第2幕 第3場 竹取の翁の家
(PDFファイルにで縦書きでも読めます)
冬。雪の降り積もりたる午後。
座敷に翁、媼、石上の中納言が火桶を囲んで談笑している。中納言の傍らに朱塗りの箱が見える。
かぐやの気配が御簾を透かして窺える。(御簾の下より出し衣)
媼 さあさあ、中納言さま。もっと火のそばにお寄りくださいませ。お寒うございましょう。
中納言 いや結構。かぐや姫のお側にいるというそれだけで、この身はカッカと燃えておりますからな。( 扇であおぐ) しかも私め、火の山から戻ったばかり。全身に浴びた熱がまだ冷めきってはおりませんぞ。
翁 いかがでござりましたか。東国の様子は。
中納言 ふん。田舎田舎と聞いてはいたが、あれほどド田舎とは思わなんだ。土地は険しく未開、人は愚かで野蛮。とうてい都人の住まうところではありません。おまけに何やらぶっそうな気配。
翁 と申されますと?
中納言 武士(もののふ)のことです。弓矢を背負い腰に太刀をぶら下げたむさ苦しい連中が、我が物顔に歩き回っておるのです。乱暴な男どもが寄り集まって、あちこちで良からぬことをしています。どこぞの国では、武装した兵士どもが国守(くにのかみ)の館を襲って狼藉の限りを尽くしたとか。
媼 まあ、おそろしい。
翁 まさか天慶(てんぎょう)の折りのようなことがまたもや。
中納言 平将門ですな。有り得ることですぞ。末法の世にふさわしく、身分の上下を弁えぬ振る舞いが目につきますからな。
( 意味ありげに)そうでしょう、媼殿?
媼 はい。大納言さまにはほんにお気の毒でございました。
中納言 なに。同情するには及びませんぞ。ニセの宝で姫をたばかろうとしたのですから。天罰が下ったのです。
媼 てっきり本物かとばかり思ったのですよ。この娘(こ)の言っていたとおり、金の茎、銀の葉っぱ、真珠の実でできた大層美しい枝でしたから。何よりも、大納言さまが素晴らしくお語りなされた旅の話にすっかり夢中になって・・・。
中納言 それそれそれよ。あの男の口の巧いことといったら大抵ではありません。言葉巧みに人に取り入り、甘い汁を吸うのです。それこそ蓬莱の枝ばりに飾り立てられたあの物言いにコロリとだまされ、名を貶めた女性がどれだけいることか。姫がためには本当に危ういところでしたぞ。
翁 ( 怒り声で)ほんにそうですじゃ。あの時、飾り職人どもが押しかけてこなんだら、娘はそうした女子(おなご)の一人にされていたところでした。よもや大納言ともあろうお方があのようにあこぎなまねをするとは思いませなんだ。
中納言 まったくまったく。蓬莱目指して難波を船出したと見せかけ、夜闇にまぎれて明石に上陸。彼の地の親戚の家に隠れ、半年間の遊行三昧。その間に一流の飾り職人を京よりひそかに呼びよせ、金も銀も真珠もたっぷり用意させ、ニセの蓬莱の枝を造らせた。まったく手の込んだことよ。
惜しむらくは成金特有のドケチ根性。家も家族もほうってニセの枝造りに骨折った職人どもに十分報いてやらなかった。奴らが怒るのも無理ありません。当人はできあがった枝を手に意気揚々と都に戻る。スズメの涙ほどの報酬でおっぽり出された職人どもは、大納言の後を追った。都じゅうを探し回ったあげく、ついにここへ。
媼 あの時は本当にびっくりしました。でも、一番驚かれたのは大納言さまでした。庭に押しかけた職人達を見るや、真っ青になられて沓もはかずに逃げ出したのです。職人達から事情を聞いて、私どももはじめて大納言さまのウソを知り驚きはしたものの、でもまさか・・・。
中納言 あんなことになるとは思わなかった、でしょう? だから末法だというのです。げに恐ろしきは集団心理。興奮した職人どもは逃げる大納言を朱雀大路で捕らえ、袋叩きの目に遭わせた。検非違使の到着があと少し遅かったら、どうなっていたことか。びっこになっただけで済んだは、不幸中の幸いでしょうね。
媼 ほんにお気の毒な。
中納言 同情には及ばないというのです。あの一族の面の皮の厚いことよ。安部の入道のように我が身を恥じて出家でもするかと思いきや、ケロリとした顔で参内してますからね。しかも、大げさに足を引きずって女官どもの同情を引くだけならまだしも、かぐや姫を貶めるようなことを言っているらしいのです。( 大納言の口調をまねて)「まろはもとより本気であのような身分の女を相手にしていたのではない。退屈しのぎに言い寄ってみただけ」
翁 何と情けない! 貴きあたりとも思えぬ仕打ち。あきれて物もよう言えません。今となっては、娘が大納言殿の手に渡らなかったことを喜ぶばかりですじゃ。そもそも私は最初からあのお方が気に入らなんだ。
媼 私もですよ。
中納言 そうでしょう。そうでしょう。安部の入道といい大伴の大納言といい、誠意のかけらもない外面だけの人間ですからね。姫の願いを叶えようという気はもとより持っていなかった。ニセの宝でたばかろうなんて、心の浅さが知れるではありませんか。
私をご覧ください。私はいつぞやお二人に誓ったとおり、ちゃんと東国へ行ってまいりましたぞ。火の山の麓まで籠に乗って行き、煙を吸い灰にまみれてきました。ただ、狩り殺生は私の得意とするところではないゆえ、彼の地に住む猟師で腕の立つ者を数名雇って、莫大な報酬と引き替えに獲物を追わせました。結果はこの通り。( 傍らの箱を指す) なるほど、姫のご所望なさるのも道理(ことわり)とうなづかれるほどに、色といい毛並みといい手触りといい、まっこと世に二つとあらぬ逸品ですぞ。
翁、媼、興味津々の体で箱を見やる。
媼 早く拝見しとうございます。
翁 ( うなづいて)今度こそ娘が縁づくかと思うと、嬉しさも格別ですじゃ。
これ、かぐや。黙ってないでなんとか仰言ったらどうじゃ。中納言殿はあなたのために、左大臣殿の反対を押し切って東国(あずま)くんだりまでお出向きになられたのですぞ。並々でない心ざしに、お礼の言葉一つなくてなんとする。
媼 そうですよ、かぐや。あの夢円法師とかいう無礼な男が、あなたのことを何と言ったか話したでしょう。ちょっとばかり弁が立って、あちこちで人気を得ているものだから図に乗って・・・。
翁 これ、坊さんの悪口を言うものじゃない。
媼 ですけど・・・。
中納言 誰ですか? その夢円とかいうのは。
翁 はい。最近下々で人気を集めている坊主でござります。何でも奇跡を起こすともっぱらの評判。一目見ようと話を聞きに行く者が沢山おるようです。
中納言 奇跡を? 本当ですか、それは?
翁 愚かな村人の言うことですじゃ。大方、ちょっとしためくらましを大げさに騒ぎ立てているだけではないでしょうか。私らにとっては、この娘(こ)こそ奇跡。我が家に幸運をもたらし、生きる力を与えてくれる奇跡なのですじゃ。
中納言 そのとおり。いかに有り難い説教だとて、こうして姫のお側にいるほどの法悦は与えてくれません。で、その坊主が何か?
媼 先だって中納言さまのご成功をお祈り申そうと清水に参った折りのことでございます。五条の橋のたもとに大勢人が群がっているのを供の者に見に行かせますと、話に聞いていた夢円法師が説教していたのです。どれ私も一つお姿だけでも拝見しようと牛車を下りまして、人垣の間から覗いたのでございます。そうしたらいきなり私を指さして、形相もすさまじくこう言ったのですよ。
「お前の娘は人にあらず。人の心を持たぬ魔性の者なり」
中納言 何と無礼な!
媼 まったく。頭にきてその晩はよう眠れませんでした。
ですから、かぐや。あなたも人の心をお持ちなら、それを見せておくれでないかい。中納言さまに感謝の気持ちをお伝えなさいまし。
かぐや ( 冷ややかに)先のお二方の例(ためし)がございますから、箱の中身を拝見しますまでは何も申し上げられませぬ。
媼 何をまた・・・。
中納言 いや、仰るとおりです。私も早くご覧に入れたくてウズウズしています。お言葉はそのあとで戴きましょうぞ。
ところで、お聞きおよびとは思いますが、私この正月に大納言になることが決まりました。
媼 まあそれはそれは。何とお目出たい。
翁 ( あらたまった礼をして)誠にお目出とうござります。
中納言 なに、父の地位を思えば当然のこと。むしろ今更という感すらします。ともあれ、今後ますます父の名代を務めることも多うなりましょう。昔から病知らずの父も、寄る年波のせいでしょうか、このところさすがに疲れが見えてきまして。
媼 どこぞお悪いのですか。
中納言 いや、相変わらずカクシャクとしております。ただ、この寒さでめずらしく風邪にかかったのですよ。鬼の霍乱(かくらん)と周りでは言っているようです。まあ、私が無事東国から戻ってきたので、安心し気が緩んだのでありましょう。
それはともかく。私この機会に新しく邸を構えることにしました。今までの邸を壊した跡に、より広くより立派な邸を建て、そこに姫はもちろんのこと、翁殿、媼殿もお迎えするつもりです。すでに人夫どもが取り壊しに入っていますが、そのついでに今までいた女は里に返してしまいました。私、一生かぐや姫お一人を大切に守ってゆきたいと思っておりますから。
翁 なんと感謝申し上げたらよいのか・・・。
下手より縁を伝って侍女、続いて中臣登場。
侍女 こちらでございます。( 退場)
媼、翁、座礼する。中臣、つかつかと上座にすわる。
翁 ようこそおいでくだされました。このようなむさくるしい窮屈なところにわざわざのお運び、身にあまることにござります。
中臣 なんの。窮屈なのは家のせいではあるまいて。( と中納言を見る)
中納言 帝の使いでなければただではおかぬものを。
中臣 帝の使いでなければここにはおりませんね。私の使命は中納言の持ちいたる火ネズミの皮衣をこの目で確かめ、首尾を見届け、もって帝に報告すること。
中納言 ならば奏上するがよい。石上宿禰(すくね)は火ネズミの皮衣を約束どおりに持ち帰り、かぐや姫を手に入れたと。姉君にも伝えてくれ。理想の伴侶を得たからには、宿禰(すくね)は今後、石上家の大黒柱となって父上同様に、いや父上以上に一家を盛り立てていく所存でおりますと。
媼 頼もしいお言葉。
翁 これで安心してあの世に行くことができそうですじゃ。
中臣 前置きはよろしい。ブツを見せていただこう。
中納言 承知。( 箱を取り寄せる)これぞ火の山に住む伝説の生きもの。体中の毛という毛から火柱を立て触れるものすべてを一瞬にして灰にする恐ろしき獣(けだもの)。雪の降りしきる晩もその衣をまとえば、ふるさとの美味し夢に寒さを忘れ、袖に腕を通せば古今東西の知恵が宿る。かぐや姫の為に東国まで出向き、朝に夕に神仏に祈り、ようやっと手に入れた宝物――火ネズミの皮衣こそこれにてござい。( 箱から青い毛皮を取り出し、両手で高く差し上げる)
翁 おお!
媼 なんて美しい!
中臣 どら拝見。( 中臣より奪うように受け取って)ふーん、色といい艶といい、なるほど貂や狐のたぐいではないらしい。( 広げてみて)まだ衣になってないではないか。
中納言 ( 翁媼に)一刻も早くお見せしたかったので、獣よりはぎ取ったままです。すぐに衣に仕立てます。
翁 ( 中臣より毛皮を受け取って)なんと素晴らしい手触りじゃろう。羽毛のように軽くて絹のように柔らかい。なにやら生まれたての赤子でも抱いているようじゃ。
媼 私にも見せてくださいな。( 翁より受け取って)まあ、なんて軽いんでしょう! これなら十二単の上からだって羽織れる。( ほおずりして)ああ暖かい。素肌に羽織るのが一番かも。ふるさとの美味し夢。ほんにそんな感じがする。これは本物に違いありません。
中納言 むろん本物ですとも。( 冠を指して)この髻(もとどり)に賭けてもよい。
中臣 しかと聞いたぞ。
媼 さあ、かぐや。あなたの望んでいた火ネズミの皮衣ですよ。ようくご覧なさい。
媼、几帳の下から差し入れる。
しばらく間。
翁 どうじゃ、かぐや。満足したろう。あなたもついに婿君を持たれるのですじゃ。中納言殿、いや大納言殿の奥方として、やんごとなき方々の身内になられるのですじゃ。まったくありがたいことじゃ。
かぐや黙っている。
翁 ( 中納言に)さっそくご婚儀の支度をしなくてはなりませんな。所顕わしの宴も盛大に行いましょう。山里のことゆえ、はかばかしくも参りませぬが、できる限りのことは致す所存でござります。
中臣殿。遠いところわざわざお運びいただき有り難うござります。どうかこの由、よろしく帝にお伝えいただきたく・・・。
かぐや お待ちください。
翁 なんだね、かぐや?
かぐや 石上さまのお言葉を疑うわけではございません。お持ちいただいた品も大層見事なものと承りましてございます。なれど、やはりこの皮衣が本物かどうか確かめてみたいと思うのです。
翁 確かめる? じゃが、どうやって。
かぐや 本物の火ネズミの皮衣ならば、火にくべても燃ゆることなく、さらに色つやを増すと聞いております。
中納言 まっこと、姫の仰るとおり。私としたことがうかつでした。姫をこの手にできる嬉しさが先走り、自らよう確かめもせず参上したのです。どうぞ煮るなり焼くなりして、真偽を明らかにしていただきたい。さあ、媼殿、皮衣をこちらへ。翁殿、火を熾してくださらんか。
媼、毛皮を中納言に渡す。
翁、火桶の火を掻き立てる。
中納言 中臣。良く見ておれよ。( 毛皮を火桶にかざす。とたんに、火がつき燃え上がる。驚いて手を離す)ア・チ・チ・チ・チ・・・・・。
間。
中納言 ( 呆然として)こ、これは何としたこと! 一体全体・・・( カッとなって)えーい畜生。東の下郎どもめ。私をたばかりやがった。( 空き箱をけ飛ばす)あ、イタタタ。( 周囲の視線に気づき)いや、その・・・何と言いますか。ご覧の通りで・・・。いえ決して姫をだまそうとしたわけではなく・・・そのう・・・
翁、咳払いする。
中納言 面目ない。これにて失礼仕る。( 転びつつ急ぎ足で退場)
しばし間。落胆する翁と媼。
中臣 ( 哄笑して)赤くなってチョロチョロと逃げていった。まるで火ネズミのように。( そでに向かい)おーい、あとで髻(もとどり)を届けてくだされよ。あははは。あの男も皮衣に腕を通してみさえすれば、おのが間抜けに気づいたであろうに。
翁 またしてもダメだった・・・。
媼 ほんに運のない。
中臣 がっかりすることはない。チャンスはあと二回あるではないか。
実を云えば帝はこの失敗を予見しておられた。で、中納言が為損じた場合にと、伝言を託された。心して聞くが良い。
翁 ( 気の抜けたまま)恐れ多いことです。
中臣 帝はおっしゃられた。皇子達の戻ってくるまでの間、かぐや姫を宮仕えに出すようにと。
翁 ( 驚いて)なんと!
媼 本当でございますか? 帝のお側に?
中臣 皇后陛下のお付きとして、です。
翁 ああ、もっとも。
中臣 これは帝じきじきの思し召し。このようなことはめったにありません。( 内緒話するように)運良く帝の寵愛を得るようなことにでもなれば、雲の上人。御子(みこ)でも生むようなことがあれば、現在お世継ぎがいないだけに、ゆくゆくは国母となるも夢ではない。
翁 おお何ともったいない。
媼 何という幸運がこの娘(こ)にはついて回るのでしょう。かぐや、お聞きになったかえ? あなたはよくよく前世の行いが良かったものと見える。この上は有り難く承って参内することになさい。
翁 そうじゃ。ここにいてもジジババ二人が相手では、あなたもつまらんじゃろうて。帝のご寵愛云々はともかく、皇子様方の戻ってくるまでの所在なさを宮仕えして慰めるが良い。まっこと有り難い話ですじゃ。
かぐや ( きっぱりと)せっかくのお話ではございますが、お断り申し上げてください。
媼 またどうしてです、かぐや。こんな結構な話めったにないのですよ。
かぐや 裏の竹林がよせと申します。月夜の笹原が否と申します。
媼 一体何をお言いだい?
翁 中臣殿。このように世間知らずの娘でござります。また急な話で本人も混乱しているようですじゃ。ご返事差し上げるのはしばらくお待ちいただけますでしょうか。
媼 ぜひそうさせてくださいませ。娘にはよくよく話聞かせておきとう存じます。
中臣 結構です。後日(こうじつ)返答いただきたい。帝じきじきの思し召しである点、くれぐれもお忘れなく。
――ところで( チラとかぐやのほうを見て)香炉峰の雪は?
翁・媼 ???
中臣 無学者め。白楽天を知らぬとは。
こういうのだ。遺愛寺の鐘は枕をそばだてて聴き( 立ち上がってかぐやの方へ歩む)香炉峰の雪は簾をかかげて見る!
と客席に面したかぐやの正面の簾を、さっと巻き上げる。
中には人の形を残した十二単があるばかりで、かぐやの姿はない。
中臣 ( あきれて)チッ。これは一筋縄ではいかぬタマよ。
( 暗転)
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