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私の道しるべ『始まりの木』

夏川草介さんの新作が出ていた。立派な木が佇む爽やかな緑色の表紙。次に目に飛び込んできた白い帯には私が『神様のカルテ』や『本を守ろうとする猫の話』で触れてきた夏川草介さんの「少しばかり不思議な話を書きました。…」で始まるシンプルな紹介文。裏表紙側には大好きな上橋菜穂子さんの推薦文。これはご縁だと書店ですぐに手に取った『始まりの木』。
これは今、ベランダや公園の芝生の上で読みたい本1位(私調べ)の作品の読書感想文。


   全く夏川草介さんという方はなんて魅力的な登場人物を描くのだろう。感性豊かで明朗な大学院生の藤崎千佳。共に旅する民俗学の指導教官、古屋神寺郎は風変わりでユニークな性格を持つ。またもや憎めない愛すべきキャラクターが誕生しているではないか。これでは読み終える頃にはきっと皆ファンになってしまう。


   そんな愛すべき凸凹コンビの旅には美しい景色と心の物語がある。私達はまるでその旅に同行している気持ちで読み、その目に写るパノラマ風景を4Kで体感できるようだ。目が喜んで久しぶりに読み終えるのがもったいないと感じた。夏川さんは医師でありご多忙な中、表現される文章は近年作品ごとに研ぎ澄まされ解像度が上がっているように感じる。


   各地を訪れた二人と共に考える、“わからないことがあるからこそ感謝する美しい生き方”とは。5話からなるこの物語のリズムが心地いい。毎話、スローモーションになるような印象的なシーンがある。と同時にこれはひょっとしたら新たなシリーズの幕開けでは?とも思わせるものだった。


   思えば幼い頃、私は獅子舞が怖かった。悪いことをすればあの赤い獅子が家にやってくる気がした。このような風習やお祭り、神社や御神木などは今なお存在する。今や食品から雑誌までもが鬼と刃とコラボさえしている。


   そういえば昔はお天道様に顔向けできなかったり、神様が見ているからと悪事にブレーキがかかっていたものだ。何でも明らかにしようとばかりせず、わからないものはあると認知した上で、理不尽も不思議も確かにそこにあった。不思議との出会いといえば、私は出産時に2回とも「もう産まれていいよ」とお腹に告げた日に破水した。同じような体験も見聞きし、胎児と以心伝心なのを身をもって経験した。


   近所に樹齢400年以上の大楠がある。ぴんとはりつめた空気と幹の強さに惹かれて娘達とよく散歩しその幹を見上げている。きっとこの木は疫病も争いも変わりゆく全てをまるで灯台のように遠くを見渡し、ここでずっと見守ってきたのだろう。古屋神寺郎の気持ちが今なら少しわかる気がする。この本自体が私の心の『始まりの木』となった。



さて読了し全てが分かった今、新たな目線で再びこの物語を体感したい。


一度読んだ皆様も初めての方も是非ご一緒に。


「旅の準備をしたまえ」


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