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産業精神保健学会発表:オンライン・オープンダイアローグの可能性を探る:長時間労働者面接の経験から

 8月21日に公開した「2 on 1を始めよう:2022年度第3回研究会(2022.8.18)の報告」(https://note.com/sangyo_dialogue/n/n532ce3a0f117)で、オープンダイアローグはオンラインでもできると記しました。2022年7月9,10日に東京で行われた第29回産業精神保健学会(https://procomu.jp/jsomh2022/pdf/jsomh29_program2_0706.pdf)で標記の研究発表を行ってきましたので、抄録集に掲載した内容を元にご紹介します。


■研究の経緯

 コロナ禍でzoomなどによるオンラインカウンセリング(Web面接)が活用されるようになりました。米沢、春日は2018年より産業領域におけるオープンダイアローグの活用可能性を探ってきましたが、オープンダイアローグでもWeb面接を行わざるを得なくなった結果、オンライン・オープンダイアローグの新たな可能性に気づいたので報告しました。発表では企業の健康管理室で行ったオープンダイアローグ形式の面接の経験から得た知見をまとめました。

■事例の概要

 モデル事例として提示したのは健康診断の事後措置で声をかけたAさんです。悪玉コレステロールが高くなっていたため、在宅勤務で運動不足になったのかなと思ったのですが、何とここ数ヶ月、月の残業が100時間を超えていました。Aさんは責任感が強く、元々多くの業務をこなしていましたが、事業の再編や好業績のため以前にも増して多忙になっているとのことでした。心配になったので翌月も面接をしたのですが、忙しさは変わっていませんでした。仕事の配分に不満を持ちつつも手が抜けない性格なので、仕方ないと諦めているようでした。

■長時間労働者面接の課題

 一般に長時間労働者の面接では、労働者の勤務の状況、疲労の蓄積度、心身の状況などを踏まえ、就業上の措置を会社側に意見します。しかしそれだけでは問題が改善しないのではと思われました。意見書を受け取った人事は現場の上司に改善の指示を出します。しかし現場は業務が多忙だからこそそうなっているわけで、具体的な改善策を持っていないことが少なくありません。そうなると、業務量はそのままで部下に「残業を減らせ」と指示するだけになり、部下は「どうすりゃいいんだ!」と不満をためることになります。
 そこでAさんに、上司と人事を合わせた面談の場を設定したいと持ちかけました。Aさんは戸惑いながらも了承されました。人事、上司も了承してくれたのですが、人事はそりゃまずいなという反応でしたし、上司はAさんの多忙を薄々は感じていたものの改善の具体策がなく、会社からプレッシャーを感じたようです。そこで保健師から、面談ではまずはAさんの業務の状況を詳しく聞きましょう。話を聞いているといろいろなことを感じ、指示や指導をしたくなってしまうかもしれませんが、いったん上司の責任とか人事の立場といったものからは離れ、話に耳を傾けてください。それを踏まえてみんなで考える時間を取ります。その中で良さそうな案が出たらやってみる、というような方向でいきましょう、といったことを伝えてもらいました。

■6者面談へ

 面談にはAさん、上司B、上司C、人事Z、保健師X、産業医Y(米沢)が参加しました(図1)。全員が在宅勤務でしたので、ビデオ会議システムを利用しました。

 Aさんから語られた業務の状況は上司や人事の想像以上だったようで、上司Bからは業務量が多ければ言ってほしい、上司Cからは仕事は気になるだろうが睡眠など体調を優先してほしいと言ったことが語られました。

■リフレクティング

 ひとしきり話が出たところでリフレクティングに切り替えました。リフレクティングをオンラインで行う場合、通常は図2のように相談者チームの画面をオフにしてもらうのですが、このケースでは画面はそのままで、Aさん以外のメンバーでリフレクティングを行いました。

 産業医Yは、実はAさんは同僚が次々に退職していって、次は自分がクビになるんじゃないか?と心配していると話していたことが気になると話してみると、上司Cから、Aさんは仕事のクオリティが高く、いないと困る人ですという話が出ました。一方上司Bからは、海外と業務の進め方がかなり違う、ビジネスカルチャーが違うのに、それが海外からは見えない、といった話が出ました。そして上司Cからは、Aさんの社内の仕事は放置していい、といった話も出ました。

■Aさんとの対話に戻る

 一通り話が出たところで保健師Xが、いろいろな話が出ましたがAさんいかがですか、と声をかけました。するとAさんから、まずは夜眠れるようにしたい、それから朝のウォーキングを復活させたいといった話が出ました。
保健師Xから、またこうやってお話ししたいと思うのですが、と提案するとみなさん賛同されました。Aさんは、今日の面接までは何を言われるのかだったけれど、もっとラフに考えていいんだなあとわかりましたと語り、人事Zからは、いやあ、こういう形で話せるのはいいなあ!というコメントがあったのが印象的でした。

■その後の経過と考察

 その後、月1回のペースで3回面談が行われ、Aさんの残業が減るだけでなく、心身の状況も改善されました。また根本的な問題解決に向けて職場が動いていることも報告されました。
 今回、人事Zの発言に象徴されますが、関係者が集まり、お互いに配慮しつつ、それぞれの思いを語ることで、現場で何が起こっていて、何が問題なのか、そして問題解決のために、それぞれが何をしていけばいいのかが明確になったように思われます。Aさんに安心感が生まれ(心理的安全性)、上司と率直に話し合えるようになり、健康回復に向けた行動も取れるようになったと言えるでしょう。

■オンライン面談のメリット

 オンラインによる面談のメリットは以下のようなものが考えられました。

▼参加者が集まりやすい
 ・どこからでも参加できるので、予定が立てやすく早く集まれる
 ・必要に応じて従業員の家族も参加できる
▼発言者の話がさえぎられにくい
 ・情報が限られるので、発言者に注目がいきやすい
 ・雑談になりにくい
▼発言者の話に、より集中できるかもしれない
 ・特に状況がよくわからない場合は、まず相手の話を注意深く聞こうという姿勢になる
▼マスクをする必要がなく、表情が見え、感染のリスクもない
▼上司などからの「圧」を感じにくく、話しやすいかもしれない

■オンライン面談のデメリットと課題

 一方、オンライン面談のデメリットは以下のようなものが考えられました。

▼機器や回線の不調で面接の中断が起きたり、音質が悪かったり音声が途切れ、言葉が十分に聞き取れないことがある
▼沈黙は「考える時間」としてオープンダイアローグでは重視するが、オンラインでは沈黙の共有が難しく、喋り出してしまうことがある
 ・回線が切れて無音なのか、沈黙し考えているのかがわからないことがある
▼全身が見えず非言語的コミュニケーションを読み取るのが難しい
▼他の参加者の“雰囲気”がわからず、発言のタイミングがつかみづらい
▼場の雰囲気がわかりにくいので適度なファシリテーションが必要
▼親密性の構築に時間がかかる可能性がある
▼面談前後の雑談ができない

 
 このようにメリットデメリット双方ありますが、「集まりやすさ」はオープンダイアローグがもっとも重要とする「即時性」(なるべく早く関係者が集まって話し合う)の発揮に有効であり、問題が見つかったらWeb面接ですぐに介入することが問題の早期解決に助けになると考えています。 

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