かぐや表紙NOTE

第3幕 第2場 竹取の翁の家

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三日月。虫の声。
後ろ姿のかぐや、縁で泣き伏している。
翁、媼、奥より登場。媼、盆を手にしている。二人戸口からそっとかぐやの様子を窺い、顔を見合わせる。媼、自分に任せてくれと翁に仕草で示し、座敷に入ってくる。
かぐや、二人に気づいて身を起こし、居ずまいを正す。

  ( 盆を下に置き、座って)かぐや。こっちへ来て一緒にウリでもお食(あが)り。残暑続きとはいえ、やはりもう秋。夜気は体に障りますよ。

かぐや  ( 振り向かずに)月が大層きれいなものですから、いましばらく。

  そうかい。じゃあ、先にいただいていますよ。さ、おまえさま。( ウリを一つ取って翁に差し出す)

それにしてもかぐや、あなたはよっぽどお月様がお好きらしいね。私の腕の中にいた小さな時分から月の光を浴びては喜んでいたものだけど、この頃は特に、夕方になるとそうやって縁に出ては月ばかり見ていなさる。まるで、月の中に恋しいお方でもいるかのよう。帝がお知り遊ばされたら、きっとご嫉妬なされて、月を射落とそうとなさるでしょうよ。

かぐや、肩を震わせる。

そうそう、そういえばあなたは夢円法師をご存じでしたよね。いつぞや無礼なことを言ったお坊さんですよ。得体の知れない乞食坊主と思っていたら、今じゃ下々の者ばかりか都のお偉い方々まで、こぞってあの男の信者となってしまわれた。どこに行ってもあの男の噂で持ちきり。そうでしょう、おまえさま?

  うむ、そうじゃ。先だって右大臣殿がお邸(やかた)に夢円法師を招き、説教の会を持たれたところ、詰めかけた貴族・女房がなんと三千人。寝殿の南庭は池のふちまでビッシリと人と牛車(くるま)で埋まったそうじゃ。風のない炎天下にもかかわらず、説教が始まるや人々は暑さを忘れ、術にでもかかったように法師の言葉に酔ってしまった。やかましく鳴いていたセミどもは、じっと聞き入るかのように鳴き止んで、池の蓮さえも深紅の花びらを歓喜に震わせていたという。

じゃが、しんに人々の息を止めたは説教のあと。法師が呪文を唱え一喝すると、何としたことか。傍らにいた右大臣殿のご子息、あの大伴の大納言の萎えた足がひょいと治ってしまったのじゃ。一座の驚きは大変なもの。その場で出家を誓う者もいたとか。喜んだ右大臣殿は、お礼にお御堂を建てて九体の阿弥陀仏をまつる約束をしたとのことじゃ。

  まったくもって不思議な話。そう思わないかい、かぐや?

かぐや  ( 抑揚のない声で)ええ、ほんとうに。

  私が聞いたはまた別の話。このあたりの百姓たちが、稲を荒らすカラスの群れに困じ果てていたところに夢円法師が通りかかった。理由(わけ)を聞いた法師が数珠をまさぐり空に呼びかけると、驚いたことに凶暴なカラスどもが法師の足元に、まるで黒い沓を並べたように降り立ったのです。法師の説教をカラスは首を傾(かし)げ神妙に聞いていたらしい。再び飛び立つと、連(つら)をなして山の方へ飛び去っていき、以来二度とその田んぼにはやってこないそうです。

いったい、カラスが人の言葉を解するなんて、そんな話聞いたことがあるかい?

かぐや  いいえ。

  他にもあちこちでいろいろな奇跡を行っているらしい。空海上人の生まれ変わりという者もいます。空海上人は、ご存じでしょう?

かぐや  ええ。

  それがほんとだとしたら大したことだけど・・・。

  何でも今度は左大臣殿のところで法師をお召しになるらしい。関白殿がご病気、おちこちの有名な僧や陰陽師(おんみょうじ)を呼び寄せて加持祈祷したが、いっこうに効き目が顕れない。今では一人でお食事するのも、ようお出来にならないそうじゃ。

そこで、皇后陛下おん自ら夢円法師をお召しになり、お父君ご本復のための祈祷をご依頼なされたのじゃ。見事ご快癒されたら、左右の大臣の厚い信頼を得て、夢円法師の威光はいやがおうにも高まるであろう、ともっぱらの噂じゃ。

媼  だからと云って、私はあの男の無礼を許すつもりはありませんよ。それに神仏というものは、不幸な折りにこそ必要なもの。私たちには少しも要りません。都中の、いいえ国中の人間が夢円法師の信者になろうと、わが家にかぐやのいる限り、私はそのありがたい説教とやらを聞きに行きたいとも思いません。

かぐや、あなたはどう思います?

かぐや、黙っている。

まあ、私ったらくだらない話をくどくどと。きっと退屈させてしまったろう。  

かぐや、黙っている。

さあ、ウリでもお食(あが)りなさいな。いい加減、中にお入り。人が覗くやも知れませんよ。( ウリを一つつかむが、再び盆に置く。抑えきれずに)かぐや!

と侍女が扇に文を乗せて入ってくる。

  何だね。

侍女  内裏からの文でございます。

  おお、陛下からか。ありがたいことじゃ。

侍女、かぐやに文を渡し退場。
かぐや、後ろ向きのまま、文を広げて読み、泣く。

  ( 驚いて駆け寄る)どうしたの、かぐや。何か悪いことでも?

媼、かぐやより文を取り、拝してから読む。翁も覗き寄る。

   ( 不思議そうに)まあ愛情に満ちたお言葉ばかりじゃないですか。水茎の一本一本から、帝のお優しい誠実なお人柄が匂い立って来ます。いつもと同じ、いつにも増してありがたい嬉しいお便りじゃありませんか。何も悪いことなど少しも・・・・・( ハッとして)かぐや。あなたはひょっとして・・・・・( ためらって)畏れ多いことを言うようだけど、帝をお厭(いと)いなのかい? それでこうもお悩みなのかい?

  ( 驚いて)そうなのか、かぐや?

そうならそうと言うてくれ。わしらも少し前こそ、おまえが早う嫁ぐことを願いもし、何やかやと責め立てもした。じゃが、五人の公達をことごとく退けた今となっては、もはやおまえの意にそまぬ縁談をすすめるつもりは毛頭ない。たとえ、お相手がこの上なき尊きお方であろうとそれは同じ。わしらが願いはただ一つ。おまえが幸せでいてくれることだけなのじゃ。

  そうですよ、かぐや。始めのうちこそ私も、宮仕えの話を天にも昇る思いで聞いていたけれど、あなたは帝じきじきの仰せもお断りなすった。よほど固い決心がおありらしい。この上はもう何も言いません。あなたの好きになさっていいのですよ。帝ももったいないくらい度々お越しくださいますけれど、もしあなたがそれを煩わしく思われるのなら――。

かぐや  いいえ。いいえ、違うのです。

  じゃあ一体何だって・・・。

  ( 威厳を持って)娘よ。心配ごとがあるのなら、この父母に聞かせておくれ。おまえの願いなら何だって聞いてきたわしらだ。おまえのためならこの命だって平気で投げ出す覚悟はある。悩みを持っていることは、ちゃんと分かっておるのじゃ。おまえはこの半月というもの、わしらに隠れては一人で哭いておった。夜空を見上げては、ついぞ見せたことのない打ち沈んだ様子をして、何事か嘆いておった。

思うままなる望月のようなこの世に、いったい何を悩んでおるのじゃ。

  ( 泣いて)月を見るのはお止し。月を見ればなおさら、あなたは辛くおなりのように見える。

かぐや  ( こらえて)その月のせいでございます。月が私にこの世との別れを命じるからでございます。

  ( 驚いて)いったい、何をお言いだい?

かぐや  ( 居ずまいを正して)お聞きください。私はこの世の者ではありません。あの月の都に生を享けた者です。罪の報いで、この地上に七年(ななとせ)の時を過ごすことになっていたのです。

  ( 本気にせず)何を言うかと思えば・・・。

  わしらはしんからおまえのことを心配しておるのじゃぞ。

かぐや  私が偽りを申したことがございますでしょうか。

   ・・・だって七年たって、あなたは十八におなりじゃないの?

  そうじゃ。わしが竹やぶにおまえを見つけたは十八年前の十五夜。

かぐや  七年前でございます。残りの年月はまやかしなのです。

翁  まやかしだと?

  おかしなことを。

かぐや  七年前、赤子の姿で私はこの地に送られて参りました。今のこの姿になるまで五年とかからなかったのです。それを不思議と思わせないよう、周りの者に錯覚させてきたのは、月の世界の者である私の力でございます。

  それじゃ、私達が一緒に暮らしてきたのは本当は七年だったと、そう言うのかい?

かぐや、うなづく。

  馬鹿げている! おまえが月の都の人間だとか、十八年が本当は七年だったとか、とうてい本気にはできん。かぐや、おまえは親をからかっておるのか。

かぐや  おとうさま。七年前の十五夜を思い出してください。裏の竹林で私を見つけた時のことを。あの晩、月は銀の矢のような鋭い光を地上に放っていました。竹林の中は幾筋もの光の矢に射られて、一つ一つの節がまるでその矢で傷つけられたばかりのようにくっきりと見えました。

  ( 思い出すように)そうじゃった。あたりがあまりに明るいので、月が地上に降りてきたのかと思うたほどだ。わけあって竹林の中に入り込んだのじゃが、おかしなことに道に迷うてしまった。子供の頃より何十年と知っているわが庭同然の山のはずだのに、月の光に惑わされ、帰る道すら分からなくなってしまった。

かぐや  その時おとうさまはまばゆい光をご覧になりました。

  うむ。さてはあれこそが地上に降りた月の居所と思うたほどのまばゆい光。誘われるように近づいてみると、一本(ひともと)の竹の根方がその源。筒の中が怪しいほどに光り輝いておったのじゃ。目をこらえつつ寄ったところが驚いた。竹の根方に穴があいておって、中に赤子がいるではないか。

笑っている赤子を抱き上げると、筒の中の光はつと消えた。が、そのぶん腕の中のおまえが光輝くように見えたのじゃ。

かぐや  その時おとうさまは声をお聞きになりました。

  声を聞いたと? いいや、声など何も・・・。

かぐや、そっと腕を伸ばし、翁の胸に手のひらをあてる。
翁、目を閉じる。

  ( 呆然と)声・・・人の声? 竹の声? 月の・・・( かっと目を見開く)

  どうしたんです? おまえさま、何をお聞きになったんです?

かぐや  思い出されましたか。

  ( うなづく)何としたこと。どうして今まで忘れておったのか。確かにあの時わしは一つの声を耳にした。じゃが、それは・・・。おお、そんなことが本当に?

  何です? いったいその声は何と言ったのです?

  ( 震え声で)どこから聞こえてきたのかよう知らん。天からか地からか。頭の中で聞こえたようにも思う。男とも女ともつかぬ、凍るように冷たい、じゃが美しい声。その声がこう言ったのじゃ。

「竹取の翁、讃岐の造(みやつこ)。その赤子を一時(いっとき)汝に預ける。汝の娘として育てるがよい。時が満ち、月が満ちたら、迎えに来る。望月が天の子午線をよぎり、竹林が花で埋まるとき」

しばし間。

  ( 笑って)竹林が花で埋まるとき、ですって? そんなありえようもないこと。おまえさまは道に迷って幻でも見たに違いない。大方、狐に化かされたのですよ。

  ( 真剣になって)かぐや、おまえは一体なぜ知ったのじゃ? いや、このことをずっと知っていたのか?

かぐや  私も声を聴いたのです。先の満月の晩、夜中にふと目が覚めて、私の名を呼ばう声を聴きました。誘われるように縁に出てみると、それは間違いようもありません。月からの声なのでした。

・・・・・私は宿命(さだめ)を知りました。自分がお二人の血を享けた実の娘でないことは知っておりました。でも、よもやこの世の人間(ひと)でないなどとは。( 泣く)

次の満月の晩、月の都から迎えの者が参ります。いかなる懇願も、いかなる抵抗も月の者たちには通じませぬ。私は帰らなければなりませぬ。それが悲しくて、それがつらくて、この半月嘆いていたのでございます。

  ( 泣きながら)そんな無茶苦茶な話がありますか! 腹を痛めた子でないと言ったって、十八年もの間、手塩にかけて育ててきたおまえ。この胸であやし、この腕で抱き、この手で髪を梳いてやったおまえ。泣きやまぬ夜はこの背中におぶって、竹林の中を何時間でも歩き回った。良からぬ物を食べて熱を出した折りには、山中駆け回って薬草を探し、神にも仏にも祈って寝ずの看病もした。私の命なぞどうなろうとかまやしない。どうかこの命とひきかえに、この子をお助けください。そう祈りながら・・・。

十八年、いいえ、おまえが七年というのなら七年でもよい。苦労して育てたおまえ。朝に晩におまえの顔を見るだけが生きがいとなるほどに、身を捨てて慈しんできたおまえ。それをわけの分からぬ約束だからと云って、おいそれと人に渡せますか! そんな馬鹿な話がこの世で通ると・・・( わっと泣き伏す)

 ( 呆然と)何ということ。何ということじゃ。

かぐや  月の都に実の父なる人母なる人がいます。顔も声も覚えてはおりません。今はただ、お二人こそが本当のおとうさまおかあさまと思うにつけ、このまま年老いていかれる先を見守ることもできず、一人去っていくのが大層つらいのです。氷の心と噂された私ですのに、なぜこうも心が痛いのか、なぜこうも涙があふれ止まぬのか、不思議で仕方ありません。

媼とかぐや、抱き合って泣く。
翁、ぼうっとしているが、ふと帝のに目を留める。

  ( 文をつかんで)そうじゃ。帝にお頼み申そう。陛下にこのことをお伝えして、かぐや、おまえを守っていただくのだ。月の都の者だろうが、地獄の鬼だろうが、絶対におまえを渡しなどすまい。誰が何と言おうと、おまえはわしらの娘。おまえと生き別れるくらいなら死んだ方がましじゃ。

陛下とて、きっと思いは同じはず。わしには分かる。陛下のお力をお借りして、おまえを奪いに来る奴らを退治していただくのじゃ。

  おお、それがいい。帝のご寵愛を頼りとしましょう。帝のお力を持ってすれば、なにも恐れることはない。人の世の情けを知らぬ者たちを、存分に懲らしめていただきましょう。

翁  わしらこそおまえの本当の父と母。月の者たちには指一本触れさせはせぬ。次の満月と言ったか。( 月を見上げて)来るなら来るがいい! わしの娘を奪おうとする奴がどんな目に遭うか、存分に思い知らせてくれるわ!


― 幕―

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