を目にする機会が増えました。2024年4月から、自社社員や職場環境だけでなく、顧客を含む自社製品/サービス利用者への合理的配慮の提供が民間企業にも義務となったためです。 雇用分野での合理的配慮は2016年4月から義務ではありましたが、企業の関心は障害者の雇用率達成に追われ私自身を含め合理的配慮について十分に議論してきたとは言えなかったように思います。そのような背景から、今大会では「職場における合理的配慮について:現状と課題解決の糸口」というシンポジウムが組まれました。また米沢は「産業保健から合理的配慮を考える会」のメンバーとして、自由集会「職場における合理的配慮について多職種による意見交換」に登壇しました。これらの経験を踏まえ、まずは合理的配慮の基本的な事柄を把握したいと思います。

▼シンポジウムの概要

 定員300名のホールは立見が出るほど盛況でした。

座長:江口尚(産業医科大学)、長谷川珠子(福島大学)
1.合理的配慮をめぐる「対話」の意義
 小島健一(鳥飼総合法律事務所)
2.オムロンにおける合理的配慮の実際
 堀本綾(オムロンエキスパートリンク)
3.中小企業における合理的配慮について社労士による支援の実際
 角振摩利子(つのふり社会保険労務士事務所)
4.合理的配慮に関わる支援の実際:産業医に期待される役割
 辻洋志(南森町CH労働衛生コンサルタント事務所)
5.配慮を受ける側が考える合理的配慮
 岩本友規(Hライフラボ)

 第1席、弁護士の小島氏は合理的配慮の基本的な事柄を 紹介した上で、当該労働者と事業者の対話の意義に触れ、事業者には「誠実対話義務」(小島先生による造語)が求められると強調されていました。
 第2席、大企業の保健師として障害者雇用を支援する堀本氏は、オムロングループのさまざまな取り組みを、人事労務との連携も含め紹介してくださいました。いろいろとご苦労はありそうでしたが、障害者雇用は当たり前のものとして企業活動が実践されているのだなと感じました。
 第3席の角振氏は、大企業に比べ合理的配慮の提供に難しい面のある中小企業社会保険労務士としてどのように支援しているか、他職種との連携や外部リソースの活用なども含め紹介してくださいました。
 第4席の辻氏は合理的配慮の概念を生んだ米国で産業医をされた経験を持ち、早くから合理的配慮の重要性を発信されています。小島氏、座長の江口氏と今回の企画を推進され、今回は産業保健職が合理的配慮を実践するための6つのステップを解説くださいました。
 そして第5席、当事者の立場から岩本氏が、合理的配慮を受ける側の視点から見える課題について話されました。岩本氏のご苦労を伺いながら、個別性に合わせた対話を続ける重要性を痛感しました。

▼いくつか押さえておきたいこと

 合理的配慮に関しては内閣府のわかりやすい資料(資料3)があるのでご覧いただきたいのですが、シンポジウムでの各氏の発信やさまざまな議論を見る中で、いくつか押さえておきたいポイントがあると感じましたので、以下にまとめます。

●合理的配慮が対象とする「障害者」とは
 障害者雇用促進法では、障害者の定義を「身体障害、知的障害、精神障書(発達障害を含む)その他の心身の機能の障害があるため、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、または職業生活を営むことが著しく 困難な者」としており、障害者手帳所持の規定はありません。合理的配慮は、手帳の有無にかかわらず働く上で困難を抱えている障害のある労働者すべてに提供されるべきものであり、がんや難治性疾患、高次脳機能障害なども対象となりえますし、職場復帰支援や仕事と治療の両立支援も合理的配慮の提供と考えられます。合理的配慮の提供は本人からの申し出が原則です。

●合理的配慮の定義
 小島氏によると合理的配慮の定義は、
1.障害労働者の個別のニーズに応じて、
2.事業主の過重負担なく、
3.能力の発揮を妨げる社会的障壁を取り除くこと
としています。
 その形態としては主に以下の3つが考えられます。
1.物理的環境への配慮
2.意思疎通の配慮
3.ルール・慣行の柔軟な変更
 これらの配慮があれば事業主が求める能力が発揮できる(本質的職務を果たせる)ことが合理的配慮の有効性です。病気等の後遺症で元職に戻れず他の業務に就くこともあるでしょうが、それは厳密には合理的配慮ではなく雇用契約の変更にあたる場合もあります。

●安全配慮義務との違い
 合理的配慮と安全配慮義務とはどう違うのでしょう。安全配慮義務は、働くことで健康・安全が損なわれないよう事業主が手だてを尽くすことであり、どちらかといえば「働かせない(制限する)」方向のベクトルであるのに対し、合理的配慮は社会的障壁を取り除くことで「働かせる(活躍させる)」方向のベクトルであると小島氏は語っていました。

●名称について:「配慮」というよりは「調整」?
 合理的配慮という言葉は、1990年に米国で制定された「障害を持つアメリカ人法(ADA)」のReasonable Accommodationの日本語訳です。配慮というと「してあげる・してもらう」という上下関係のイメージで捉えられがちですが、accommodationには調整の意味もあります。理念を踏まえると、個人的には合理的「配慮」より合理的「調整」の方が適するように思っています。

 合理的配慮は日本ではまだ新しい概念で、わからないことがいろいろとあると思います。米沢が専門とする精神障害でも議論すべきことがたくさんあると感じました。そのあたりは自由集会でコメントする際に考えたことを踏まえ、改めて論じます。

リンク
1)https://note.com/sangyo_dialogue/n/n4a924e33102a
2)https://convention.jtbcom.co.jp/sanei97/index.html
3)https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/pdf/gouriteki_hairyo2/print.pdf

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