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『ある冬の夜の話』
![](https://assets.st-note.com/img/1683732138422-J4W28s0vQM.jpg?width=800)
"今電話してもいい?"
マナーモードの携帯が短く震える。
"部屋に戻るからちょっと待って"
手短かに返したメールに、すぐ返信が来た。
"10秒待つ!"
「なんじゃそりゃ。」
と、一人でツッコミを入れながら、部屋に戻り、大きめのビーズクッションにもたれかかる。
マナーモードを解除した丁度良いタイミングで、お気に入りのバンドの新曲が携帯から鳴り始めた。
今日登録したばかりの着メロを、少し長めに聴いてから、通話ボタンを押す。
「10秒以上経ってるよー?」
「違う違う、そっちが着メロ聴く時間を10秒あげたの!」
「あー、そういう意味かぁ。てか、すぐ出なかったのバレてんじゃん。」
「昼に新曲登録したって言ってたから、絶対着信中に聴いてると思ったし。」
「名探偵がおりますわぁ、やだわぁ怖いわぁ…ふふっ」
「楽勝楽勝、ふっふーん」
何気ない普段通りのやり取りが、携帯越しだと妙にそわそわする。
そんな私とは相反し、心なしか、君はいつもよりゆったりで、機嫌が良さそうに聞こえる。それに…
「ねぇねぇ、電話だと声、いつもと違くない?」
ドキッとして、思わず息を呑む。
「ん?どうした?」
「ごめんごめん、今さ、全く同じこと考えてたからビックリしちゃって。」
「えー?ほんとにー?また名探偵しちゃったやん。」
「探偵どころかエスパーだよ。」
「ははっ、確かに。」
耳が熱い。
今、教室で面と向かって話していなくて良かったと、内心安堵してしまう自分がいた。
「君の声もさ、ちょっと低く聞こえるんだよね。」
「そう、なのかな?お前の声は、いつもより静かっていうか、小さく聞こえるな。」
「そりゃー電話だし、大声は出さないよ。」
「んー、ってか、元気無さそうに聞こえる。」
「そんな事ないってー。」
なんだか心配されてしまっている。
「元気がないというよりは、落ち着いてるというか…ほら、自分の家だもん。それに…」
「それに?」
「電話で君の声聞いてると、なんか落ち着くんだよね。」
「…」
あ、今私、リラックスし過ぎて、凄く恥ずかしい事を言ってしまった気がする。瞬間的に、君の困り顔が目に浮かんだ。
「それ、結構嬉しいかも。」
意外な回答にホッとする。続く言葉は自然に出てきた。
「落ち着きますよー、まったりですよ。」
「あー、僕の方までまったりが少し移ってきたぞ。」
ふぁーっと、気の抜けたあくびが聞こえた。
私もつられて、あくびが出てきた。
先程までの耳の熱が、体全体に行き渡って薄められたのか、ぬるま湯にでも入っているような心地良さを感じる。
「そういえば、何か用事があったんじゃないの?」
「あー、そうそう。理科のレポート終わった?」
「うん、数学が自習になった時にやっちゃったから。」
「マジでー?ずる!」
「君、数学寝てたやん。協力はするけど写しはさせんぞ。」
「ふっふっふ、と見せかけて、実は今終わったのだ。」
「おー、おつかれー。終わった報告だったのね。」
「そう!さぁ盛大に褒めてくれて構わないぞ!」
「じゃあ、代わりにうちのぬいぐるみのポーちゃんにヨシヨシしときます。」
小さい頃から大事にしている、たぬきのポーちゃんをベッドから下ろして、頭を撫でる。
「ポーちゃんかよ!てか、誰だよポーちゃん!」
スピーカーからの笑い声。
それだけでも、君の笑顔が頭にほろっと浮かんできた。
「はー、笑ったらなんか暑いわ。窓開けよ。」
「えー、1月だよ~?」
「寒っ!あー、でもなんか、空綺麗かも。」
君の声の更に奥に、外を走る車の音が入ってきた。
本当に窓を開けたようだ。
私はゆっくりと立ち上がり、窓の鍵を開けた。
ひんやりと冷えた窓ガラスが指先にあたり、網戸をカラカラと開けると、外気が身体のふちを通り抜けた。
案内するかのように、君は言葉を続ける。
「ねっ。空、今いい感じじゃない?星見えるし。」
「うん、雲が切れてるところに丁度見えるね。」
「「冬の匂い…」」
不意に呟きかけた言葉は、同時に止まる。
そして、お互いの笑い声に変わった。
「えっ、お前今日被り過ぎっしょ。」
「いやー、今のは私も完全にエスパーだわ。」
一呼吸おいて、君は言う。
「冬の匂い、いいよね。」
「うん、好きな匂い。」
「…どんな匂いに感じてる?」
「私はねー…」
言葉と言葉の重なる時がくすぐったい、取り留めのない君との会話で、今日も夜は更けていく。
いつもより低く聞こえる、穏やかな優しい声に包まれて…。
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