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借金のツケ回しで成り立つ医療提供体制…医療業界に迫る「2025年問題」とは――

医療提供体制を支えるMedTech

 来年、日本の医療提供が混乱することが予想されている。医師の働き方改革の一環として、今年4月より医師の時間外労働時間の上限規制(960時間)が適用された。既に医療現場の悲痛な叫びが、報道を通じ、耳目しているだろう。今後、医療提供体制を維持することはできるのだろうか。日本の現状と実態を理解した上で、持続可能な医療提供体制を構想してみる――。




1. 医療業界の「2025年問題」とは?

 2018年6月に働き方改革関連法案が可決され、2019年から順次施行されていたが、医療業界の特性を鑑みて5年の猶予期間がもうけられていた。そして、2024年4月から医療業務に対する罰則付き時間外労働規制(上限960時間)が適用されたのである。
 この背景には、日本の「少子高齢化」が関係している。団塊の世代である75歳以上の人口が増加し続け、2025年でピーク(3653万人)となり、その後は横ばいになる。2025年までの間、後期高齢者の使う医療サービスの財源をいかに確保するかというのが「2025年問題」である。そして、65歳以上の人口が増え続け、高齢化率がほぼピーク(3953万人)に達するのが2043年頃(2018年時点では2040年がピークと予測)と推計されている。

出所) 内閣府 「令和5年版高齢社会白書」

2. 医療は国内最大の「公共事業」

2-1. 社会保障の現状

 人口減少社会とは、並行して高齢化が着実に進展していく社会であり、そこでは様々な面で医療という領域が社会全体にとっても大きな意味を持つ。「少子高齢化」問題のコアは、生産年齢人口の減少である。支えるヒトが減少し、相対的に高齢者の割合が増えるということだ。定常状態になる2043年までは移行期であり、移行期には様々な変化が予想され、それを社会全体で支える財源が必要となるのだ。
 念のため説明しておくと、社会保障は税と社会保険料で賄われている。まずは、足元の一般会計予算を確認しておこう。

出所) 財務省 「令和6年度一般会計予算 歳出・歳入の構成」

 2024年度の一般会計歳出総額は、112・5兆円に上る。その内、借金返済に充てている部分が27・0兆円、地方に回している部分が17・7兆円ほどあり、正味の政府予算(一般歳出)は67・7兆円である。その中で社会保障の予算は37・7兆円であり、一般歳出の半分以上(55%)を占めている。
 また日本の場合、医療は公的医療保険制度のもとで提供されており、社会保険料(企業+被保険者)が約50%弱、税金(国庫+地方自治体)が約40%に上り、残り約10%が患者の自己負担で賄われており、医療はもはや国内最大の「公共事業」と言えるだろう。

 一方、社会保障の規模を国際比較するとどうだろうか。

出所) 国立社会保障・人口問題研究所
「政策分野別社会支出の国際比較(対GDP比)(2020年度)」

 社会保障の規模は、イギリスよりも若干高いレベルにあるが、他のヨーロッパ諸国やアメリカと比較すれば、決して大きいわけではない。フランスが突出して高いように見えるが、同国は年金の水準が高いため、このような結果となっている。

2-2. 社会保障給付費の増大

出所) 内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省
「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」
(計画ベース・経済ベースラインケース) (2018年5月21日公表)

 基本的な確認となるが、2018年時点で医療と介護に49.9兆円が費やされている。給付額が一番大きい年金は、加入者への支払いが確定しているものであり、取り崩しが難しい。また2023年の合計特殊出生率は1.20となり、統計開始以降で過去最低を記録したと厚労省のまとめで分かった。これを受け、内閣官房長官は「必要な取り組みを加速する」と、子ども・子育て給付の拡大を匂わせる発言をした。また実質賃金も過去最長の25ヵ月連続マイナスを記録しており、2018年推計の2025年GDPには遠く及ばない(2023年度時点:約592兆円)。つまり、プライマリーバランスの赤字幅が拡大しており、社会保障給付額で最大となる医療と介護費用を圧縮する道しかないと考えられている。

 加えて国会では、年始にあった能登半島地震の復興支援や経済安全保障の一環としての防衛力強化等、更なる徴税を国民に課す議論(後述参照)も繰り広げられている。既に東日本大震災の復興税が課されている(2013年~2037年)にもかかわらずである。2020年度時点においては、日本はOECD加盟36カ国中22位の国民負担率(47・9%)であるが、今後その負担率は上昇する可能性が極めて高い。 

2-3. 財源の確保

 このような状況の中、国はパンドラの箱と言われ続けた主婦年金(第3号被保険者:扶養家族であれば公的保険(健康保険)に無料で加入でき、配偶者であれば公的年金(国民年金)が無料)にメスを入れたのである。なぜパンドラの箱と言われてきたかというと、約700万人いると言われている年収130万円未満の短時間労働者が支払っていなかった社会保険料を徴収することになれば、当該労働者の手取りは15%減ることになる。つまり、与党の選挙結果に影響を及ぼす可能性が高いからだ。それでも国は短時間労働者に社会保険へ強制加入させるべく、仕組みの弱体化と無力化(「130万円の壁」を「106万円の壁」へと引き下げ)を図っている。しかもこれは全事業所の短時間労働者だけを対象としたものでなく、個人経営(5人未満)、複数勤務やフリーランスも対象にしたものであり、早ければ2026年から適用される。
 そもそも会社は、会社負担:15% + 個人負担:15%(健康保険:5%、介護保険1%、厚生年金:9%)の計30%を社会保険料として日本年金機構に納めている。現状でも過去最大の倒産件数を記録しているのに、増税することになれば大半の事業者は倒産してしまうだろう。それにもかかわらず、増税に踏み切らざるを得ないということは、国民が考えている以上に日本の財政は切羽詰まった状況にあるのだろう。

 国民への追徴課税以外に、医療と介護を対象として、どのようにして財源を確保するのか。一般的には健康寿命を延ばすための予防が、最も効果が高いと信じられている。また医療費ではなく、介護費が社会保障費を圧迫している主要因であるという意見や、予防か治療のどちらか一方ではなく、費用対効果の高い医療を提供すれば、約2割程度は健康状態が改善され、医療費を下げることができるというエビデンスもある。

出所) Cohen JT, Neumann MC, Weinstein MC. 
Does preventive care save money? Health economics and the presidential candidates. N Engl J Med.
2008 Feb 14; 358(7) : 661-3.

 様々な研究結果があるものの、対象国や情報ソースが異なり、結果ありきで意図的に用意されたデータを用いて導き出されているようにさえ思える。またデータに即時性や信ぴょう性がなく、権威ある人物の発言を鵜呑みにして、社会保障費を配分しているのが日本の実態ではないだろうか。この状況を打開するために、内閣府や財務省、そして厚生労働省は高齢化率がピークを迎える2040年に向けて(現状は2043年と思われる)医療提供体制の改革に取り組んでいる。


3. 医療業界の将来構想を確認してみたものの…

3-1. 医療業界の「三位一体改革」

 2019年、厚生労働省は2040年の医療提供体制の構築に向けて、「地域医療構想」、「医師・医療従事者の働き方改革」、「医師偏在対策」を三位一体で推進していく方針を示した。医療業界では、これを「三位一体改革」と呼んでいる。

出所) 厚生労働省 「2040年を展望した医療提供体制の改革について」
(2019年4月24日公表)

 2025年までが山場とされていたため、2019年に厚生労働省が医療業界の将来構想を立案し、各都道府県が政策立案と実施を進めてきた。そして各医療機関は、政策への対応を推し進めている。だが当該構想案は、人口減少社会を前提にした持続可能な医療提供体制になっているのだろうか。

3-2. 医療業界を因数分解してみる

 「少子高齢化」という二律背反の命題を抱える日本において、持続可能な医療提供を維持させることは容易ではない。これまで見てきたように医療業界には課題が山積している。しかし医療提供体制を戦略的に考えるのであれば、明らかに考慮すべき事項が抜けていることに気づくだろう。ここでは医療提供体制を維持するための主要因を明らかにし、「三位一体改革」の問題点を浮き彫りにしよう(図表1)。

図表1. 医療提供体制を維持するための主要因

ステークホルダー:歳入の観点が考慮されておらず、将来世代に借金のツケ回しをし続ける医療提供体制になっていないか?

 まずはじめに、医療業界のステークホルダーについて整理する。

  1. Rule Maker:厚生労働省をはじめとした政策を作る機関、政策立案者

  2. Medical Provider:医療機関、医療従事者

  3. Healthcare Provider:医療機器開発・創薬や健康維持・促進等に関わるヘルスケア企業、保険事業者

  4. Payer:保険者、医療費の払い手

  5. Patient:患者

 既にお気づきだと思うが、3.Healthcare Providerと4. Payerの視点が「三位一体改革」には欠けている。持続可能な医療提供体制を確立するためには、保険料支払の原資を生み出す仕組みと税収のポートフォリオに関する視点が必要条件である。歳出と歳入をセットで考え、持続可能な医療提供体制を確立することが求められる。

医療機器・医薬品・ヘルスケア:医療・ヘルスケア業界のイノベーションを促進するような仕組みになっているか?

 IT業界同様、医療機器や医薬品も高度化している。高価な医療機器や医薬品が現場に導入されているが、それらのほとんどは外国製品で占められており、結果的に欧米諸国にお金が流れていることは知っておくべきだろう。しかも人口当たりの医療機器数は、OECDの中で群を抜いて多い。また近年、中国や韓国などの医療機器市場が急成長している。この状況が続けば、国民が納めた社会保険料が欧米や中国等の他国に流れ続けてしまう。
 そもそも医療費が上がる仕組みは、医療が高度化し、高価な医療機器や医薬品が続々と市販され、それらが日々使われているからだ。その投下先が国内企業ではなく、国外企業であるということは基礎研究に回る資金が乏しくなり、国内企業のプレゼンスが低下することを意味する。したがって、日本の財政はさらに厳しさを増し、社会保険料の納付をより一層困難にさせるであろう。社会保険料の徴収対象を拡大したとしても、急場を凌げるのは一時的なものである。医療機器開発や創薬を促進する医療・ヘルスケアエコシステムを構築しなければ、いずれ限界の時を迎える。つまり、日本企業の医療機器開発や創薬を促進する枠組みが改革の柱にない時点で、急場凌ぎの構想と言われてもおかしくないだろう。
 加えて考慮に入れておくべきことは、医療業界の構造の問題である。国民の教育レベル等を勘案すると決して世界に引けをとらないにも関わらず、長年イノベーティブな商品・サービスが生まれないのは、業界構造と企業の経営幹部に問題があると言わざるを得ない。

出所) IQVIA, The Global Use of Medicines 2024: Outlook to 2028.
Jan 16, 2024.

アクセスポイント:地域ごとに医療提供体制に濃淡が存在する中で、医療の質と量を維持できるのか?(人口当たりでみるとOECD平均の3倍の病床数(160万床)あるにもかかわらず、コロナ禍では”病床ひっ迫”が叫ばれていた…)

 4月より本格適用された「働き方改革関連法」は義務であり、医師の労働時間は確実に減少するだろう。しかし、その結果医療の質が低下することはあってはならない。サービスは質と量で構成されるが、量は医師の労働時間であり、各医師の労働時間が減る中で、質をどのように担保するかが問題となる。医師数は増加傾向にあるがOECD平均よりも未だ低い。特に埼玉県や新潟県は医師数が全国平均よりも圧倒的に低く、他県と比較すると医療提供体制の量が不足している可能性が高く、質の問題が懸念される。「地域医療構想」は、集約化と機能分化というハードの問題である。また「医師偏在対策」は、医師が少ない地域で懸命に医療を提供している方々の労働時間を如何に減らすのかというソフトの問題である。つまり「三位一体改革」とは、このアクセスポイントの問題の解消に重点が置かれている将来構想だ。

出所) 厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」
図1 施設の種別にみた医療施設に従事する医師数の年次推移
出所) 厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」
図8 都道府県(従業地)、主たる診療科・専門性資格別にみた
医療施設に従事する人口10万対医師数

 OECDの調査によれば、日本において医療の質と医療へのアクセスは確保されているという評価であるが、医療情報システムについては問題視されている。また1人当たりの受診回数が多い点も指摘されており、医療費を押し上げ、医療の質を低下させている要因と考えられている。この点については、診療報酬獲得目的で医師が患者に必要以上に受診を促しているのではないかと疑問を呈され、医療制度の構造に対する問題点も指摘されている。
 またOECD各国の生産性はこの20年で約1.5~2.0倍向上している中、日本は低迷し、主要各国の中でも最低水準である。

システム:デジタル化の前に日本の構造的問題にメスを入れなければ、国際競争力の低下は止まらないのではないか?

 「三位一体改革」を包含した本来あるべき医療構想を実現するために、OECDも指摘している医療情報システムの改善が必要であろう。コロナ禍において日本の保健所や医療現場が未だにFAXでやり取りしていることが報じられた。特別定額給付金やマスクの在庫管理すらままならないというニュースは、他国に”遅れた国”というイメージを強く印象付けた。厳密に言えば、日本が”デジタル後進国”であるという事実は、前々から専門家たちの間では認識されている。スイスの国際経営開発研究所(IMD)が2023年11月30日に発表した「世界デジタル競争力ランキング2023」によると、日本は世界で32位という位置づけだ。詳細については割愛するが、特にビジネスの俊敏性、規制の枠組み、人材が阻害する構造が、日本のデジタル化を遅らせている主要因として挙げられている。簡潔に言えば、経営幹部の国際感覚の欠如とIT知識の希薄さ、そして国の構想立案力と規制緩和が進まない構造の問題が指摘されている。他国の優秀人材やグローバル環境で戦っている人材は、この事実を理解しており、日本で働くことを敬遠している。

 ここまで医療業界の将来構想とその問題点について確認してきたが、プライマリーバランスの観点が欠けている点(将来世代にツケを回し続けている)が全ての問題の根幹であろう。将来構想をするのであれば、「持続可能な医療」が基本スタンスであり、前提条件であろう。


4. 「持続可能な医療」とその提供体制

4-1. 医療業界のビジョン

 そもそも医療業界は日本最大の「公共事業」であり、「持続可能な医療」とは「持続可能な社会」という点で不可分な関係にある。つまり、医療の問題だけを切り離して考えるのではなく、消費や生産、労働のありようやライフスタイル、コミュニティのあり方等々、”業界”より一回り大きな”国”という視座で将来を捉え直す必要がある。そして「持続可能な医療」を将来世代にも渡って提供し続けられる体制を整備する必要があるということだ。
 日本社会は世界に先駆けて、2043年以降に定常化社会に到達すると推計されている。仮に人口減少を伴わないとされる特殊出生率2・0以上に達したとしても、生産年齢人口に到達するまでに20余年の年月が必要となる。つまり、現在から試算して最短でも2044年以降の未来を前提に未来シナリオを検討する必要があるということだ。しかし、この数十年を振り返ってみれば、たった数年で特殊出生率が2・0に達することはほぼ不可能だろう。したがって、2050年以降の未来シナリオを前提に話を進めることとしよう。

 「2050年、日本社会は持続可能なのだろうか」という問いをテーマに設定した場合、2つのシナリオが浮かび上がる。それは、「持続可能シナリオ」と「破局シナリオ」であるが、明らかに「破局シナリオ」に至る蓋然性の方が高いのではないだろうか。京都大学の広井良典教授によれば、「破局シナリオ」とは財政破綻、人口減少加速、格差・貧困拡大、失業率上昇、地方都市空洞化&シャッター通り化、買い物難民拡大、農業空洞化等々といった一連の事象が複合的に生じるということである。同氏はAIを活用して2018年から2052年までの35年間の期間にわたる約2万通りの未来シナリオ予測を行っており、最大の分岐点として「都市集中型」か「地方分散型」の2つを示している。基本的な考え方として、日本社会全体の持続可能性を考えていく上で、ヒト・モノ・カネを可能な限り地方で循環する「分散型の社会システム」に転換していくことが、人口、都市・地域、格差、幸福といった観点で優位という結果である。因みに、「都市集中型」は出生率の低下と格差の拡大がさらに進行し、個人の健康寿命や幸福感は低下するという結果が導き出されている。(詳細については、同氏の著書『人口減少社会のデザイン』、『科学と資本主義の未来』(東洋経済刊)を参照)

 また本年1月4日に放送されたNHKスペシャル「2024私たちの選択 -AI×専門家による“6つの未来”-」では、京都大学などと共同で膨大なデータをAI解析した結果、6つの未来の形を浮かび上がらせ、日本社会をより豊かなものにするためのロードマップに関する討論が行われた。

出所) NHK 「6つの未来シナリオ」

 番組内では各シナリオのメリット・デメリットと”6つの未来”に至る分岐点が提示された。

出所) NHK 「"6つの未来"に至る分岐点」

 第一の分岐点である2028年が”賃金”、2029年が”出生率”、2040年が”研究の充実”という内容ではあった。

 NHKスペシャルで提示された選択肢は、「経済成長・拡大」を前提にした過去30年の失敗の繰り返し議論であり、選択肢足り得ない。これは「メガトレンドである「生成AI」…経済や社会に与える影響や生成AIの未来とは――」でも述べた通り、バイアスの問題が潜んでいるからだろう。ただし共通していることは、消費や生産、労働のありようやライフスタイル、コミュニティのあり方等々含め、2025年から2027年の間に「地方分散型」か「都市集中型」のどちらかを選択しなければならないということだ。

 本記事においては、「地方分散型」社会の構想を主軸に「分散型の医療システム」の構築をビジョンに掲げ、持続可能な医療提供体制の整備について考えていくこととする。

4-2. 「持続可能な医療」の提供体制

 さて医療費の対GDP比と平均寿命の関係を国際比較すると、医療費の比率が大きいからといって平均寿命が長くなるわけではない。アメリカを例に確認すると、先進諸国の中で医療費の規模が圧倒的に大きいが平均寿命が最も短い。死因として多いのが、虚血性心疾患(心臓病)と肥満であるが、日本におけるそれらの死因はOECD諸国内で最も低い。この背景の一つに食生活を含むライフスタイルが関わっていることは容易に想像できる。
 また平均寿命は所得水準に比例するようなデータがあるが、本当だろうか。国という単位で見た場合、確かにそのような結果になっているようだが、都道府県単位で見た場合、疑問が残る。つまり経済発展と平均寿命の相関性に関して、経済発展があるレベルを過ぎるとむしろ経済発展以外の要因(食生活やライフスタイル、貧困や経済格差、公的医療保険のあり方、ストレスや労働のあり方、犯罪率等)が健康や寿命にとって重要な要因となると言えるのではないだろうか。また経済が豊かになることに伴って、比例的に幸福度も上がるが、ある段階を過ぎると両者の関係がランダムになり、経済以外の要因が大きくなる。

 これまでの調査と今回設定した医療業界のビジョンを踏まえ、私が考える「持続可能な医療」の提供体制をご覧いただきたい(図表2)。

ポイント

  1. リアルタイムモニタリングを通じたPHRの充実化

  2. 「分散型の医療システム」を前提にした医療提供体制の構築

  3. プライマリーバランスの黒字化

図表2. 医療・ヘルスケアエコシステム

 上段が歳出の仕組み、下段が歳入の仕組みを表現している。前述の繰り返しになるが、歳出(医療)だけを意識した構想では持続可能な医療提供体制とは言えない。そのため、歳入(ヘルスケア)の観点を含め構想する必要がある。
 このエコシステムの肝は、ブロックチェーン(Web3)の仕組みで構築された医療プラットフォームであろう。プラットフォームには国民のバイタルデータをはじめとするリアルタイムのPHR(Personal Health Record)やレセプト(診療情報)、既往歴、投薬歴等が記録されている。また医療機関や医療従事者だけでなく、医療機器メーカー・製薬企業や健康促進・保険事業者等が公平にアクセスできるオープンでプライバシー保護されたセキュアな環境を整備する必要がある。


5. 医療提供体制を支える取り組み

 次に医療提供体制を支えるMedTechの取り組みについて、確認しよう。「医療・ヘルスケアエコシステム」を構築するためには、MedTechの活用は必須である。特に医療プラットフォーム構想に関しては、既に世に出ているプロダクトを採用し、医療プラットフォームとするという案も存在する。参考として、JMDCの取り組みを事例として紹介する。

5-1. ウェアラブルデバイス(パッチ型)

 多くの方がイメージするウェアラブルデバイスは、FitbitやApple watch(時計型)、MicrosoftのHolo lens(眼鏡型)、オーラリング(指輪型)だろう。しかし私は、東京大学の研究チームが発表したナノシートに注目している。

出所) 東京大学 「世界最軽量・最薄の皮膚貼り付け電極で、1週間の心電計測に成功~高耐久性のナノシートで皮膚への負担を低減~」
  • 世界最軽量・最薄の皮膚貼り付け電極を開発し、皮膚に1週間電極を貼り付けて高精度に心電図を計測することに成功

  • 皮膚貼り付け電極は、極薄性(100ナノメートル以下)、高耐久性、高粘着性、通気性をすべて兼ね備えた伸縮性ナノシート上に作製

  • 皮膚炎症の原因となりやすい粘着剤を用いずに皮膚に貼りつけるため、皮膚への負担を格段に低減

 日常生活の自然な活動における健康状態の長期間計測が可能(入浴やスポーツ等)であり、今後、医療・ヘルスケア分野において、病気や体調不良を早期発見するためのウェアラブルデバイスへの応用が期待されている。

 またナノシートの開発で特筆すべきは、医学系ではなく工学系の研究者が開発した点である。一見、医療とは関係が薄いと考えられる別の学問分野から生まれた理由を明らかにできれば、イノベーションは加速するだろう。同チームは、皮膚に張り付けられる血中酸素濃度計や人の指などが接触する位置情報を感知できるタッチセンサーアレイなどの開発にも成功している。現在は医療機器メーカーと実用化に向けて改良(血中酸素濃度や血糖値、血圧などの測定)を進めている段階だ。死因別死亡全体で見た場合、心疾患による死亡は全体の約15%を占めるため、早期の実用化が期待されている。

5-2. メディカルネットワーク

 総務省の「令和3年版情報通信白書」によれば、国内のオンライン診療普及率は15%に過ぎないという。日本でオンライン診療が普及しない理由は様々考えられるが、主に医療機関へのアクセスがフリー(自由に選択できない)でなくなる点があげられる。例えば米国では加入保険事業者の指定医療機関でしか診療を受けることができない。一方、日本はこれまでフリーアクセスで診療を受けることができたため、オンライン診療になると指定医療機関での受診となってしまうからだ。このような中、品川区では地域医療機関やクリニックが連携し、予約⇨問診⇨診察⇨決済⇨薬局への処方箋連携までをスマホやPCなどで行えるようにしている。患者はオンライン診療サービス「curon(クロン)」に登録されている医療機関にアクセスし、オンライン上の仮想待合室で待機、各医療機関にいる複数の医師が順次、遠隔で診察を行う。特徴的なのは「かかりつけ医」が診るという点だ。この取り組みはオンライン診療の成功事例として「品川モデル」と呼称されており、東京全域に拡大している。そしてNext stepとして、希少性の高い疾患において専門医と主治医での連携が図れるように、D2P(Doctor to Patient) with D(Doctor)やD2P with N(Nurse)の取り組みが進められている。また医療資源の偏在を解消すべく「遠隔ICU」の検討が日本集中治療医学界を中心に進められている。
 そして遠隔医療・オンライン診療を拡充していくにあたり、AI診療支援、MEC(Multi-access Edge Computing)、リアルタイムモニタリングへの期待が高まっている。特に投資市場においては”肥満”をキーにしたMedTechサービスに資金が集中している。またAIを活用することで誤診率が減少するという報告もあり、CureAppの高血圧治療アプリや日立製作所の糖尿病患者の治療薬選択の支援AI等、MedTech系AI市場が拡大傾向にある。

5-3. ヘルスケアデータの活用

 医療やヘルスケア領域で活用されているRWD(リアルワールドデータ)をご存じだろうか。RWDとは、レセプトなどの社会システム上に蓄積された実態情報を大量に収集し、社会全体の営みを観察し、課題を把握することを目的に使われるものである。RWDの活用が進めば、遺伝・習慣・環境そして疾患リスクが異なる個人の健康状態の把握や予防医療が実現できるかもしれない。またRWDの分析から導き出された示唆を用いて、健康促進・保険事業者等が新たな商品やサービスを開発する等、利活用の需要が拡大している。オムロンと事業提携しているJMDCは、JMDCが保有するレセプト情報に、オムロンの血圧計や体組成計で取得したデータを紐づけ、疾患リスクの解像度を高め、将来の疾患リスクの見える化に取り組んでいる。

出所) JMDCホームページ 「リアルワールドに基づくデータを活用した新たなソリューション」
出所) JMDCホームページ 「保険事業におけるヘルスケアデータを活用したサービス」

 同社は他にも保険者支援や医療機関支援等のサービスも展開しており、先に例示した医療プラットフォームに転用可能なサービスを既に提供している。現在は匿名加工して利活用する保険者データは、健康保険組合のものにおよそ限られているため、産業利用が進まない状況だ。ではデータをオープンにすべきかというと、機微情報も含むため単純にそうとも言い切れない。具体的にどのようなメリットとデメリットがあるのかの理解が国民の間で進めば、ウェルビーイング社会の実現に繋がる意義あるサービスとなるだろう。

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