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「ソウルメイト・ドラゴン~篤あっつつ~」第十三話 幸せは与えられるものではなく、自らが作り出すもの

幸せは与えられるものではなく、自らが作り出すもの

安政四年六月に、家定様が政を任せていた老中の阿部正弘が死去した。
その後は同じく老中の堀田 正睦に託した。
阿部正弘は、時期将軍争いに関してお義父上様と同じく一橋慶喜様を押す一橋派だった。
彼を失った一橋派は、力を弱めていった。
今まで一手に政権を握っていた阿部正弘を失ったことで、幕府の吸引力は低下し、これまで影に潜んでいた家定様も、表舞台に出ざるを得なくなった。
そのためもともと身体がお強くなかったのに尚一層お疲れのご様子だった。

「上様、あまり顔色が優れませんね。今日は、早く横になってお休みください」
せっかくの大奥への渡りだったが、顔色が悪く背中を丸めお疲れの家定様のを見て、思わずそう声をかけた。
「いや、こうやって御台と話をすることが私の唯一の生きがいなのじゃ。
今では大すきな菓子を作る時間もなくなった。
楽しみが何もなく、せんないことばかりじゃ。
せめて御台と話す時間くらい欲しい」

私は家定様の背中をそっと手をかけた。

「それでは、ごゆるりと布団に横になって下さい。私がお身体をマッサージしましょう。そうしながら、お話いたしましょう」

「ほう、御台はマッサージなど出来るのか?」

「はい、上様の何かお役に立つことなどないか、と考えて、マッサージを少し習いました。
それで緊張したお身体がゆるんでいただければ、少しはリラックスできるでしょう」

本当は、上様との子作りのための閨房の術として幾島に学んだものだったが、この際それはどうでもよい。
とにかく家定様にお楽になってほしかった。

私は家定様に横になっていただき、背中や腰に触れた。
家定様のお身体は思った以上に、固く細くなっていた。
この国の未来、という荷物は、どれだけの重さでこの方の心とお身体を痛めているのだろう。
そう思うと、心が苦しくなってきた。
そんな思いを振り払うように、家定様に伝えた。

「上様、上様はとても愛されておられることをご存知ですか?」

「私がか?誰に愛されている、というのだ。
幕閣たちはみな、私の死ぬのを待ち、次の将軍をどちらにするのかそれによってどう動くのか、考えている者たちばかりだぞ」

「そういう者達もいるかもしれませんが、上様を大切に思っている者たちもたくさんおります。もちろん私もその一人ですが、私と同じかあるいはそれ以上に上様のことを愛し大切に思っている方がおられます」

「そんな者がおるはずなど、ないだろう。」

家定様の背中が怒りを含んだように盛り上がった。

「いえ、上様。
上様をお生みになった本当のお母さまは、上様のことを心より案じ、誰よりも大切に思っておられます」

「そんなはずなどない! もしそうであるなら、どうして私を手放した!
私のことなど必要ないから、捨てたのであろう!!」

「上様、きっとお母様は止むにやまれぬ何かご事情があり、断腸の思いで上様を手放されたのだと思います。
母親、というものは、簡単に子どもを捨てることなど出来ませぬ。
よくよくの思いと覚悟が必要だったでしょう。
本寿院様とてお腹をいためた我が子を亡くし、きっと錯乱していたと思います。
この大奥で、子どもを産んで生きていくのと、子どもを失って生きていくのとでは大きな差があります。いえ、それを差し引いたとしても、悲しみや苦しみは大きなものだったでしょう。
本寿院様が上様をご自身の手で育てることなく、すべてお母様にゆだねたのは、本寿院様なりの謝罪のお気持ちだったのではないでしょうか?
それがわかっておられたからこそ、お母様は上様を手放し本寿院様に尽くされたのではございませんか?
そう考えると、すべてのことに説明がつくのです。
女というものは何か愛おしく思ったり育てる性を持っています。
本寿院様も上様を愛おしいという気持ちと、自分が引き離したという罪悪感を持たれて上様に素直になれなかったのではないでしょうか。
本寿院様にも優しくされた記憶が、ございませんか?」

「・・・・・・
そう言えば、子どもの頃から身体が弱くて熱を出していた私が目を覚ますと、必ずそばにいて手を握り額を撫でてくれていた。
普段そばにいない母がすぐそばにいるのがうれしくて、私はその姿を見たら安心して、また眠ることができたのじゃ。
もう、長らく忘れておったわ・・・・・」

細い身体から絞り出すような声が聞こえた。

「そうですよね。それこそが、愛です。
ねぇ、上様。愛、ていろんな愛があると私は思うのです。
100%の愛が、愛ではないのです。
例え10%でも愛は、愛なのです。
島津の義父も、私に対しては100%の愛ではないはずです。
けれど、こうやって上様に嫁ぐために十二分な嫁入り道具を用意してくれました。
政治的な父のもくろみもあるでしょうが、そこに込められているのは確かに私への愛があります。
私を手放した今泉の父も、私を愛しているからこそ手放したのでしょう。
幾島も私への愛があるからこそ、厳しく御台所の修業をさせたのです。
自分が求めている愛ではないかもしれないけれど、そこに愛はあるのです。
だから上様は二人のお母さまから愛されています」

「二人の母・・・・・」

家定様の背中が平らになった。

「そうです。上様には、二人もお母様がおられるのです!!
しかもお二人ともが、愛情のパーセンテージは違うかもしれませんが、上様を愛し大切に思っているのですよ。
すごいことでは、ございませんか!!」

「そうなのか・・・そう思えばよいのだな。」

「はい、そう思って下さいませ。なぜそう思う方が良いのか、お分かりですか?
そう思う方が、幸せだからです。
幸せは、与えられるものではなく自らが作り出すものだからです。」

家定様の背中が柔らかくなった。
「そうだな、御台、そうだな。私は二人の母に愛されているのだな」

「はい、そしてもちろん私も上様を愛しています。
上様の妻は私一人ですが、百二十%の愛を上様に持っております」

「十分じゃ。御台に百二十%愛されていることが、私の誇りじゃ。ありがとう」

家定様の腕が伸び、私の手を掴んだ。
私達の手はつながれた。そこに愛が確かにあった。

私は、どうぞ家定様が今宵も安らかに眠れますように、と家定様の手を取り、頬に寄せた。あたたかい手だった。


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