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#小説
紫陽花の季節、今年も君はいない
「紫陽花の季節、君はいない」の番外編です。
2023年6月30日。雨は降ったり止んだりを繰り返している。俺は午後から休みをとって、八幡宮の夏越の祓に参加した。
茅の輪を潜るのは、恋人だった紫陽花の精霊の紫陽を失った時のことを思い起こさせる。それでも儀式に参加するのは、八幡宮に住む精霊たちとの約束だからだ。
夏越の祓を終えて、俺は八幡宮の御涼所に向かった。御涼所にはケヤキの大木が葉を茂らせてお
紫陽花の季節、それいゆ
「紫陽花の季節、君はいない」の番外編です。
2022年6月21日、夏至。
どんよりとした曇り空、俺は朝から気分が落ち込んでいた。
夏至は、俺の恋人だった八幡宮の紫陽花の精霊【紫陽】が消えてしまった日で、今年で丸2年経った。
職場には何とか出勤したものの、どんどん具合が悪くなってしまい、正午になった頃には仕事が出来る状態ではなくなっていた。
「…ねぇ、大丈夫?」
同僚の女性が心配そうに、声を
紫陽花の季節、お迎え
「紫陽花の季節、君はいない」の番外編です。
2022年6月。
あおいさんが職場復帰し、ひなたは保育園に通い始めた。
朝は柊司やあおいさんがひなたを保育園に連れて行き、帰りは俺が迎えに行っている。
通い始めて2週間、ひなたは保育園に慣れて、特に泣くこともなく預けられているらしい。
しかし、俺には悩みがある。
今まで目立ったことのない人生を送ってきたのに、保護者の注目を集めてしまっているのだ
紫陽花の季節、君はいない 88
「気をつけて行ってきて下さいね、夏越殿!」
「くれぐれも、失礼のないようにな。
人間にもそれ以外にも。」
御葉様と涼見姐さんに見送られる形で、俺は八幡宮を後にした。
鳥居の外に出ると、急激に蒸し暑くなった。
厚めの雲の切れ目から、光が射し込んでいる。
俺は一旦自宅に戻り、夏越の祓で拝受したリース型の茅の輪守を玄関の壁に吊るした。
まるで彼女を探し出す決意表明のようだと思った。
行動を始めるな
紫陽花の季節、君はいない 87
社会人になって良かったと思うことの一つは、自分がしたいことに気兼ねなくお金が使えることだ。
紫陽を探しに行くことだって出来る。
6月30日。俺はまた歳を重ねた。
八幡宮の夏越の祓の後、紫陽花の森で精霊達に会った。
「御葉様、俺は紫陽を探しに行こうと思っています。」
御葉様は驚いた顔をしていた。
「夏越…そんな無謀なことしてどうする。」
涼見姐さんが呆れている。
「俺…今までどこか受け身だっ
紫陽花の季節、君はいない 86
2024年初夏。
俺はGW勤務の代休で、仕事に行った柊司とあおいさんからひなたを預かっていた。
俺が休みと知って、ひなたは保育園より俺と遊びたいと言ったのだ。
柊司が作りおきしていった昼ごはんを食べさせて、ひなたはこれから昼寝の時間である。
「なごしクン、えほんよんで!」
ひなたはお姫様が出てくる絵本を持ってきた。
もう何度も読んでいるけど、飽きる様子はない。
床に小さな布団を敷いて、ひなた
紫陽花の季節、君はいない 85
2022年春。
俺は無事に大学院を修了し、明日から新社会人である。
職場は動きやすければ普段着で良いのだけれど、明日は入社式なので、スーツが変じゃないか柊司たちを自分の部屋に呼んで見てもらった。
「夏越もやっと社会人かぁ。
俺のこと、社会人の先輩って呼んでも良いぞ!」
柊司がニマニマしながら、俺の全身を見回した。
「絶対呼ばない…死んでも言わないっ…。」
俺は不快感でいっぱいになった。
「夏
紫陽花の季節、君はいない 84
「なぁ、柊司。ひなたを抱っこして良いか?」
「ん?ああ、良いぞ。」
俺は柊司からひなたを受け取った。
「…温かいな。」
「赤ん坊は大人より体温高いからな。」
ひなたは小さな口いっぱいに大きなあくびをした。
「なあ、夏越。」
「何?」
柊司が神妙な顔をしている。
「あの時、倒れていたのは…本当は──」
柊司は何か言いかけたが、俺の表情に緊張が走ったのを感じたのか、言うのを止めた。
柊司、何も
紫陽花の季節、君はいない 83
数日後、柊司がひなたを抱いて俺の部屋にやって来た。
「ひな。ここが俺の親友・夏越の部屋だ。」
赤ちゃんに説明してもわからないと思うのだけど、柊司は大真面目にルームツアーをした。
柊司が俺のデスクに置いてあるテキストに目をやった。
「『アロマテラピー検定』に『薬膳・漢方検定』、『ハーブ検定』?夏越、受けるのか?」
「まだどこに配属されるかは決まっていないけど、知識を付けたくてさ。」
俺の就職先は
紫陽花の季節、君はいない sideあおい
※あおいさん視点からの話です。
さっき娘の名前が決まったの。
「ひなた」っていうの。
夫の柊司くんと、夫の親友・夏越くんが考えてくれたわ。
夏越くんは命名の色紙まで書いてくれた。
平仮名はバランスとるのが難しいのに、かなり字が上手で驚いたわ。
お礼に柊司くんが夕御飯をふるまったわ。
「──ご馳走さまでした。」
夏越くんは、ひなちゃんにミルクを与えている柊司くんの代わりに食器を片付けてくれ
紫陽花の季節、君はいない 82
赤ちゃんは確かに笑って見えた。
でも偶然ということもある。
もう一度、柊司と俺は名前候補を呼んでみた。
結果は同じだった。
「…これは、もう『ひなた』に決まりね。」
神妙な顔をしてあおいさんが言った。
「そうだな、お前の名前は『ひなた』だ!」
柊司が娘の頬を人差し指でむにむにつついた。
「『ひなた』、これからよろしくな?」
俺は赤ちゃんに優しく語りかけた。
すると不意に涙が溢れてきた。
「ど