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『ある冬の夜の話』

"今電話してもいい?"

マナーモードの携帯が短く震える。

"部屋に戻るからちょっと待って"

手短かに返したメールに、すぐ返信が来た。

"10秒待つ!"

「なんじゃそりゃ。」
と、一人でツッコミを入れながら、部屋に戻り、大きめのビーズクッションにもたれかかる。

マナーモードを解除した丁度良いタイミングで、お気に入りのバンドの新曲が携帯から鳴り始めた。
今日登録したばかりの着メロを、少し長めに聴いてから、通話ボタンを押す。

「10秒以上経ってるよー?」
「違う違う、そっちが着メロ聴く時間を10秒あげたの!」
「あー、そういう意味かぁ。てか、すぐ出なかったのバレてんじゃん。」
「昼に新曲登録したって言ってたから、絶対着信中に聴いてると思ったし。」
「名探偵がおりますわぁ、やだわぁ怖いわぁ…ふふっ」
「楽勝楽勝、ふっふーん」

何気ない普段通りのやり取りが、携帯越しだと妙にそわそわする。

そんな私とは相反し、心なしか、君はいつもよりゆったりで、機嫌が良さそうに聞こえる。それに…

「ねぇねぇ、電話だと声、いつもと違くない?」

ドキッとして、思わず息を呑む。

「ん?どうした?」
「ごめんごめん、今さ、全く同じこと考えてたからビックリしちゃって。」
「えー?ほんとにー?また名探偵しちゃったやん。」
「探偵どころかエスパーだよ。」
「ははっ、確かに。」

耳が熱い。
今、教室で面と向かって話していなくて良かったと、内心安堵してしまう自分がいた。

「君の声もさ、ちょっと低く聞こえるんだよね。」
「そう、なのかな?お前の声は、いつもより静かっていうか、小さく聞こえるな。」
「そりゃー電話だし、大声は出さないよ。」
「んー、ってか、元気無さそうに聞こえる。」
「そんな事ないってー。」

なんだか心配されてしまっている。

「元気がないというよりは、落ち着いてるというか…ほら、自分の家だもん。それに…」
「それに?」

「電話で君の声聞いてると、なんか落ち着くんだよね。」

「…」

あ、今私、リラックスし過ぎて、凄く恥ずかしい事を言ってしまった気がする。瞬間的に、君の困り顔が目に浮かんだ。

「それ、結構嬉しいかも。」

意外な回答にホッとする。続く言葉は自然に出てきた。

「落ち着きますよー、まったりですよ。」
「あー、僕の方までまったりが少し移ってきたぞ。」

ふぁーっと、気の抜けたあくびが聞こえた。
私もつられて、あくびが出てきた。
先程までの耳の熱が、体全体に行き渡って薄められたのか、ぬるま湯にでも入っているような心地良さを感じる。

「そういえば、何か用事があったんじゃないの?」
「あー、そうそう。理科のレポート終わった?」
「うん、数学が自習になった時にやっちゃったから。」
「マジでー?ずる!」
「君、数学寝てたやん。協力はするけど写しはさせんぞ。」
「ふっふっふ、と見せかけて、実は今終わったのだ。」
「おー、おつかれー。終わった報告だったのね。」
「そう!さぁ盛大に褒めてくれて構わないぞ!」
「じゃあ、代わりにうちのぬいぐるみのポーちゃんにヨシヨシしときます。」

小さい頃から大事にしている、たぬきのポーちゃんをベッドから下ろして、頭を撫でる。

「ポーちゃんかよ!てか、誰だよポーちゃん!」

スピーカーからの笑い声。
それだけでも、君の笑顔が頭にほろっと浮かんできた。

「はー、笑ったらなんか暑いわ。窓開けよ。」
「えー、1月だよ~?」
「寒っ!あー、でもなんか、空綺麗かも。」

君の声の更に奥に、外を走る車の音が入ってきた。
本当に窓を開けたようだ。

私はゆっくりと立ち上がり、窓の鍵を開けた。
ひんやりと冷えた窓ガラスが指先にあたり、網戸をカラカラと開けると、外気が身体のふちを通り抜けた。
案内するかのように、君は言葉を続ける。

「ねっ。空、今いい感じじゃない?星見えるし。」
「うん、雲が切れてるところに丁度見えるね。」

「「冬の匂い…」」

不意に呟きかけた言葉は、同時に止まる。
そして、お互いの笑い声に変わった。

「えっ、お前今日被り過ぎっしょ。」
「いやー、今のは私も完全にエスパーだわ。」

一呼吸おいて、君は言う。

「冬の匂い、いいよね。」
「うん、好きな匂い。」

「…どんな匂いに感じてる?」
「私はねー…」

言葉と言葉の重なる時がくすぐったい、取り留めのない君との会話で、今日も夜は更けていく。

いつもより低く聞こえる、穏やかな優しい声に包まれて…。

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