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p.5|ことばの接点

今日で6月が終わる。2020年の半分が過ぎた。生活の中のさまざまなことが少し違う日常として戻ってきたこの一ヶ月は、ふりかえると大きな変化があったのかもしれない。最近、街中のアーケード商店街に行ってみると、人出はかなり増えた。けれどここ1週間くらい、宮城県内でも再び新型コロナウイルスの感染が報告されている。ものごとが再び動き出すペースと、見えないものの影響とが、どう関係していくのか予測できない不安がある。

街が静かになって、多くの人が自分や近しい人たちだけの空間に閉じこもっていたここ数ヶ月を思い返してみる。直接人と会うことが減っても、ラジオやインターネット配信からは人の声があふれていた。心配する声に、その不安をやわらげようとする声。今できることをしようと考えていく呼びかけに、諦めなければならなかったことの知らせ。SNSで世の中の動きを追う時間も増えていた。そこにも、言葉があふれていた。励ます言葉も、傷つける言葉もあった。

個人的には、執筆活動がとてもはかどった。静かに自分の中にあったことばの断片をつなげていくと、これまで見えていなかった世界が立ちあがった。そこを旅することに夢中になった。いろいろな活動や行動が制限される中でも、ことばと向き合う人たちはとてもしなやかにその期間を過ごしていた気がしている。自分の中に豊かなことばの世界を持っていることは、ひとつの力だ。

一方、気が向くと緑の多い近所の公園や神社に好んで出かけるようになって、草木の開花や成長を見ることが楽しみになったり、ベランダで植物を育て始めた。ことばを持たない存在と向き合いたいという気持ちも芽生えた。

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『ありふれたくじら』を読んだある人から、以前もらったことばを思い出した。

"天気の話でも論文のような文章の書き方だと、きちんと伝える、人にわかってもらうのは難しい。けど、例えば「ツバメが低く飛んだから雨になる」って言う方がよっぽど伝わってる。是恒さんの文章は、それに近いものがある。 “

それを聞いた時、とてもうれしく思った。ツバメの暮らす世界とはるか上空の出来事まで、一気に俯瞰しながら、「もうすぐ雨になる」と自分の生活圏に降りてくることば。ことばも、物語も、さまざまな作品も、ひとりの人間の内面だけでかたちになっていくのではなく、まわりの自然、環境、他者との触れ合いからつくられていく。ほんとうに何かを「伝える」ものは、そうした接点をたくさん持っているのだと思う。

自粛期間はしばらく、ドローイングにも夢中になっていた。これまで刺繍で表現していた、既刊の『ありふれたくじら』シリーズの表紙のイメージがカラフルな鉛筆の線に変わると、より細やかな描写になった。

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春になるとこのあたりの海にはたくさんのエサダが押し寄せる。ミンククジラは餌となるエサダを追いかけてきて、定置網に入り込む。漁師がエサダを狙って漁をする季節、人や多くの海の生き物と同じようにエサダを食べるミンククジラも、網にかかれば人の食料となる。ーー〈ありふれたくじら〉Vol.1より/宮城県・網地島の漁師の話

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鯨猟のキャプテンは鯨猟のことを「本をひらくようだよ」と言った。「鯨猟の準備は一年を通しておこなう」と。鯨猟の季節が終わると鯨祭りがひらかれる。「鯨祭りの後はアゴヒゲアザラシ猟の季節だ。異なる動物たちが異なる時季にやって来る。」ーー〈ありふれたくじら〉Vol.2より/米国アラスカ州ポイント・ホープの鯨猟師のことば


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アラスカからロシアに向かって弓形に延びるアリューシャン列島の小さな島に打ち上げられた鯨が、新種とわかった。この鯨は、北海道・網走の漁師たちの間で「カラス」と呼ばれ、昔から知られていた存在だったという。ーー〈ありふれたくじら〉Vol.4より/北海道網走市で聞いた話

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土地のことばは、その土地との接点だ。どこにも行けない時間でも旅する気持ちを持てるのは、各地で出会ったことばが、海や風や生き物との接点でもあるからなのだろう。

誰かから受けとったことばや物語は、やはり誰かに届けたい。そう考えて、ポストカード・ブックを作り始めた。ことばとイメージを選び、刷り、紙を折り、綴じていく。

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一冊の本であり、鯨をめぐる物語であり、誰かに届ける手紙となるように。

(現在制作をすすめているポストカードブックは、近々販売予定です。詳細は後日あらためてお知らせします。)

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