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紫陽花の季節、君はいない 82

赤ちゃんは確かに笑って見えた。
でも偶然ということもある。
もう一度、柊司と俺は名前候補を呼んでみた。
結果は同じだった。

「…これは、もう『ひなた』に決まりね。」
神妙な顔をしてあおいさんが言った。
「そうだな、お前の名前は『ひなた』だ!」
柊司が娘の頬を人差し指でむにむにつついた。

「『ひなた』、これからよろしくな?」
俺は赤ちゃんに優しく語りかけた。
すると不意に涙が溢れてきた。

「ど、どうしたの?夏越くん。」
「分からない…胸の奥がじんわりと温かいんだ。」
こんな感覚、はじめてだった。

「そりゃ、命そのものに感動してるんだよ。」
柊司がオレの肩をポンと叩いた。
「そうかも…しれないな。」
俺は素直にそう思えた。

──なぁ、母さん。
俺が生まれた時生きていてくれたら、そう貴女も思ってくれたかな。

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