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「ある」と「ない」のボーダーをふらつくライフスタイル

会社に行って、隣の席の女子に由布岳に登った話をしたら「引っ越してすぐに登山なんてアクティブですね。わたし地元だけど由布岳登ったことないんですよ」と言われた。

今回の転地には「九州の冬山を楽しむ」という裏目的があって、前々からワクワクしてたから、すぐに行くのは当然のことだ。それにしても、あんな良い山があるのに行かないなんて勿体ない。

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しかし、僕も生まれ育った田舎の村では、山とか川とか、あって当たり前。暑ければ近所の川で泳ぐが、なんとなく都会的な市民プールの方が魅力的。山なんて筍や蕨を取りに行く場所で「登って楽しい」と感じたことはない。

あって当たり前だと、有り難みが薄れるのはごく自然な感覚だ。

大分に来て、気軽に自然を楽しめるようになった反面。カミさんや猫たちとは離ればなれになり、時には「めんどくさい」と感じた存在に、今は「元気かなぁ」「会いたいなぁ」と思いが募るばかり。

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もちろん、分かっていたことだ。
「無い物ねだり」というのが人間の欲求の基本だと思う。

それを逆手にとって「ない」状態を敢えて作り、「ある」状態に回帰して、また「ない」状態にたどり着く。そういう変化に富んだライフスタイルの模索というのが、大分で仕事を始めた真の目的になる。

頭がおかしいと思われるかもしれないが、東京に基板を置きながら、田舎に出稼ぎに行く。そんなライフスタイルが実現できまいかと考えているのだ。

ある種の「リゾートバイト」なんだろうけど、リゾートバイトの時給って、東京の賃金越えられないし、年齢的な限界もある。だから僕が取り組んでいるのは、年齢や性別関係なく持続可能な仕事だ。

このモデルケースを構築して、気の合う仲間を巻き込んで楽しく生きれたら。と考えているのだけど、クリアすべき課題も色々あるわなぁ。

「ない」にも「ある」にも、慣れすぎず、甘えず、不貞腐れず。僕に出来るかなぁ。

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