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「生まれ変わっても私がいい」と、堂々と言えるようになりたい。

「生まれ変わったら何になりたい?」という質問をされたことがない人は、恐らくいないのではないだろうか。

小学生の頃にやけに流行ったプロフィール帳には、「好きな食べ物は?」と同じような扱いで「生まれ変わるなら何になりたい?」という質問が並んでいた。

昔は「お金持ち」とか「犬」だとか、ふと思いついたものをいい加減に答えていた。

22歳になった私は、その質問の答えにつまる。

「生まれ変わったら何になりたい?」という質問は、「実現可能か不可能かに限らず、何になることを夢見ているのか?」という質問だと解釈している。

私には「これ!」と一つ声高に言える夢がない。
なんとなく「これ、やってみたいかも...」と言えるくらいのものがいくつかあるだけで。

そのやりたいことの粒度もまちまちで、「大きな犬を飼いたいな」とか「誰かを元気にするような言葉を綴りたい」とか。

だから、「私は何になりたいんだろう...?」といつも答えにつまる。

*

ある日、いつもと同じように「何にでもなれるとしたら、何になりたい?」と聞かれた。その場では、ふざけたふりをして「美人でお金持ちなセレブ」とだけ答えておいた。でも、それが自分にしっくりこなくてモヤモヤしていた。

ふと、こんなことを思った。

「同じ質問を彼氏にしてみたら、どうなるのだろう」

少しワクワクした気持ちで彼に聞いてみた。
返ってきた答えは、少し意外なものだった。

「俺は、生まれ変わっても俺がいい」

少し意外だった。
「なんで?」とすかさず聞くと、「今が幸せだから」と即答だった。

「でも、もっとかっこよくなりたいとか思わないの?」
「思わないかな」
「なんで?」
「だって好きな人が彼女だし、乗りたい車にも乗れているし、毎日楽しいし」

言われてみれば、私も好きな人が隣にいて、家族がいて、暖かいおうちがあって、大学で学びたいことを学び、安定してアルバイトのお金も入ってきていて、行きたいと願った先に就職が決まっている。

今、十分幸せなのに、私はこれ以上、何を望んでいるのだろう。

足りない、足りないと思い続けているうちは、永遠に足りないまま。

それが私の強みでもあり、弱みでもある。

足りないからこそ、手に入れるために努力できる。
でも、常に「足りない」と思うからこそ、いつまでも満ち足りない。

自分が今持っているもの、置かれている環境の中にある幸せを見つけることからはじめてみよう。

今はまだ「生まれ変わっても自分がいい」と自信を持って言うことはできないけれど。

いつか、「生まれ変わっても自分がいい」と言えるようになるために。

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