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news|「石の知る辺」...ロングアイランドへの旅と、北海道立北方民族博物館の展示のこと

北海道立北方民族博物館にて、ロビー展「石の知る辺~アメリカ・ニューヨーク州ロングアイランド、先住民シネコックに鯨の物語をたずねて~ 是恒さくら 本・刺繍・写真展」(2021.01.05〜24)がはじまりました。(展示の詳細はこちら

2019年に訪れたアメリカ・ニューヨーク州ロングアイランドで、先住民シネコックの人々と鯨のかかわりを尋ねた旅の記録の写真とともに、鯨にまつわるエピソード、そこから着想された刺繍作品を紹介します。刺繍作品群は昨年発行したリトルプレス 『ありふれたくじら』Vol.6の挿絵の原画でもあります。

本展に寄せたテキストとともに、展示の様子を少し紹介します。

はじめに

アメリカのアラスカ州で暮らした頃、アラスカ先住民の知人が「日本人だから鯨肉が好きでしょう?」と、発酵させた鯨肉と脂身をわけてくれた。彼女の故郷の海辺の村で獲れた鯨だった。その共食の体験は、遠く離れた国にも近しい文化をわかちあう人たちがいることを思い出させてくれる。

ある文化のなかで正しいとされることが、他の文化では受け入れられない場面に出会うことは多々ある。捕鯨問題はその筆頭だ。「日本では鯨を食べるなんて残酷だ」と、日本人ではない誰かに面と向かって言われる時、何を思うだろう。鯨食は日本の伝統文化だから、鯨だって牛や豚と変わらない動物だから、否定されることじゃない。日本で生まれ育った人たちの多くがそう思うだろう。ヨーロッパと日本、アメリカと日本、世界と日本。捕鯨に反対する集団と捕鯨を続ける集団の二項対立ばかりがメディアを騒がせる。しかしその内側で生活を営むひとりひとりの物語に耳を傾けると、分断されていた文化と文化の境目が混じりあい、結びついていくことに気づかされる。

2015年に東北で暮らし始めてから、私は捕鯨や鯨猟がおこなわれてきた土地、鯨にまつわる文化や信仰を持つ国内外の土地を訪れ、鯨と出逢った人たちの体験談や語り継がれてきた物語を聞き集めている。捕鯨船の元船長、鯨の解体士、鯨に捧げる歌の歌い手、漂着した鯨に祈りを捧げる人たち。捕鯨問題の対立が世界にもたらしたほころびを繕うように、ばらばらになった鯨の物語を縫いあわせ、刺繍を添えた本を編み続けている。

『ありふれたくじら』というリトルプレスは、そうしてうまれた。

石の知る辺~アメリカ・ニューヨーク州ロングアイランド先住民シネコックに鯨の物語をたずねて

「ありふれたくじら」を探しながら、さまざまな土地を訪れた。宮城県石巻市の牡鹿半島、気仙沼市の唐桑半島、和歌山県東牟婁郡太地町、北海道網走市、アラスカ州の先住民の村ポイント・ホープ。そこで出会った人々の語りはやがて絡まりあい、次の行き先へと導いてくれた。

2019年の3月と9月、私はアメリカ・ニューヨーク州ロングアイランドにある、シネコック・インディアン・ネーションを訪れた。2016年に訪れたアラスカ州の知人が「ニューヨーク州にも鯨とかかわりのあるネイティブ・アメリカンがいるそうだ」と教えてくれたことがきっかけだった。

「シネコック」とは「石の多い浜の人々」という意味だという。ロングアイランドの浜辺は、場所によってさまざまな表情を見せる。美しい白い砂浜、静かな石の多い浜、ガラスのように透明な小石や、色とりどりの小石でいっぱいの浜もある。

シネコック・インディアン・ネーションの一員であるシェーン・ウィークスと、ロングアイランドを巡った。この島の歴史は、あちこちに石碑として残されている。シェーンは、そうした石碑やあまつさえ地図にも記されていない場所へ案内してくれた。石の矢じりが見つかる岸辺、鯨が見える浜、アザラシが魚を食べに来る港。先住民の埋葬地、かつて村があった場所、魚を捕るためのキャンプがあった場所。丘の上の土地、小川の近くや湾の中など、それぞれの目的に適した場所が選ばれたことが、今でもわかる。

土地の古い名前とそこにあった物語を知ると、風景は知らなかった姿を見せる。物語は、誰かの眼差しで世界を見る窓であり、時を超えるものでもある。

この島と、人々と、鯨はどのような物語を編んできたのだろう。そう考えながら歩き、綴り、縫い取ったロングアイランドでの旅を、写真・本・刺繍によってふりかえる。

2020年12月 是恒さくら

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「石の知る辺~アメリカ・ニューヨーク州ロングアイランド、先住民シネコックに鯨の物語をたずねて~ 是恒さくら 本・刺繍・写真展」

|会期| 2021年1月5日(火)~1月24日(日)*1月12, 18日は休館
|開館時間| 午前9時30分〜午後4時30分
|会場| 北海道立北方民族博物館 ロビー
〒093-0042
北海道網走市字潮見309-1
電話 0152-45-3888/FAX 0152-45-3889
|主催| 北海道立北方民族博物館、東北大学東北アジア研究センター
|観覧料| 無料

● 関連イベント
「ロビー展・解説会」
|日時| 2021年1月10日(日)10:00-11:00
|会場| 北方民族博物館 講堂
|講師| 是恒さくら氏(美術家)
|定員| 20名(要申込) |対象| 一般  |参加料| 無料

● 展覧会について
http://hoppohm.org/tokuten/tokuten_2020/index.htm#6 (北海道立北方民族博物館)

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