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リーディング小説「お市さんforever」第四話 機嫌よく生きる魔法

機嫌よく生きる魔法

「この頃、お義父様は怪しい・・・」

ホーホケキョ、と庭で鶯が鳴くうららかな天気だった。のどかな日和に侍女達も座ったままうつらうつら、していた。そんな時間に私の心はうららかではなかった。最近、舅である浅井久政の動向がおかしい。コソコソ隠れて、何かしている気がする・・・と、扇をはたはた動かしながら思った。

もともと舅は、浅井城内で人気がない。
家臣にクーデターを起こされ城主の座を追われ、渋々息子の長政さんに家督を譲ったくらいだ。だけど、最近動きが怪しい気がする。私は今の陰りのない幸せに不穏な影を感じ、心がざわついた。それは洗い立ての白いシャツに汚れた手形をつけられたように、私の心にべったり黒い染みを残した。

その染みの原因を調べ、突き止めた方がいいだろうか?と考え、私は織田から連れてきた家来を呼ぼうと立ち上がった。だが、何かに背中を引っ張られたように、今、舅のことを夫に話すのは得策ではない気がした。
いくら仲が良くない親子と言えども、妻から自分の父親の悪口を聞くのはいい気がしないだろう。そう思い直し、腰を下ろした。そして

「まっ、いいわ。
私の王国に、お義父様は入れないから関係ない。
私は私がいたい王国にいるから。」

と自分に言い聞かせた。なにしろ、私には生まれたばかりの娘がいる。私は乳母から眠っている娘の茶々を受け取り、抱き寄せた。
そして茶々の真っ白の頬に、ちょんと触れた。
私と長政さんの愛から生まれた子供、織田と浅井、両家の血を受け継いだ娘。まだこんなに小さい赤ん坊なのに、夢のようにあたたかい。彼女を抱いた胸から、愛おしさが溢れだし零れ落ちてきそうだ。

まだ赤ん坊の茶々なのに、彼女を見た誰もが「まぁ、お市様のように美しい!」と、口々に言う。その言葉を聞くたび、私は誇らしく茶々の可愛さを見せつけるよう上半身をひねり、茶々の顔がもっとよく見えるよう抱き上げた。夫も暇さえあれば私の部屋にきて、茶々を抱っこして可愛がってくれる。あの舅さえ「ふん!女かっ!」と言いつつ、茶々の愛らしさから目を離さず、抱っこしようと私から手渡されるのを待っていた。その様子がお預けをくってる犬のようだった。なかなかその場から立ち去らないから、茶々を抱っこさせてあげてもいいかしら?と一瞬考えた。乳母や侍女達も私がどうするか、固唾を飲んで見守っていた。

だけど、う~ん、加齢臭が移りそう、やっぱり、や~めた!と思い「お父様、そろそろ茶々はお乳の時間でございます」と言った。私の言葉に乳母はいそいそと茶々を受け取り「さぁ、茶々様、たんとお乳を飲みましょうね」と言ったものだから、舅はコソコソ逃げるように立ち去った。私達は彼が立ち去るのを見届け、忍び笑いをした。

私は乳母の乳を勢いよく吸い込む娘を見た。彼女はきっと将来美しい娘になるにに違いない。この時代、美しい女は美しさを武器に生き延びることができる。私はそれを娘に教えなければならない。美しさは女の武器の一つなのだから。

私が今考えるのは、娘と夫のことだけでいい。そして少しだけ織田と浅井の関係。これだけに私の意識を向ける事。舅の動きには目を光らせるけど、それだけに意識を支配されてはダメ。自分の意識は、自分が向けたいもの以外に向けると、乗っ取られてしまう。そうすると本当の自分でなくなる。

人は自分が見たいものを見て、聞きたい事を聞く。それは全部自分で選べる。見たくないものを見て、聞きたくない事を聞くのも、自分が自分にさせている。それを人は理解するべきだ。

私が今いる王国は、私の心が創り出したもの。
そこには、私のすきなものだけ入れる。それは例えばこんなもの。

夫の長政さんに、生まれたばかりの茶々。
障子越しに見える青い空
鳥の声
近江の町の豊かさ
美味しいお米
そして
私の大すきな生まれた尾張の国。
両親や兄上達と暮らした日々。

それらフェイバリット・ビジョンで、私の王国は虹のように七色に輝く。この王国に意識を向け過ごすと、居心地よくご機嫌で過ごせる。自分を機嫌よくさせるのは、自分の責任だ。私が機嫌がいいと、夫や私の周りもみな機嫌よく生きられる。自分以外の誰かの機嫌など取る前に、まず自分の機嫌を自分でちゃんと取る事が大切。

「あ、お市様、今茶々様が笑いました!」突然、乳母が嬉しそうに言った。
ほらね、赤ちゃんの茶々でさえ、この世界の仕組みが分かっている。私は乳母に微笑みながら「本当に、この子は可愛くて賢いわ」と告げると、乳母も満足げにうなづいた。この王国を抱え、私は生きる。
たとえこの戦国の世がどうなっても、私の王国は誰にも汚されない。
誰にも渡さない。私は知らず知らずの内、グッと強く手を握りしめていた。

その時、夫が部屋に入ってきた。私の様子がいつもと違うことが気になったのか、眉をひそめ「どうした、お市?」と声をかけてきた。私は険しくなっていた顔をやわらげ「いえ、大丈夫ですわ。私は私の王国が大すきなだけ」と答えた。長政さんは、私が何の話をしているのか意味がわからなかったのだろう。「ん?」とあやふやな顔で首を傾げた。だから私は彼の手を取り、自分の頬に近づけ「そこには、あなたも茶々もいるんですよ。」と言った。これで、彼は自分が妻にとって大切な存在だ、とわかるかしら?彼は「そうか、そこに私もいるのか。親子三人、お市の王国で幸せなのだな。」と嬉しそうに笑顔で言った。

ほらね、お義父様。
あなたは私の王国に入っていないのよ~。あなたは入れてあげないもんね!

そう心でつぶやき、私は夫に微笑んだ。

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