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夫のことを、死んでもいいと思ったらもっと愛せるようになった。

娘の寝静まった真夜中に、私は一人で電話をかけていた。
『今、駅だよ』というラインからもう一時間たっている。何度めかのコールで夫が出た。
「ごめん、先輩と飲んでて、今出るとこだから」
あ、こりゃ相当酔っぱらってるなと察しがつく。
女の子の声がする。派手なボーイさんの声も。
あ、これ、そういうお店だな。
あ、この人嘘ついてるな。
何度目だろうか。

あわてて帰る夫の声が電話口から聞こえる。どうやら電話を切りそびれたようだ。そのままタクシーに乗り込む。
それでも私は電話を切らなかった。切らずに、他の家事をしながら、待つ。
この先どうなるか。想像はついている。
案の定、タクシーの運転手さんの「お客さん……お客さん……」と言う焦った声が聞こえる。夫の寝息と共に。

私はそこで満を持して「もしもし、タクシーの方ですか!?」と呼び掛け、どこにいるか確認して、家の前でお金を払い、夫を叩き起こして引き取った。

なぜ、そんなことをするのかと言うと、2年前、酔っぱらって寝入ってしまった夫に困ったタクシー運転手さんが、お巡りさんをよび、娘授乳中にピンポンがなったからだ。三時間おきの授乳にふらふらになったド深夜である。


そのときのことはよく覚えている。途中でミルクを外された娘の泣き声と、真夜中に2人もお巡りさんの手を煩わせてしまった申し訳なさと、共同の入り口に吐かれたモノをこっそり処理する情けなさ。それを次の日ひとつも覚えていないどころか、1日二日酔いで寝ている夫。涙が出てきた。
次の日、責めても責めきれない記憶のない夫を、どうにか反省させたくてひどいことも言ったし、泣き落としもしたし、それでも、気が済まず夫のお母さんに電話して泣きついた。

他の日にも、布団をひっぺがしたことも、携帯を投げたこともあった。
みんなに酒をやめると送れと言ったこともあったし、私が飲めない酒を飲んで見せたこともあった。

そこまでするには、数年間やめていた時があるという実績があり、反省すると数ヵ月はいつも穏やかで、下戸になる薬も飲んでいるときもある……ので、できるんじゃないかと期待してしまうからだ。

毎日お酒を飲むというわけじゃないし、飲み会の時に飲み過ぎるだけで、一人で隠れて飲むわけでもない。暴れたり手を上げるということもない。
ので、私も言いすぎたかと反省したりもするし、会の楽しい気持ちに水をさしたくない気持ちもある。

それでも、すこしたつと、いつの間にか飲み過ぎないという約束はなくなり、飲んで帰る日の夜が増え、酔っぱらいで帰宅する日がでてくる。鞄を忘れたり、メガネを壊したり、そんな日がポツリポツリとでてくる。怪我して帰ってくるときもあるし、朝まで連絡がつかないときもあったりする。
いつか絡まれたり轢かれたり凍死してたりするのではないか。
だから私は連絡がないと不安で寝付けなくて、ラインをやたらいれたり電話をしたりしてしまう。
きっと夫は心の中で、楽しい気持ちに水をさす妻くらいにしか思っていないんだろうなと思う。

一人で怒ったり泣いたりしてる、そんな自分が嫌でたまらなかった。

携帯をつけっぱなしにしたあの日も、私は泣いて怒った。
この時期に無防備に夜の店に行ったことも、嘘をつかれたこともまた悲しくて、怒りに任せて家の中の空気を悪くした。
娘が「わー!」とわざと大きな声を出して、止めにはいったのを見て、また涙が出てきた。

その数日後、幡野さんのcakesを読んでいて気付かされことがあった。

夫の心配をするあまり、自分のことのようにコントロールしたくなっていた。
自分の尺度で夫の幸せを勝手に決めてはいけない。夫といえど他人。
この人は、正しく細く生きたいのより、太く短く生きていきたいのかもしれない。

娘に迷惑をかけること、私に迷惑をかけること、と、
夫を心配すること、を分けて考えようと。

夫が飲んだくれて寒空の下で凍死しようが、
誰かに大事なものを盗られて困ろうが、
次の日休んで信用を落とそうが、

全部夫が困ることであって、私が先回りして心配することではない。

どん底までいこうが、凍死しようが、そのときにそこから先を考えればいい。
吐いたら私や娘が困る部分の最低限の処理しかしない。
落としたものを一緒に探さない。
痛風になっても知らない。

もし娘に危害を加えるようなことがありそうだったら全力でとめる。怒る。
お巡りさんがきたり、タクシーの人が困ってたらその方々を助ける。
最低限のことはするけど、後は極力やらない。と決めた。

そうしたら、すこんと、夫が他人事になって冷静になれた。

金曜日飲んだ日、土曜日ずっと寝ていることには、いまだに腹が立つけれど、日曜日そのぶん働いてもらおうと決めた。
家計に響くことはその事を怒るけど、飲み過ぎとは分けて考える。

夫になにか約束させて、裏切られた気持ちになるのはとてもとてもしんどい。もう嫌だ。
きっと夫もしんどい。
だったら自分の不安や心配を、もっと楽しい他のことにエネルギー使おう。夜の楽しみを私も見つけよう。娘がいるから、家でできることになるけど。

「昨日どうやって帰ってきたんだっけなぁ」と、悩む夫に「さぁねー」と無関心で返す。飲みすぎは夫が何とかするべきことで、どうやって娘と私に迷惑をかけずにたのしく飲めるかは自分で考えてもらう。コロナ対応も自分で考えてもらう。

もしも、娘に実害があったら即別れる。そのためにも、自分で稼げるようにしておく。


冷たいかもしれないけど。熱さを押し付けて嘘をつかれるよりもお互いにいいんじゃないか。

夫が誠実な気持ちでいろいろしてくれたら、むしろ喜べるし、感謝できる。

そこまで覚悟したら、笑顔で夫に向かえるようになった。

最近、夫も、少し変わってきたような気がする。記憶をなくし飲んでいることを、私に責められていたときよりも、自分事として気にしていたり、思い出そうとしているような(まだ数ヵ月もたっていないのでわからないけど……)。私がなにか言うまえに、飲み会に薬飲んでから行くよと言った。少なくともこないだは。

私も、こんなときに飲みにいくのー?とはいってしまったが(感染リスクの意味で)、怒ってコントロールしたくなる気持ちがなくなった。
根性論とか忍耐力とかの話じゃなく、本人がリスクを正確に認識して、そのための対策を考える。その決断を大事にしたい。


むしろ覚めていたと思っていた愛が、忍び足で戻ってきたような気がしている。

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