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「シャイニング・ワイルドフラワー~千だって~」第十一話 生きているだけで、もうけもの

生きているだけで、もうけもの

刑部卿局に支えられ城を出たわたしは、五十代くらいのおじさんに迎えられた。
「おお、おお、千姫様!よくぞ、ご無事で!!
ささっ、こちらに。家康様も秀忠様も、千姫様を案じてお待ちになっています」
あとで知った坂崎直盛、というおじさん、このどさくさに紛れ、嬉しそうに私の手を取ろうとした。
その手を、厳しい顔をした刑部卿局がピシャリ!とはたいた。
わたしはこの時呆然自失として何もわからなかったけど、刑部卿局が後から怒り心頭で語った。
「たかだか三万石の武将が、姫様の手を握ろうなど、失礼にもほどがあります!!」

だけどその時のわたしは、誰に手を握られたとか、それどころじゃなかった。目の前で大阪城が赤い炎に包まれ落城していく姿が目に焼きつき、ショックを受けた。
今にも倒れそうにフラフラ歩くわたしをしっかり支えた刑部卿局は、おじいちゃまとパパのところに案内された。

「千!無事だったか!!」
立ち上がってわたしを迎えたのは、十二年ぶりに見るおじいちゃまだった。
その横で「大阪城に帰れ!」と命じたパパは、憮然とした顔でわたしを見ていた。
おじいちゃまは皺も増え、髪も真っ白になっていたけど、豊臣に勝利した喜びで顔が輝いていた。
それは秀くんと淀ママの死と引き換えの笑顔だった。だから素直に喜べない。
わたしだって馬鹿じゃないから、戦は非道なもの。勝ち負けがあるのは当然。そう、頭ではわかっていた。
おじいちゃまに会えたのは、うれしいしなつかしい。
でもそれよりも「どうして?」とおじいちゃまに目線で問いかけてしまう。

両手を広げわたしを抱きしめようとしたおじいちゃまは、わたしの様子に気づき、足を止めた。
「千、本当にすまなかった。お前を辛い目に遭わせて、申し訳なかった。
だが、わかってほしい。仕方ないことだった。
この国を一つにするには、一人の将軍でなければ無理なんじゃ。
上に立つものが二人いると、また戦が起こってしまう。
やっとこの国は一つになった。
これから新しい日本が始まるんじゃ。
そのためにお前に大きな代償を支払わせた。
本当にすまなかった」

おじいちゃまは、頭を下げた。
そんなこと言われたら、わたしはもう泣くしかないじゃん。
赦すしかないじゃん。ずるいよ、おじいちゃま・・・
どうしようもない悲しみと、おじいちゃまに見捨てられていなかった安心感で、声を押し殺して泣いた。
そんなわたしをおじいちゃまが優しく抱きしめた。わたしはおじいちゃまの背中に手をまわし、声を震わせて泣いた。

そして、わたしは実家に戻った。パパは「なぜ、豊臣で共に死ねなかったのだ」と冷ややかだったが、ママや弟や妹たちはわたしの手を取り、泣いて喜んでくれた。それが救いだった。
やがて大阪城から逃げ延びた秀くんのお子の国松君と奈阿姫が捕まった、というニュースを聞いた。
わたしの脳裏に、秀くんのDNAをひいたあの可愛い子達の姿が浮かんだ。
急いで、おじいちゃまのところに走った。おじいちゃまにお目通りを許され、頭を下げた。

「お願いです!どうか、あの子たちをお助け下さい。
命だけは、どうぞお助け下さい。
まだ、幼い子ではございませんか!
仏門に入れて、僧侶にさせればいいのです!
もうこれ以上の殺生はお止めください」

畳に頭をこすりつけ、必死にお願いした。
あの子たちにはまだ未来がある。
豊臣はもう存在しないのだから、あの子達に何の罪もない。
あの子達の命を救うのが、生き残ったわたしの使命だと思ったから必死だった。
おじいちゃまは渋い顔をして黙っていた。
おじいちゃまに代わるように、そばにいたパパが口を開いた。

「本人にその気がなくても、豊臣の残党がその子を豊臣の跡継ぎとして担ぎ出せば、また戦となる。
たくさんの民の血が流されるのだ。
せっかくまとまったこの国に争いが起こってしまう可能性が高いことが、わかるか?」

パパは、なおも幼い子に言い聞かせるようにわたしに説いた。

「千、わたし達だって幼い命を殺めたくない。
けれど後でたくさんの血が流されるなら、今、国松君にこの世から去ってもらう方がいいのだ。
国松君は生きている限り、豊臣の残党に探し出され、担ぎ出され、本人の意志とは無関係に利用される。
しかしそれら寄せ集めの兵と我ら徳川が争えば、どちらが勝利するか、わかるだろう?」

わたしはきつく唇を噛んだ。
わかる。それは、わかるよ。
頭ではわかる。だけど、心が受け入れないの。
あの子たちの笑顔を見ているから、なおさらだ。

「でしたら奈阿姫は?あの子は、女の子です。
ですから、豊臣の後を継ぐことはできません。
担ぎ出されることもないでしょう。
あの子の命だけは、お助け下さい!!」

わたしはあきらめず、食い下がった。
「奈阿姫をわたしの娘にします。わたしの養女にしたのち、お寺に預け尼にさせます。
そうしたら、もう誰もあの子に手を出せません。
 豊臣の血も絶えます。
ですから、あの子の命だけは助けて下さい」

国松君を生かすことができないのなら、せめて奈阿ちゃんだけでも救いたい、と思った。あの子達が捕らえられたというニュースを聞いて、すぐ刑部卿局に相談し、彼女に授けられたアイデアだった。
奈阿ちゃんを養女にし、わたしの娘、という大義名分を作れば、世間も認めざるを得ないから、命は助かるはず、と彼女は踏んだ。
それは賭けだった。

幼い命を賭け、わたしは闘った。
わたしには、それぐらいのことしかできないから。
だからお願い。
お願い、せめて奈阿ちゃんだけは、助けて!
助けたい!
いえ、わたしが助ける!!

そう心の決め、必死に訴えるわたしに、これまでずっと黙っていたおじいちゃまは言った。

「わかった。
奈阿姫は、千の養女として迎えなさい。 そして、東慶寺に預ける」

その言葉は、わたしの心に希望の火をつけた。
「ありがとうございます!」

わたしは賭けに勝った!わたしにも、まだできることがあった。
奈阿姫だけでも助けることができた!!
真っ暗な闇に囲まれていた心に一筋の光が差し込んだ。それが奈阿ちゃんだった。

捕えられていた奈阿姫は大阪城が落城した七日後、すみやかに東慶寺に預けらることになった。
わたしも東慶寺まで一緒について行った。
東慶寺につくまで、奈阿ちゃんとずっと手をつないだ。
小さな奈阿ちゃんの手は暖かかった。
奈阿ちゃんを産んだ側室さんも、大阪城で自害した。
運命の激変を、奈阿ちゃんは七歳の小さな身体で、精いっぱい受けとめていた。
黙って前を向いている彼女を見て、きっと、いい尼さんになるだろう、と直感した。

「奈阿ちゃん」
わたしは、奈阿姫に語りかけた。
「これから一人で、どんなことがあるのかもわからない。
でもね、生きていくの。
生きているだけで、もうけものなの。
だから、生きていこうね」

奈阿姫はわたしを見て、こっくり頷いた。
奈阿姫に向かって言いながら、自分にもこの言葉をかけていた。
自分の言った言葉を、もう一度口に出してみた。
「生きているだけで、もうけもの」
そうか、そうよね!

ようやくこの時、秀くんがわたしに伝えたかったことがわかった。

闇に捕らえられていた足かせが外れた。

生きよう、もう一度。わたしは空を見上げた。突き抜けるような青い空が頭の上に広がっていた。
散った花なら、もう一度咲かせればいい。
もう一度、砂漠に花を咲かせるために生きてみよう!そう決意した時、東慶寺が見えた。

迎えに出た東慶寺の尼僧に、奈阿ちゃんを渡した。そばではきっちり約束が守られよう、家来たちが目を光らせていた。
お寺に入る奈阿ちゃんの後姿が見えなくなるまで、わたしは寺の外から見送った。
奈阿ちゃんが東慶寺に入った数日後、国松君は捕えられ処刑になった。
その知らせを聞いて、わたしは泣いた。
そして数珠を手に目を閉じ、秀くんと淀ママ、そして国松君の冥福を祈った。それが、今のわたしにできることだった。

目を開いたわたしは、以前のわたしとはちがうものになっていた。

もう、あきらめない。
もう一度、生きていくの。
これから、どうやって生きていけばいいかわからないけど、生きていく。
そう、決めた。

この日を境に、少しずつわたしの顔に生気が戻っていくのをパパとママはうれしそうに見ていた。
けれど反対におじいちゃまの顔は、日に日に元気を失っていった。
その訳をわたしは、まだ知らなかった。
実はおじいちゃま、わたしに言えない、とんでもない秘密を抱えていた。

その秘密とは・・・・・・。


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愛し愛され輝いて生きるガイドブック

生まれてからこれまで「生きているだけで、もうけもの」

と思ったことは、ありますか?

生きていることは、生かされていること。

生かされていることは、とてつもなくもうけもの。

この言葉の意味、わかりますか?


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