ハメられてずたぼろになった私を救ったこととは……。
会社に行きたくない。
最近、目を覚ました瞬間に毎日一番先に思い浮かぶフレーズ。
三毛猫のジュピが足に執拗に絡みついて思うように歩けない。
会社に行くなと言っているみたいだ。
重い気持ちのままジュピに行ってきますと言い残し家を出た。
今日はマジで行きたくない。
顧客と会わなければならないから。
でも、この顧客は最初から苦手というわけではなかったのだ。
同じ会社の社員アクミが仕事に加わってからなのだ。
正確には顧客と会うのも気が重いが、一番の原因はアクミなのだ。
その顧客のハラさんとは気が合ってお互いのアイデアをぶつけ合って最終的にすごく良い結果を出せて社長賞をもらったほどだったのだ。
それがこんなことになるなんて……。
アクミが他の部署からうちの部署に移動になったのが全ての始まりで、そこから崩れ始めた。
最初、アクミは私になつくという表現がぴったりで、ミスも多かったけれど私の頼んだことを何でも率先してやってくれていた。
仕事のノウハウもあれこれ教えてあげて、困らないように指導したので随分力も付いてきていた。
それを私は喜んでいたのに……。
そんなとき、ハラさんと仕事の帰りに食事をすることになって帰り支度を始めていたら、アクミが一緒に行きたいと執拗に迫ってきた。
どうして急にこんなにしつこく押し通すんだろうと少し訝しく思ったが、そこまで言うならと一緒に行くことになった。
楽しく食事をして、私がトイレにたって戻って来た時からハラさんの様子がおかしかった。でもそのときは、ん? と思ったぐらいでやり過ごしてしまったのだ。
ハラさんはとても好青年で仕事も出来て好印象。自分で言うのもなんだが、ハラさんも私に良い印象を持ってくれていることは態度でわかっていた。仕事の関係なのでお互い節度を持って接していた。
次の日、上司に呼ばれ、ハラさんとの仕事のメイン担当をアクミに替えるという。寝耳に水でどうしてそんなことが起きるのか理解できなかった。上司には先方からの意向だとしか言って貰えなかった。私はアクミの補佐に回ることになった。
私は訳がわからず、すぐにハラさんにメールをした。随分時間が経ってからそっけない当たり障りのない返事が返ってきた。
アクミが上司の元から戻って来た時、一瞬、不敵な笑みを浮かべているように見えた。
「サトコさん、なんかハラさんが担当を私にしてくれって言ってるらしくて、サトコさんに悪いからって断ったんですけど課長がどうしてもって言うので仕方なく引き受けました。サトコさんには補佐して頂くことになっているので今後ともよろしくお願いします」
猫なで声でわざとらしく申し訳ないという雰囲気を作っているが、何故か目は勝ち誇っているように感じられた。
どうして?理由がわからない。
それからの私はあんなに仕事が好きだったのに、アクミの補佐になってからは仕事がうまく回らず何をやっても良い結果を生まなかった。それが日に日に悪くなっている。
ついに会議の時間になり、顧客数人と原さんが現れたが、彼は私の方を一切見なかった。
事前の準備不足、アクミの判断ミスで先方から問いただされたときに、結局アクミは全て私のミスのせいでこの結果を招いたという流れに持って行った。それをアクミは、さも私をかばっているようにみせかけ謝罪して場を収めた感じになった。
私は怒りで身体が震えてきたが、何をいっても言い訳にしか聞こえないので必死に耐えた。
朝、ジュピが必死に会社に行くなと私を止めてくれたんだから、今日は会社を休めば良かったのだ。
帰宅するとジュピが大丈夫?とばかりに私に寄り添ってくれた。ジュピがいなかったら私の心はどうなっていたんだろう?
身体と心が鉛のように重い。
案の定、朝、目が覚めたとき、すぐに起き上がることが出来なかった。
こんなこと今までなかったのに。
昨日が私の限界だったのだ。
それでも、もう止めてと悲鳴をあげている心に、責任という言葉が無理やり私をベッドから引きずり出したのだった。
死んだように業務をこなした。アクミの顔を見ると落ちた心が再び底なし沼の深みにずぶずぶと入り込み、身動きできなくなっていく。
何気なくスマホに目をやると、同期の親友クミからの着信。
情報ツウの彼女は最近開店したオシャレな多国籍料理のお店が気になるから一緒に行かないかというお誘いのメールだった。
いつもクミは救世主のようにタイミングよく誘ってくれる。
クミは落ちている精神状態を引き上げてくれるのだ。
店に着くと、クミは先に来ていて奥の角の席に座っていた。
多国籍というだけあって珍しい料理がメニュー表を騒がしている。それらをいくつか注文してクラフトビールで乾杯した。料理ごとに合うビールを注文する。久しぶりに生きてるという感覚が蘇ってきた。
ビールの酔いが手伝って、私は事の顛末をクミに聞いてもらった。
「う~ん?? それってなんかおかしくない? ハメられたんじゃないかな?」
「えっ?」
「だって、トイレから戻って来た時から態度が変わったってことは、アクミが何か言った可能性が濃厚よね。サトコを陥れる嘘を言ったとしか思えない」
「私も後でそう思ったりもしたけど、まさか、いくら何でもそんなことする人がいるとは思えなくて……」
「それはサトコの考え。大抵の人は良心の呵責でそんなひどいことは出来ないって思うけど、サイコパス的な人は平気で嘘をつけるの。嘘を付いている自覚がないのよ。彼女にとって、嘘が真実と化してしまうのよ。だから人はその真剣さにコロッとだまされちゃうの」
「なんだか怖い」
「虎視眈々と狙っていたのよ。ねえ、サトコ知ってた? あのハラさんて、〇〇会社の社長の息子なのよ。最近雑誌に載ってたでしょ?」
「えっ? そうなの? 知らなかった!!」
「やっぱりね~、それそれそれよ!!」
「だから、あのとき、あんなにしつこかったんだわ」
「なるほどね!!!そういうことだったのね!」
クミは、子供が気に入ったおもちゃを見つけたときのように目を輝かせ、
「そうとわかれば、やるっきゃないね!!」
「えっ? 何を?」
「やられたらやり返す!! 百倍返しだ!!
。。。なんてね、これはもう古い」
「そうだね。やられたらやり返すっていうのは同じ土俵に上がることになるから良いことないと思う。お互いが傷つくもんね」
「やられたら即退散!! サイコパスとは同じ空気を吸わない!! 人情なんてカケラもないから、いつか必ず判ってくれるとかは絶対に期待しないほうがいいのよね」
「でも彼女はいつも笑顔でフレンドリーなのよ」
「それも、サイコパスの特徴なの。愛想がよくて魅力的なひとが多いのよ」
「なるほど。たしかにそうかも」
「で、サトコはアクミの補佐を辞めること!! 私がうちの上司に掛け合ってサトコを引き抜くようにするから」
「そんなことできるの?大丈夫?」
「前からサトコを狙ってたのよ。優秀な人材を欲しがっていたから」
「ホントに? ありがとうクミ!!」
「で、サトコの抜けた後はきっとパニックだと思う。仕事が回らないはずよ。それで初めてサトコが必要な人だってことがわかるの。アクミの化けの皮がはがれるのも時間の問題よ」
私は今、結局、元の部署に戻っている。クミの計らいで人事部で働いていたが、案の定クミの読み通り、アクミでは仕事が回らなくなり、課長に懇願されて元に戻ったのだ。もちろん昇給が条件で、アクミは移動した。
ハラさんにも誤解が解けて、土下座しかねない様子で謝られた。
アクミはハラさんに私のことを随分吹き込んだみたいだ。かなりおぞましい妄想だったみたいだ。真面目なハラさんは随分戸惑ったに違いない。
ハラさんが悪いわけではない。善良な人は騙されてしまうのだ。
また前の関係に戻れるのが何より嬉しい。
帰宅したら、ジュピが何でも知っているよと言いたげなまなざしでゴロゴロ喉をならしながら甘えてきた。 おわり
ここまでお読み頂きありがとうございました。
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