![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/105283043/rectangle_large_type_2_d2269a03758fe42d0af69f13294073cc.jpg?width=800)
『クラス替えの日の出来事』
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/105283068/picture_pc_3ffb517e5c4295d7767cb6b148a3b979.png?width=800)
仲の良い部活仲間と同じクラスになれはしたものの、いざ教室で席に着くと、話したことのない面々に囲まれた、番号順の窮屈な並びに、不安が募っていった。
すぐ前の子は…確か小学校が一緒だったかな。
右隣はずっと本読んでるし…後ろの子は、なんだろう?何か書き物をしている。
左隣は…机に突っ伏したまま寝ていて、顔もわからない。
(気まず過ぎる〜…今日はもうホームルームだけだし、私も何か書いてるふりしとこっと。)
セカバンからデニム地の大きなペンケースを取り出し、配られたばかりの連絡ノートに名前を書く。
薄緑色の表紙が、今の季節っぽくて、なんとなくホッとする。
(お花描いちゃお…)
ごそごそと取り出した、オレンジ色の水性ペン。
そのキャップを片手で雑に取り、真新しい厚紙に向き合う。
一筆書きで、5枚の花びらを予定していたが、2枚目を描いたところでインクが切れた。
(あー、ここで寿命かぁ。)
もう一度ペンケースに手を突っ込み、同じ色の新品を取り出した…つもりだったが、手にしたのはインクの減った古いものだった。中身の出が悪いので、家用にしていたはずが、どうやら紛れ込んでいたようだ。
(あれー?新しいの入れてたよね…あ、これこれ。)
ようやく新品のお目見えだ。
キャップを開けて、続きを描こうとした瞬間だった。
「ねぇ、オレンジ何本持ってんの?」
不意に話しかけられ、私は、机の裏に太ももが当たるほど、身体をビクッと跳ねさせてしまった。
声の主は、左隣の席からだった。
腕を机の上で枕にしたうつ伏せのまま、首だけをこちらに向けて、もう一度問いかけてくる。
「そんな驚かないでよ。で、あと何本出てくるの?」
「えっと…オレンジはもう無いかな、たぶん…」
まるで自分ではないような小さな声で、なんとかその問いに答えた。
頬にほんのりと残る寝あとに目がいく。眠そうな一重の瞳が、こちらの目線に気づいたのか、ぐりっと顔を反対側に背けた。
「あ、えっと…」
次の言葉を探す間もなく、再びこちらに向き直された顔は、さっきよりもじとっとした眼差しで、呟いた。
「ヨダレ見られた…。」
「えっ!?付いてないよ、大丈夫だよ!たぶん…?」
「ぶっ」
彼は小さく吹き出し、目を擦りながら身体を起こすと、こちらに右手を伸ばしてきた。
「筆箱見せて。」
「えっ!なんで!?」
「"たぶん"を2回も言う奴は、きっともう3本くらい同じのが入っててもおかしくない。」
「は、はぁ〜??」
なんなんだ、この人は。謎理論だ。
「ねぇ、早くっ!
僕も名前書くから。ペン使うよ!」
すっかり目が覚めたのか、先程よりも声がよく出ている彼は、ぽいっと私のペンケースを自分の机に移動しすると、物色を始めていた。
「ちょっと…!目の前に自分のあるでしょ!」
「インク出なかった奴はこっち入れとく。」
「あ、ありがとう。…じゃなくて!整理しなくていいから〜。」
書きかけの手紙が入っていなかったかと、内心ヒヤヒヤしながら、彼の手元を覗き込む。
「「あっ」」
まさかの4本目のオレンジ色が登場した。
「どんだけこの色好きなんだよー。もうお前のあだ名、"オレンジ"一択だわ。」
「え、やだよそんなの〜!」
「でも、"オレンジ"は微妙に呼びづらいな…じゃあ"みかん"で。」
「種類変わったよ〜、そこは横文字で頑張ってよ…」
「なんだよ、横文字で頑張るって。」
くっくっと口元をおさえながら、よくわからないツボに入って笑い続ける彼を横目に、ペンケースを救出しようと、おずおずと手を伸ばす。
私の手が届くよりも早く、黒色のペンで名前を書き終えた彼は、手元に転がるオレンジ色に持ち替えながら、こちらを見る。
「はー。そんなツッコミできる奴だとは思ってなかったわ。」
「たぶん話したことないよね。ごめん、名前が…」
「はい、僕の名前はこれね。」
指先でトントンと、自分のノートを弾く。
「よろしく。」
「よ、よろしくね。」
「じゃあ記念にサインしてあげる。」
「へっ!?サインってどこに…」
言い終わる前に、視界の殆どが真っ黒な学ランで埋まる。目の前に揺れる、開いたままの第一ボタン。
そこに校章が刻まれていた事を、今初めて知る。
彼はこちらの机まで身を乗り出し、私の連絡ノートを自分の手元へ寄せた。
顎にペンをあてたまま、何か閃いたのか、一瞬瞳が大きくなる。
「あんまり派手にしないでください…。」
観念はしたが、念の為、ダメ元でお願いはしてみた。
「僕のセンス、信じてちょうだいな。」
(ほぼ初対面なんだけど…。)
軽快に筆を走らせる彼の右腕の動きが、私の左腕を揺らす。そばにまとう空気が熱い。
平静さを求めるように、私は反対側の斜め上を向き、深呼吸のようなため息をついた。
「出来た。これはいい初共演。」
満足そうな声に、私は視線をノートに戻す。
私の名前の横には、みかんらしきものとハートマーク。
「あぁ、なるほど…可愛い。」
「でしょでしょ。」
ハートに生まれ変わった書きかけの花。
指でなぞりながら、顔を上げる。
自然と視線が重なり、ようやく二人揃って、笑みが溢れた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?