見出し画像

(短編)報酬をガチャにつぎ込む殺し屋


「100%の男を見くびったのが運の尽きか……」
俺は悔しそうにつぶやく男の頭部に銃口を向けた。
仕立てのいいスーツを着た恰幅のいい中年男が無様にも床に倒れている。
その周りにはこいつの手下たちが体に穴を空け、息絶えていた。
マフィアのボスだか知らないが、俺は標的を100%仕留めるプロ中のプロだ。
どんなに警備を厚くしようと、どんなにセキュリティに気を遣おうと、どんなに凄腕に身を守らせようと俺の前では無に等しい。
「これがグレ……」
俺は無感動に銃爪を引いた。
乾いた銃声とともに命がひとつ失われた。
こいつはどうでもいい命だ。
俺にはもっと大切なことがある。
この仕事の結果は即座に雇い主に伝えられ、成功報酬が俺の口座に振り込まれるだろう。



              ●



「いや~出ねぇ出ねぇ!今回の限定ガチャも渋いねぇ~」
スマートフォンに映るガチャのリザルト画面を見て俺はひとりごちる。
悔しさを飲み込むように、まだ中身のある缶ビールをぐいっと呷った。
「100%殺しは完遂できるのによぉ~。ガチャはどうにもならんぜ」
仕事を終えた後の自宅でくつろぎながら回すガチャは最高だ。
この無駄遣いがたまらない。
いくつものソシャゲを掛け持ちしているが、俺の目的はガチャであり、ゲームには手を付けていない。
ガチャが俺の唯一の息抜きだ。

俺がガチャに嵌ったのはいつぐらいだったか。
仕事の軌道が乗り始めた頃から?
酒に女に他に気を紛らす娯楽はいくらでもあるのに、なぜこんな金の無駄遣いに拘泥している?
貧しい子供時代に復讐したいからか?
そんなことはどうでもいい。
俺は標的を殺し、その報酬でガチャを回す。
それは俺の命が尽きるまで繰り返される血みどろのサイクルだ。

コール音。
ソシャゲの画面が電話の通知に切り替わる。
応答。
「何の用だ?」
『新しい仕事の斡旋をしてやろうとしたのに、その態度はひどいな。
ガチャ、とやらは順調かな』
女の声がスマホから聞こえる。尊大で挑発的な声色だ。
俺の雇い主だ。俺がそこそこ裏の世界で名の知れた頃からの、それなりに長い付き合いだが、正体はわからない。顔を突き合わせたことは一度もないが、俺のガチャ趣味を知っている。
正直言って不気味だ。だが、どうでもいい。きっちり俺の口座に金を振り込んでいる限りは。
「まあぼちぼちだ。仕事ならしばらくはいいぞ。金は十分あるからな。
もう切るぞ」
『待ちたまえグレイゴーストくん』

グレイゴースト。
どんな堅牢な守りに身を固めても幽霊のように忍び寄り、標的の命を狩る。そうした俺の腕前をもとについた異名だ。
灰色(グレイ)はどこからきたかわからない。
最初はそのダサさに悶絶したが、今はソシャゲの最高レアのキャラ名みたいだなと自分をごまかし我慢している。
「100%の男」よりはかっこがつくだろうし。
『君にはぴったりの依頼だよ。ガチャ狂いの君にはね……』
「ほぉ、それは興味深いな」

『グレイゴーストくん、最高の運をもつ女に興味はあるかい?』
『その女はどんな賭け事でも完勝し、どんな命の危機でも乗り越えてきた』
「最高の運をもつ女ね……。100%の男の俺にそいつを殺して欲しいのか?」
最高の運とやらも殺してしまえば無駄になるのに、なんでそんな依頼を俺に頼みのか。
銃をつきつけてガチャを回させるのか。そんな馬鹿みたいなこと殺し屋がするわけないのに。

『いや今回は殺しではない、護衛だよ』
「は?」
『だから今回は標的を殺すのではなく、守って欲しいんだ』
様子がおかしい。電話の相手の声が近く感じる。いや、すぐそこにいるんだ。
凄腕の殺し屋が笑わせる。なんて迂闊だ。
俺は手元の拳銃を手に取り、背後を振り返った。
銃口の先に女がいた。いつの間に侵入していたのか。

「私を守ってくれないか?グレイゴーストくん」

つづかない

お題
・灰色 
・課金
・苦しい


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?